640 名前:ユキビトノオモイ 1 ◆kCS9SYmUOU 投稿日:2006/12/24(日) 23:06:52.55 ID:7Q4MSbU00
今年ももうすぐ終わりを告げ、残るイベントはクリスマス、年越しのみとなった十二月二十三日。
この日、この町に観測史上まれに見る大雪が降った。
その雪は初雪であったにもかかわらずどんどん降り積もり、やがて積雪は三十pに達した。
たかが三十p、という人もいるかもしれない。しかしこの町は北国ではない。雪が降る、という時点で、
それはもう異例なことなのだ。
雪が積もれば子供が遊ぶ。それも当然のこと。
そして、その降り積もった雪で遊ぶ一人の子供によって、私は作られた。
「はい、これで完成っと」
ただの雪塊であった私に、ようやく目(みかん)が取り付けられ、私はやっと景色を見ることが出来た。
しかし私に与えられたものは、目と鼻と口、それと棒切れの腕しかなかった。そして鼻と口は、腕と同じく
棒切れであったため、匂いをかいだり話したりすることは、残念ながら出来なかった。
私が出来ることは、見ること、そして考え、想うことだけであった。
「ん〜。なかなかいい出来だ」
目の前で腕組みをして私を見ていた少年が、満面の笑みを浮かべて頷いた。この活発そうな少年が、
私の生みの親なのだろう。私は「この素晴らしき世界に生み出してくれてありがとう」と感謝した。
しかし少年は私の想いなどわかるはずもなく、足早に家に入っていった。
そしてしばらくすると、少年が家から出てきた。母親らしき女性を連れて。その女性はカメラを持っていた。
「かーさん! 早く撮って撮って!」
少年は元気にはしゃぎながら、私の隣に駆け寄った。なるほど、写真か。
「はいはい。……それじゃあいきますよ」
母親はにっこりと微笑んだまま、カメラを構える。少年はにんまりと笑ってカメラを見つめている。
私は残念ながら表情を変えることが出来ないので、そのままでいた。
ぱしゃっ
軽いシャッター音が鳴った。そしてそのまま何回かシャッターを切ると、母親と少年は仲良く家に戻っていった。
私は、ただその様子を見つめていた。
その夜、家ではクリスマスパーティーが開かれた。家族で楽しそうに騒ぐ様子は、たとえカーテン越しでも
手に取るようにわかった。私は一人で、この聖なる夜を祝った。
641 名前:ユキビトノオモイ 2 ◆kCS9SYmUOU 投稿日:2006/12/24(日) 23:08:12.32 ID:7Q4MSbU00
翌日、十二月二十五日は、朝から雲ひとつない晴天だった。
朝も早くから、あったかいセーターに身を包んだ少年が、玄関から元気よく飛び出してきた。
手には夕べ貰ったのであろうおもちゃが握られていた。
すると玄関から母親が出てきて、走っていく少年を呼び止めた。そして母親は、「これを着けていきなさい」と
少年にマフラーを巻いてあげた。少年は母親に「ありがとう」と言うと、また元気よく走り出した。
母親は少年が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。そしてすぐに家に引き返していった。
少年は、私に気付かなかった。
午後から、徐々に気温が上がってきた。照りつける陽光が、あたりの雪を溶かしていく。
無論、私も例外ではなかった。
私が作られ、そして置かれていた場所は、庭の中でも比較的日当たりのよい場所だった。そのせいもあり、
私の体はどんどん小さくなっていく。
いやだ。消えたくない。この素晴らしい世界にせっかく生まれてきたというのに。
私の棒切れの腕が、力なく下がっていく。
いやだ。消えたくない。笑顔の少年をまだ見ていたい。
私の棒切れで出来た口と鼻が、重力に負けて落下した。
いやだ。消えたくない。私はまだ――
そこで、視界が黒くなった。そしてそのまま、私の意識も闇に呑まれていった。
642 名前:ユキビトノオモイ 3 ◆kCS9SYmUOU 投稿日:2006/12/24(日) 23:08:59.36 ID:7Q4MSbU00
――夕方。
友達の家から、少年が帰ってきた。
少年はふと思い立ち、雪だるまがあったところにいくと、雪だるまがないことに気付いた。
すると少年は、すこしつまらなそうな顔をすると、足元に落ちていたみかんを拾った。
そして特に気にすることもなく、家に入っていった。
また今夜も、家族の幸せそうな声が響く。
しかしそれを聞くものは、誰もいなかった。
END