462 名前:品評会 新・あたし転生1/2 ◆SiTtO.9fhI 投稿日:2006/12/29(金) 18:01:55.46 ID:riizxjIr0
夏。あたしは生まれ変わる。今、そう誓った。
「いるのはわかっているのよ!」
あたしの部屋に潜んでいるであろう黒い奴に、そう叫んだ。
奴は無断であたしの部屋に侵入した。あたしはそれが許せない。
殺してやる。
あたしは今までのように、臆病者ではないのだ。
とは言っても、足はガクガクと震えている。でもこれは、別に怖いからではない。トイレに行きたいからだ。
今逃したら、チャンスはない。あたしはそう思い、トイレを我慢して奮い立った。
スプレーと武器を手に、奴が潜んでいるであろう場所をくまなく探す。
ベッドの下、テレビの裏、たんすの隙間、積み重なった衣類の下……。
どこにもいない。
と、その時、カーテンが動いた。あたしは恐る恐るカーテンに近づき、開く。
――うにゃあ。
奴が、いた。
猫のルーシーは黒毛で真丸な目をしている。ママが二年前に貰ってきた猫だ。
そんなことはどうでもいい。あたしは奴に狙いを定め、武器を振りかぶった。
奴はそれを察知したのか、寸でのところでそれを避け、床を風に飛ばされたティッシュのように逃げ回り、出口へ向かった。
あたしは、逃げる奴にスプレーをふりかける。
奴は苦しそうにのたうちまわり、出口の前で動かなくなった。頭の中で何かがプツンとした。
あたしは、何度も何度も何度も何度も何度も武器で叩いた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そして勝利。少し、面白かった。
言い知れぬ充実感を味わっていると、肩に何かが乗っかった。
ルーシーだ。
あたしの勝利を祝福するように、あたしの肩に飛びついてきたのだ。
463 名前:品評会 新・あたし転生2/2 ◆SiTtO.9fhI 投稿日:2006/12/29(金) 18:02:48.69 ID:riizxjIr0
あたしは、この日のために飲食店のアルバイトで修行してきた。
黒光りする奴らを見て、割った皿の分だけ強くなった。
だから、もうゴキブリは怖くない。そう、自負していた。
だから、もうゴキブリは怖くない、はずだった。
ぐちゃぐちゃになった奴を見て、後悔した。
後始末のことまでは考慮してなかったのだ。
掃除機……は、部屋の外。ドアの前には奴の屍骸。出れない。足が震える。トイレに行きたい。
息をふぅーと吐いて飛ばさそうと試みたが、飛ばない。何か部屋にあるもので退かそうと思ったが、なんか、それも気が引けた。
苦しみの末、妙案が浮かんだ。
「ルーシー。お食べなさい」
ルーシーはそれを聞き取ったのか、あたしの肩から飛び降り、ゴキブリをまたいで部屋を出て行った。
――うにゃあ。
ルーシーに馬鹿にされた気がした。
足がガクガクと震える。トイレ……。
ママとパパは、京都へ一週間の旅行へ出かけ、家にはあたし一人だった。助けは呼べない。
だから、あたしは頑張った。必要以上に頑張ったと思う。
ママ達が帰ってくるまであと四日……。
力が抜けた。
あたしは、絶望の淵で涙した。
床を濡らしたのは、何も涙だけではないと思った。
おしまい