【 似たもの兄妹 】
◆VXDElOORQI




673 名前:似たもの兄妹(1/5) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/12/24(日) 23:29:16.64 ID:/cSMXMmo0
「お前さ、明日のクリスマスなんか予定あるの?」
 コタツでミカンを食べていると、いきなりお兄ちゃんがそんなことを聞いてきた。
 いきなり聞かれるので、つい動揺して皮を剥いていたミカンを落としてしまった。
「あ、あるに決まってるじゃない。彼氏とラブラブクリスマスの予定なんだから」
 嘘です。ごめんなさい。
「お前、彼氏いたっけ?」
「失敬な。いるに決まってるじゃない。お兄ちゃんこそ予定あるの?」
「俺だって予定くらいにあるよ。彼女とラブラブクリスマスだよ」
 今、ものすごく私達が似たもの兄妹ってことを実感した。
 私にはお兄ちゃんに彼女がいないことが手に取るようにわかる。
 逆に言えば私に彼氏がいないこともお兄ちゃんにはバレバレってことだけど。
「そ、そうだよねー。クリスマスに恋人と一緒じゃないなんてアリエナイよねー」
「おう。当たり前だろそんなこと」
「アハハハハ」と二人して乾いた笑いを漏らす。
 しばらくしてその笑いは二人同時に「はぁ」というため息へと変化する。
「お兄ちゃん、私、明日のデートに備えてもう寝るから」
「じゃあ俺も寝るかな。デートに備えて」
 お互い恋人などいないことはわかっているのに、この期に及んでまだ自己防衛的な嘘を
吐き続ける私達兄妹。
「お兄ちゃん、おやすみ」
「おやすみ。暖かくして寝ろよ」
 私達は就寝の挨拶をしたあと、「はぁ」ともう一度ため息を吐いた。

「おはよー」
 冬休みになったのをいいことに昼前まで寝ていた私が起きると、リビングにはオシャレ
をしたお兄ちゃんがいた。
「あれ? どっか出かけるの?」
「デートだよ。デート。お前もだろ? 準備しなくていいのか?」
「あ、う、うん。そうだよ。今から準備する」
 すっかり忘れてた。それにしてもお兄ちゃんは昨日吐いた嘘を吐き通すつもりなのか。

675 名前:似たもの兄妹(2/5) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/12/24(日) 23:30:28.26 ID:/cSMXMmo0
 無駄に男らしいな。
 私も一応、出かける準備に取り掛かる。予定はなにもないけど。

「いってきまーす」
 私達は誰もいない家に向かって挨拶をして、二人一緒に家を出た。
「じゃあ俺こっちだから」
「うん」
「お前、今日帰ってくるの?」
 そりゃ帰ってくるよ。なんにも予定ないんだから。
「クリスマスだよ? 泊まってくるに決まってるじゃん」
 あーあ。やっちゃった。
 なんでこう無意味な見栄張っちゃうんだろ。
「わかった。じゃあな」
 お兄ちゃんはそう言うと私の前から去っていった。
 なんかお兄ちゃんの様子がおかしい。妙に余裕がある気がする。
 まさか、本当にデートなんじゃ。昨日私が感じた兄妹の悲しい絆みたいなものは私の気
のせいだったのだろうか。二人で吐いたあのため息も、お兄ちゃんにとっては一人のクリ
スマスを嘆くものではなかったのかもしれない。
「はぁ。適当に街ぶらつこうかな」
 いつまでもお兄ちゃんのことを考えていてもしょうがない。
 私は一人で家にいるのも虚しいと判断して、とりあえず街の中心街に向かうことにした。

 おとなしく家にいればよかった。私は自分の愚かな選択を嘆いた。
 街はクリスマス一色。周りを見ればカップルカップルときおりサンタ。の格好をした店
員さん。お店は電飾で彩られ、楽しげなクリスマスソングを流している。すれ違う人はみんな腕を組んでいたり、手を握っているカップルばかり。
 愚かな自分に絶望しつつ歩いていると不意に声をかけられた。
「あれー。こんなとこでなにやってんの?」
 振り返るとそこには友達がいた。当然彼氏付きの。
「あ、あはは。散歩、かな」

677 名前:似たもの兄妹(3/5) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/12/24(日) 23:31:40.28 ID:/cSMXMmo0
「ふーん。そうなんだ。あ、私デートの途中だからそれじゃねぇーん」
 そう言うと友達は隣にいた彼氏と腕を組んで、群衆の中に消えていった。
 もうちょっと誰かと話していたかった気もするし、あの子とは一生口聞きたくないよう
な気もする。
 そんなことを考えた後に襲ってくるのは虚しさ。その虚しさが私の頭を支配して、一つ
の結論を導き出す。
「帰ろう」
 私は家路を急いだ。
 これ以上ここにいたら心が死んでしまう。そんな気がした。

「鍵がない」
 我が家の玄関で私はまた絶望に襲われる。
 ないないない。ポケットにもカバンにも靴の中にもない。どうやら落としたらしい。
「はぁ」
 私は今日、何度目かの、いや何十だろうか。とりあえずたくさんしたため息の回数をま
た一つ増やした。
 今日に限って戸締り万全。ドアはもちろん、窓も全部鍵が掛かっている。
「最悪のクリスマスだな。はは」
 自分の笑い声でまた憂鬱な気分になる。
 私はドアの前に体育座りをして顔を伏せる。
 最悪だ。なにもかも最悪だ。一人クリスマスだし、家には入れないし、同類だと思っ
ていたお兄ちゃんも今頃きっと彼女と楽しく過している。
 みんな、この世から消えちゃえば良いのに。
 なんてそんなことを考える自分が嫌になってまた憂鬱な気分になる。
「はぁ」
 また一つため息のカウントが増える。
「私って嫌な子だな」
 なんか泣きそう。私は今までよりもっと深く膝に頭を埋める。

 どのくらいそうしていただろうか。不意に私の体になにかがかけられた。

679 名前:似たもの兄妹(4/5) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/12/24(日) 23:32:17.83 ID:/cSMXMmo0
 驚いて顔を上げるとそこにはお兄ちゃんがいた。私の体にはお兄ちゃんのコートがかけ
られていた。
「お前、なにやってんの?」
 それはこっちの台詞だ。
「お兄ちゃんこそデートはどうしたの?」
「ありゃ嘘だ。俺に彼女なんているわけねーじゃん。昨日はつい見栄張っちゃってさ。お
前こそデートどうしたんだよ?」
 あっさりと嘘と認めるお兄ちゃん。
「私も嘘。彼氏なんていないよ」
 お兄ちゃんに釣られてか、あっさりと嘘を認めた自分に少し驚いた。
「だと思ったよ」
 お兄ちゃんはニッと笑って私の頭をグシャグシャと撫でる。
 髪が乱れるくらい乱暴に撫でられたのに、少し心地よかった。
「俺たちって似たもの兄妹だな」
 そう言いながらお兄ちゃんは私の隣に腰を下ろす。
「そうだね」
「あ、そうだ」
 お兄ちゃんはゴソゴソ荷物から一つの紙袋を取り出すと私に渡した。
「ほれ。クリスマスプレゼント」
「私に?」
「そうだよ。開けてみ」
 封を切り中身を覗いてみると、そこには毛糸のマフラーが入っていた。
「もしかして、手編み?」
「なわけねーだろ。でもちょっと高いやつなんだぜ。それ」
 私はマフラーを首に巻いた。
「暖かい」
「だろ。……は、は、はくしょん!」
 盛大にクシャミをするお兄ちゃん。私はお兄ちゃんの首にもマフラーを巻く。幸いギリ
ギリ二人で巻けるほどの長さがマフラーにはあった。
「悪いな。お前へのプレゼントなのに」

680 名前:似たもの兄妹(5/5) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/12/24(日) 23:32:54.38 ID:/cSMXMmo0
「いいっていいって。それに私はお兄ちゃんにプレゼント買ってないし」
「それはそれでがっかりだけどな」
「えへへ。ごめんね」
 玄関の前に座り込んでそんな話をしていると、不意に冷たい感触を手の甲で感じる。
 私は不思議に思って空を見上げる。
「あ、雪」
 空からは真っ白な雪が地上に向かって降り注ぎ始めていた。
「ホワイトクリスマスだね」
「そうだな」
「お兄ちゃん」
「ん?」
 私のほうを向いたお兄ちゃんにニッと笑顔を向ける。
「メリークリスマス」
 お兄ちゃんもそれにニッと笑って答える。
「メリークリスマス」
 その笑顔は私の心の憂鬱を取り払ってくれたような気がした。
 お兄ちゃんと並んで見る雪を見ながら思う。
 似たもの兄妹ですごすクリスマスも悪くない。


「ところでさ」
 私は心の中でずっと思っていた疑問を口にする。
「なんで家の中に入らないの?」
「……俺、鍵落としちゃったんだよね」
「え、お兄ちゃんも……」
 似すぎるのも問題だ。
 私は雪舞い散る寒空の下で心からそう思った。

おしまい



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