【 平成十八年のベースボール 】
◆O8W1moEW.I




528 名前:平成十八年のベースボール(1/1)  ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/12/29(金) 21:20:52.19 ID:5VIHoerr0
新春のバラエティ番組は、昨年活躍した著名人が出演するものが多く作られる。
前年を振り返りつつ、今年の抱負を語ったりする、実に新年らしい希望に満ちた番組だ。
2006年を振り返るために切っても切れない関係にあるのは、なんと言っても野球だ。
WBCで日本が優勝し、高校野球ではハンカチ王子が一世を風靡、日ハムが四十四年ぶりに日本一を手にし、年末には松坂のメジャー行きが決まった。
なんともめでたいことが重なった年であった。あるテレビ局は、このめでたさにあやかって、新春野球特番を放送した。
VTRで昨年の野球界における名場面を紹介し、それに関連したゲストがスタジオに入れ替り立ち替りやって来て、
司会者とトークをするという良くある構成であった。
番組も後半に差し掛かると、日ハム優勝への軌跡をVTRで紹介した。
流行語大賞にもノミネートされた、トレイ・ヒルマン監督の名言を最後に、映像は締めくくられた。
「えー、どうだったでしょうか。こうして日本ハムは、四十四年ぶりの栄光に輝いたわけですね。
 さて、ここでゲストをお招きしております! その栄光に導いた張本人、トレイ・ヒルマン監督です!」
司会者の軽妙なトークに招かれてスタジオに入ってきたヒルマン監督は、観客やスタッフたちの温かい拍手で迎えられた。
ヒルマン監督もそれに答え、陽気に観客席に向かって手を振るそぶりも見せていた。
「どうも、はじめまして」
「ハジメマシテ」
「今日は色々とお話を伺いたいと思っているんですが、その前に……」
そう言うと、司会者は自分の座っている椅子に立てかけてあったフリップを手に取った。
「この言葉をもう一度、この場で言ってもらえないでしょうか!」
そこには、でかでかとゴシック体で『信ジラレナーイ!』と書かれていた。
観客席では笑いと共に「おおーっ」という歓声が湧き上がった。
誰もがもう一度、ヒルマン監督の名言を聞きたかったのだ。
おそらく、その時放送をテレビで見ていた視聴者も同じ心境だったに違いない。
だが、当の本人、ヒルマン監督の顔は苦々しかった。しかめっ面で、じっと無言でフリップを睨んでいる。
それに気付いたスタジオの空気は一変して凍りついた。明らかに、彼のその表情からはスタジオにやってきた時の陽気さは消えていた。
司会者は、自責の念に駆られた。機嫌を損ねてしまったのだろうか。確かに彼は、野球の監督であり、芸人ではない。
そんな彼に、まるで一発芸をやらせるかの如くフリップを出してしまい、彼のプロとしてのプライドを傷つけてしまったかもしれない、と。
司会者、スタッフ、観客、視聴者、誰もがヒルマン監督の次の言葉を固唾を呑んで見守っていた。
その時である。ヒルマン監督は、ゆっくりと口を開いてこう言った。
「カンジヨメナーイ!」                                 【完】



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