【 馬鹿な夢だと言わないで 】
◆/7C0zzoEsE




603 名前:馬鹿な夢だと言わないで(1/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2006/12/24(日) 21:41:47.52 ID:pEFPMXXP0
 俺が街の異変に気がついたのは、
時計の短針が左を向いた頃だった。
 今日は携帯の目覚ましの設定を忘れていて、
いつもより少し遅めに起きてきた。
 それなのに、いつも早起きの母も父も、居間にはいない。
今日は休日だから、ゆっくりしていたいのだろうか。
 テレビをつけると、画面には何も現れない。
いつもやかましい、鳥の泣き声も聞こえない。
 気味が悪いまま、時間は過ぎる。

―――静寂。

 緊張の限界がきて、俺は親を起こしに行く。
寝室には、父と母が眠っていて、少し安心した。
「母さん。母さん、朝だよ」
揺らすが、全く起きようとしない。次にもう一度、さっきよりも強めで、
それでも何の反応も得られ無かった。父も同様。
 叩いても、揺らしても、水をかけても、叫んでも。
ある種の病かと不安になり、救急車を呼ぼうと電話をかける。
しかし、どこにも繋がらなかった。
 俺は、胸を掻き毟りたい衝動のまま、家を飛び出した。
 外の世界は普段と変わらない、ただの風景。
何の生活している様子も見られなくて、違和感が強かった。
 一体どうなっているんだ。
俺は一人寂しく、今年のクリスマスを迎える。

604 名前:馬鹿な夢だと言わないで(2/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2006/12/24(日) 21:42:37.09 ID:pEFPMXXP0
 それから時間だけが経って、今では正午を越えていた。
俺はというと、この変な街をずっと歩き回っていたが、
何の変化も見られなかった。
 ただ、どういう状況なのかが、なんとなく分かる。
動物は、人も含めて皆消えたわけではなく
――眠っている。
 二十四時間営業のコンビニでは、店員が立ったまま寝ていた。
外では、猫や烏などが寝息をたてている。
この冷え込む中で、凍死しないだろうか、と少し不安になる。
 どうしてこんな事になっているのだろうか。
皆が魔法をかけられたかのようで、世界は俺一人だけ?
 誰もいない……一人の世界……一人……。
何か頭に引っかかる物があった。
 そう。あれは確か、昨夜のこと。

「あーあ。自分の好きな女の子と二人だけの世界になれば良いのに。
 そんで、二人で公園の丘から夕日を眺めたら気持ち良いだろうな」

 そんな馬鹿らしい事を想像、いや妄想していたのを思い出した。
いやしかし、そんな非現実的な。自分の願ったことが叶うなんて……。
 そうぶつぶつ言いながらも、俺は足早に優子の家に向かっていた。
 彼女のことは、ずっと、近所に住むただの幼馴染としか思っていなかった。
しかし日に日に女の子らしくなっていき、恋愛感情を持ち出したのはいつ頃だったろうか。
 
 五分もかからず、家に着く。インターホンを鳴らすときは、いささか緊張したが、
数分経ってからそれが無駄だと確認した。
 ノブを回すと、あっけなく開く。鍵はかかっていないようだ。

605 名前:馬鹿な夢だと言わないで(3/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2006/12/24(日) 21:42:59.26 ID:pEFPMXXP0
 さすがに、好きな女の子の家に侵入するのには抵抗がある。
お邪魔しますと一応声もかけるが、自分の床を踏む音まで聞こえるほど、
神経を尖らせているのは、泥棒の心境のようで自己嫌悪に陥る。
 もし両親が起きていれば、不法侵入で警察を呼ばれても文句は言えない。
心臓が高鳴る。特に問題も無く、優子の部屋の前に来た。
 ご丁寧にも、ドアに優子の部屋と札をかけている。
ノックをしようと、右手を体の方に引いたとき。
中から、誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
 俺は、素早いながらも穏やかにドアを引く、
「優子? 大丈夫か」
 彼女はゆっくり俺の方を向いて、呟いた。
「遅いよ……」
 そして、また泣き出した。安堵の涙ともとれた。

「どうしても、パパもママも起きないの」
「ああ、知ってるよ」
 どうやら、彼女が起きているということ以外に変わったことは無かった。
それでも、もう一人では無い。孤独じゃ無い。
 これで、確かに俺の望みが叶ったことを示しているが、
どうしてこうなったのかはわからないまま。
 つまりは、何の解決案も見当たらなかったが、前ほどの悲壮感は無い。
「拓也君にメールしても、連絡とれなかったんだから」
 え? と俺は間抜けな声を上げる。迂闊。携帯に関心を向けるのを忘れていた。

 ここにいても、何の進展も無いので、俺たちは何かを探し歩いた。
どこに行くでもなく、何を求めるのでもなく。
 何気ないお喋りを楽しむ余裕も生まれていた。
彼女の顔からも笑みがこぼれてきて、この状況に絶望なんてしなかった。
 楽しいとさえ、思ってしまった。俺の望んだ世界なのだから。

606 名前:馬鹿な夢だと言わないで(4/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2006/12/24(日) 21:43:47.03 ID:pEFPMXXP0
結局、何一つも誰一人も起こせないまま時間は過ぎる。
朝よりかは、時計の進み方がずっと早く感じた。
 夕日が西の空に見える。
近くの公園に寄って、ブランコに腰掛けた。
「俺達、二人だけか」
寂しいな、聞くと彼女はかぶりを振った。
「ううん。実は結構ね、楽しいよ」
俺の方こそ。そう思ったが、口には出さなかった。
 こんな中だから、本音が出せる。誰にも邪魔されず、二人きりだから勇気が出る。
俺が暴走気味に、告白したいと思ったときに、彼女が言った。
「私が一人で気が狂いそうだったときに、拓也君が来てくれたの」
嬉しかった、とそう言い、俺も心を決めた。
「あ、あの」
「私ね、昨日の夜かな。もし願いが叶うなら、拓也君と二人だけの世界になれば良いのにって思っちゃったんだ。
 俺の言葉は、途中で途切られた。俺はどきっとする。悪戯がばれたときのような気持ちになる。
「だから、こんな事になっちゃったのかな。ごめんね」
「いや……俺も同じ事考えたんだ」
 再び、静寂。自然と視線が合う。ゴクリと音をたてて、唾を飲む。
「夕日が、見たいんだ。向こうの丘から見える夕日を」
「私も、同じこと考えてた」
 俺から彼女の手を握って、歩きだした。
どこか、確信を持って、その場所へ向かっていく。何かに引っ張られるかのように。
 そして、丘の上で信じられないものを見た。
夕日の見える角度、冷たい風を浴びて、二人寄り添うように、同じように手を繋ぎ、
俺たちが眠っていた。見間違うことなんて無い。正真正銘の拓也と優子。

 呆気にとられながらも、俺は呟いた。 
「夢なのかな、この世界が」
「……やけに、現実的だね」

607 名前:馬鹿な夢だと言わないで(5/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2006/12/24(日) 21:44:11.05 ID:pEFPMXXP0
 俺達の二人の願い。全く同じ願いを同じ時間に思って、
それをサンタクロースが叶えたのだろうか。
そんな乙女ちっくな事も、こんな状況では思ってしまう。
 自分で自分を起こそうとする。この奇妙な感覚。それでも、
やっと答えを見つけたような気分で、自分を起こそうとすると、優子が俺の腕を掴んだ。
 顔を赤らめながら、言葉を必死に紡ぐ。
「これが夢なら……覚めたくない!」
 風が吹き、木の葉のざわめく音。告白ともとれるその発言に、俺の心もざわついた。
そんな目で見つめられたら、俺の気持ちも鈍る。別に、今すぐ起きる必要なんて無い。
 けれども、あくまでこれは夢にしか過ぎないのだから。

「もし、この思いが幻じゃ無いのなら」
 彼女は俺の言葉、一言一句逃さないようにしている。
あなたがいたから、俺は孤独じゃ無かった。
 俺は続ける。
「目が覚めれば、連絡をとろう。今日のクリスマスは一緒に過ごそう」
彼女は、一瞬静止して、ゆっくり頷いた。その顔に笑みをこぼして。
 俺も自然と笑って、ポケットの中から携帯を取り出した。
「また、あとでね」
 俺は、携帯の目覚ましを鳴らして、二人の耳元に近づける。

ジリリリリリリリリリ


 寒さと目覚ましの音で目が覚めた。
もう少し、眠っていたい衝動に駆られる。全然疲れがとれていない。
 手探りで携帯を見つけて、目覚ましを止める。
ふと気がつくと、携帯に優子からメールが届いていた。
「おはよう。 起きた?」
 今日はやけに冷え込む。何年かぶりの白い聖夜が見られそうだ。     (了)



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