【 新しい生活に向けて 】
◆3f0Xs6b.AU




416 名前:新しい生活に向けて(1/1) ◆3f0Xs6b.AU 投稿日:2006/12/29(金) 13:05:53.20 ID:ScRF9hVF0
 十二歳で人工天才の教授と、試験管の中の赤ちゃんを見て、私はこれからシングルファザーになると思うのだ
が、いまいち実感が湧かず、「教授、大丈夫なんですかね」と聞くと、「試験管で生まれる動物なんて、吐いて
捨てるほどいるはずだから、実績はあるよ」との答えをもらったので、おいおい人間では実用化していないんだ
ろと思い、ため息をつくと、それをどのように勘違いしたのか、「予定日はあってるよ」と上ずった声を頂いた
ので、くだらない会話で時間を満たすのも私達らしいと閃き、「私がちゃんとお父さんをやっていけるかどうか
ですよ」と少しおどけて言い直すと、教授は唸るばかりで、沈黙こそ答えという様子で、君はお父さん失格だ、
ひいては人間失格だと、言われた気分になり、私は落ち込んでみせようか、生まれてすみませんといってやろう
か、このアマと、気持ちを込めて睨んでみると、教授は息を呑んで二歩ほど下がり、怯えた表情をしたので、私
がいけないのか、と本格的に落ち込みたくなったが、このままでは、沈黙の妖精が目の前を横切り、ゲァゲァと
アヒルのまねをして会話の再開を狙った時と同じようになるので、私は何でもいいから喋ろうと口を開き「赤ち
ゃんって、生まれたときって泣きますよね、なんでなんでしょうか?」と自画自賛したくなるような質問を飛ば
してみるのだが、「呼吸と羊水を吐き出すためと体温を上げるためじゃないかな」と一刀両断、自己嫌悪で死に
たくなり、「いえ、科学的ではなく、もっとこう、生まれたときに悲しんで泣けば、もう悲しい事は起きないと
か」と自分自身に助け舟をだすが、溺れている人が助け舟を出すのは無理で、「ふーん」と微妙な空気が流れ、
これは沈黙とどっちがいいのだろうか、今の状況のほうが危険指数が高いだろうかと、本気で考えていると、
「それなら、ぼくたちに悲しみはないんだよね」との言葉を、君は地雷を踏んだよ、と宣言している氷点下の目
で言われれば、マゾの血が目覚めかねない事態となり、ゲァゲァと叫んで自分を捨ててやろうかとの衝動がよぎ
るが、「でもそれって、いいね」「こんな世の中なんだもん」と教授は泣きそうになっていたので、私は慌てて
ハンカチを探すが、ポケットに入れているはずもなく、教授が手で目をこすってるのを見て、ため息をつくと、
部屋中に電子音が響き、「赤ちゃん!」と私と教授は同時に叫び、教授はなみだ目で笑い、「えへへ、行こっ
か」と私を先導し、試験管まで歩き、機械の操作を行い、あっという間に、赤ちゃんは生まれ、「生まれました
ね」と私は呟くが、「赤ちゃん、泣いてない」との教授の言葉に私はパニックに陥り、「どうしよう、どうしよ
う、ゲァゲァ」と辺りを見回してみるが、「よかった」「息はしてるよ」「きっと、試験管からの子供は泣かな
いんだよ」と三連撃をあびせられ、男泣きをしそうになるのをじっと我慢して「はじめまして、私の赤ちゃん」
と初めての挨拶をすると、教授は赤ちゃんを優しい目で見つめ、「はじめまして、赤ちゃんのぼく」「これから
も、この人と仲良くね」と教授が最期の挨拶をすると、教授は研究所で十年間、頭をいじられて人工天才にされ
た副作用がきて、死んでしまった、それは、教授でも、もちろん私でも、ましてや教授を連れて逃げてきた研究
所でも、どうしようもできず、予定日通り教授は死に、私は教授のクローンを抱いて、教授が生きていた昨日と、
教授が生きていく今日が確かに続いている事を確かめ、産まれた教授の人生には、死んだ教授の人生の分の、喜
びと、怒りと、哀しみと、楽しみが、存在することを願い、私は教授との生活の新しい一歩を踏み出す。<了>



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