【 わけあえないもの 】
◆Lldj2dx3cc




632 名前:わけあえないもの(1/3) ◆Lldj2dx3cc 投稿日:2006/12/24(日) 22:48:33.55 ID:yJ82GPiK0
 魔王の由来を知る者はいない。
 邪悪な魔力をまとい、魔物の軍勢を率い、厳然たる玉座に鎮座する、魔の中の魔、王の中の王。魔王。
 起源とともにあり、無限の暗闇において永遠に君臨し続ける暗黒の王。
 彼の由来を知る者はいない。

 魔王のよこしまな企ては、ついに人間界にも及んだ。
 町という町、国という国はそのことごとくが押し寄せる魔王の軍隊に、あたかも砂の城の如く滅び去った。
 幾千の魔物の前に、人間たちはただただ無力に過ぎる。
 虫けらのように殺され、犯され、その惨憺たる有様は筆舌に尽くしがたい。

 しかし、闇があるところには光もまた必ず存在する。
 人間界の全土が魔王に掌握されんとしたその時、光の御子は突如姿を現した。
 のちの世に勇者と謳歌される若者は、たった一人、魔物を蹴散らし、とらわれの王女を救い、あらゆる万難を排し、そしてついには魔王の膝元、魔王城にまで至った。
 その細やかな気配を、魔王は感じていた。

「お前たち、ここはもういい。魔界へ帰れ」
 魔王の一言は、すべての魔物へ瞬時に伝達された。
 鍛え抜かれた魔王の軍隊は、忠実に最短時間で命令を実行せんと動いた。
 彼を畏れ、またその分彼を信頼しているからだ。
 魔物たちは魔王が光の勇者に蹂躙の限りを尽くさんことを、期待している。
 だれも、魔王に声をかける者はいない。
 数時間ののち、人間界からすべての魔物は消えた。
 人間が減り、魔物も消えた人間界は、黎明の如く静かだ。
 絶海の魔王城には、音ひとつない。
 魔王は孤高にして元始より唯一の存在だった。孤独であった。
 たった独り、人間界に取り残され、ゆっくりと息をついた。
 魔物の消えた魔王城。暗黒のかたまりのなか、一筋の光を感じる。
 光は徐々に徐々に闇を払拭しながら、城の頂点を目指していた。
 あたたかい光が、登ってくる。

633 名前:わけあえないもの(2/3) ◆Lldj2dx3cc 投稿日:2006/12/24(日) 22:48:58.34 ID:yJ82GPiK0
 勇者は孤高にして生来より唯一の存在だった。
 力は強く、心は正義に燃え、単身で数千もの魔物と戦い、その終結を目指す。
 彼は多くの悲しみを目にしてきた。
 がれきの城を、毒沼と化した村を、死してなお魔物の手先として繰られる者たちを。
 それらを、すべてたった二つの瞳に収めてきた。たった一つの心に留めてきた。
 心を占める憎しみは、確かに義憤にも似た感情であった。
 無辜の民をもてあそぶようにして殺し尽くした罪は、重い。
 けれど、妖精の鎧よりもなお固い彼の心の淵では、さらに重い罪人から目をそむけている。
 罪を問うことはすなわち正義を問うことともなり得る。
 疑問は不要だった。疑問は振るう剣を重くする。
 ひたすらに今、寂莫の城を登る。何にも支えられることなき、たった一つの光として。

 果たして勇者は、きた。
 王者の剣と妖精の鎧とを携え、魔王の前に一個の眩しい光として屹立している。
 魔王は肌が粟立つのを感じた。
 待っていた。待っていた。この瞬間、この邂逅のみを、待ち望んでいた。
 勇者は息を整えながら、しかし油断なく魔王を見据えている。
 迷いを封じた虹彩が、オパール色のきらめきを放っている。
 招待するような姿勢を見せる魔王にも、不意打ちするような真似はしない。彼は勇者であるからだ。
 けれど、けれど魔王はそれ以上のものを感じていた。
 他の誰にも感ぜず、理解もされないこの情動を、もし許されるならば誰かと共有したいと思っていた。
 それが出来るのは、ほかならぬ勇者でしかないと確信していた。

「よくきたな、勇者よ。
 わしが王の中の王、魔王だ。
 わしは待っておった。
 そなたのような若者が現れることを……。
 もし、わしの味方になれば、世界の半分をおまえにやろう。
 どうじゃ? わしの味方になるか?」

634 名前:わけあえないもの(3/3) ◆Lldj2dx3cc 投稿日:2006/12/24(日) 22:49:20.83 ID:yJ82GPiK0
 違うのだ。魔王らしからぬ偽りを口にしながら、そう叫びたかった。
 違うのだ。そうではない。
 こんな、挑発めいた戯言を言いたいのではないのだ。
 勇者はすらりと王者の剣を構える。訣別の印。予定調和の終わり。
「御託はそれで終わりか、魔王」
 ああ、よかろう。そうだ、それでいい。
 我が身は世界を滅ぼすためにのみあり、お前は私を殺すためのみにある。
 闇は光を理解しない。光もまた闇を理解しない。
 それで、正しい。
 一人ぼっちの光と闇とは、しかし決して互いに意を迎えることはない。
 孤独の城に、瞬間、光と闇とが交差した。






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