【 Growth 】
◆LvPDgMGhDE




577 名前:品評会作品「Growth」1/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/12/24(日) 20:53:27.47 ID:9Y79vnNi0


 今でも、よく思い出す。

 その広さが予算の精一杯だったんだろう。僕の家は、例えば学校のクラスメイト達のものと比べて、一回り
程小さく、庭も無く、でもその代わりに、縦に長い3階建てだった。屋根は中世のお城のように円錐状で、そし
て天窓つきの屋根裏部屋があった。
 屋根裏部屋。小さな子供が秘密の隠れ家に使うにはもってこいの場所だ。
 勿論僕もそうしいていた。家が狭い分、そこは基本的には物置代わりになっていて、古い家具や衣類や、非
常用の道具類などが詰め込まれていた。それでも子供が一人入り込んで、自分だけの遊び場にするだけの
スペースは充分にあった。
 物心ついた頃から、僕はそこへ色んな物を持ち込んで、余って使われていないタッパーなどを宝箱代わりに
して溜め込んでは悦に入っていた。自分用の子供部屋も割り当てられてはいたけれど、それとこれとはまた別
だった。両親と同じ家の中だけど、自分の部屋もあるけれど、全くの一人ぼっちになれる空間はここだけだ、そ
う思っていたし、実際そうだった。
 かび臭い匂いと天窓から差し込む日差しに包まれて、僕は自分だけの宝物、例えばセミの抜け殻や、虫かご
でこっそり飼う芋虫や、チョコレートのおまけのシールや、道端で拾った見慣れない空き缶やトラックのバッテリ
ーや釘なんかを眺めて楽しんだ。テレビで面白いアニメや映画を観た後には、ここに来て横になり、頭の中に
残る映像を何度も何度も再生させては余韻を味わった。その映像は、時には自分の理想の未来や、夢や、こ
れから起こるといいと願う楽しい日常だったりした。
 たまに掃除や勉強の様子を見に両親がやってくる自分の部屋では、こうはいかない。
 でも、自分だけの場所だと思っていた屋根裏部屋も、実はそうではないことにある日気付かされた。
 輪ゴムでまとめたシールの位置が、昨日見た時と少し違っている。見飽きて放りっぱなしにしていたバッテリ
ーが、ほんの少し移動している。父が、母が、あるいは二人ともが、この屋根裏部屋に入った証拠だ。ここは僕
だけの場所だと言ったじゃないか。入る時は僕に一言断って、一緒に入ること、そう約束したはずじゃないか。
僕は怒りに震えてそう問い詰めた。
「何か危ないものでも拾ってきていたら大変じゃない」と母は全く悪びれずに言った。
「たまに仕舞っていた物を取りに行きたいこともあるんだから」と父は言い訳がましく言った。
 僕は許せなかった。
 屋根裏部屋に入るには、階段を上って、天井の嵌め戸を引いて開ける必要がある。僕はそこに仕掛けを施す

578 名前:品評会作品「Growth」2/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/12/24(日) 20:54:42.88 ID:9Y79vnNi0

ことにした。拾い集めていたバッテリーや釘を戸と天井の隙間の上に乗せ、何も知らないまま開けるとそれら
が降り落ちてくるように仕組んだ。
 僕は本気だった。
 数日後、父の頭にたんこぶが、顔にいくつかの切り傷が出来た。
「どういうつもりだ!」と父は激昂した。「謝りなさい!」と母は壊れた目覚ましのように連呼した。
 僕は謝らなかった。当然の報いだと思った。
 両親は押し黙り睨みつけるばかりの僕を家の外へと追い出すと、「反省するまでご飯は抜きだ」と告げてド
アを閉めた。反省するべきことなんて何も無いと僕は思った。冷たい夜風の中に僕はひたすら佇み続け、立
ち続けるのにも疲れると玄関に座り込み、そしていつしかそのまま眠った。
 変な夢を見た。

     *

 白いカーテンが風になびく病室で、父がベッドに臥せっている。
「もうお父さんの命も残り少ないんだよ」と、父は僕に微笑みかける。
「今まで色んなことがあったわねぇ」と、母は傍らで林檎を剥きながら言う。
 僕は何も言わず、花瓶から花々を抜き取ったり差し込んだりを繰り返す。
「そういえば、あんなこともあったなぁ」
「そういえば、こんなこともあったわねぇ」
「屋根裏部屋のことは覚えているか?」
「お父さんの顔が傷で一杯になって」
 二人は僕に柔らかい笑顔を向けると、揃ってこう問いかける。
「ほんのいたずらだったんだよね?」
 僕は花瓶を持ち上げて逆さまにし、中身を全てリノリウムの床にぶちまけて答える。
「本気だったよ。本気で殺すつもりだった」

     *

 気が付くと僕は自分の部屋で寝ていた。いつまで経っても家に入れてくれと懇願しない、そんな僕の様子

579 名前:品評会作品「Growth」3/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/12/24(日) 20:55:15.16 ID:9Y79vnNi0

を見に出た両親が、寝ているのを見つけて運んできたのだった。
 数日間、僕は風邪で寝込み、そして屋根裏部屋の話はそのままうやむやになった。

     *

 今になっても、よく思い出す。
 孤独な時間を大切に抱きかかえていたあの時の事を、そこで見つけた沢山の感情を切実に慈しんだあの時
の事を、今でもよく思い出す。
 多分僕は、

     *

 白いカーテンが風になびく病室で、父はベッドに臥せっている。でも入院したばかりの頃と比べれば、もう血色
も随分と良くなった。
「来週には退院できるんだろ?」
 僕は花瓶の花を取り替えながら訊いた。
「ああ、もう大丈夫だ。心配かけてすまなかったな」
 父は窓の外から視線を戻し、そう言って微笑み、また窓へと視線を移す。早く家に帰りたいといった様子だ。
「術後の様態もいいって先生も言ってたわ。本当に良かったわねぇ」
 母は傍らで林檎を剥きながら言う。
 病気の話には家族揃って疎いので、腸にポリープができているので手術しましょうと聞いた時には、もう父の命
は風前の灯火なのかと勝手に思い込んで皆で落ち込んだ。
「ただ、やっぱり手術となると気持ちが落ち着かなくなるもんだ」父は言う。「正直、父さんの人生もこれで終わりな
のかもしれないと考えることもあった」
「やめてよあなた」
「これまでのことを色々と思い出したよ。あんなこともあったなとか、こんなこともあったなとかな」
「思い返すにはまだ早いって。でも、例えば?」僕は新しく活けた花をいじりながら、そう尋ねた。
「ん、そうだな、例えば……ああ、屋根裏部屋のこととかな」
 父は、それももういい思い出だ、といった感じの軽い口調で言った。

580 名前:品評会作品「Growth」4/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/12/24(日) 20:55:46.58 ID:9Y79vnNi0

「……屋根裏部屋?」
 僕はなんのことか分からないといった素振りでそう聞き返す。母はすぐに思い当たったようで、含み笑いしてい
る。
「お前が小さかった頃、屋根裏部屋を自分だけの場所だと言って大事にしていただろう」
「あたしたちが勝手に入るとすごく怒ってねぇ」
「それで釘やなんやかやを戸に仕掛けただろう。あれで顔に傷がついて、父さん仕事場でどうしたのかと会う
人会う人に言われたんだぞ」
「ああ」僕はようやく思い出したといった風に、「そんなこともあったっけね」
「あれはいたずらにしては危な過ぎたな」

「うん。あれはやりすぎだったと今はよく分かるよ」
 僕はそう言って、父と母に微笑みかけた。
 心の底からの、邪気なんて何も無い笑顔を作って。
 出来るだろうか、今の僕にはもうそれが出来るようになっただろうか、そう少し心配だったけど、でも、大丈夫
だった。

 多分僕は、自分を作りたかったんだろうと思う。
 自分だけの場所で、自分だけの時間を、自分だけの感情で満たして。
 そうやって、自分という人間を作りたかったんだろうと思う。
 その大切な孤独の空間と時間に、例え相手が親であろうとも、踏み入られたくなかったんだろうと思う。
 今の僕は、あの時の事をそんな風に捉えている。そしてその考えは、きっとそんなに間違いじゃないと思って
いる。
 そうして生まれたのが、あの心からの敵意と殺意だったとしても。

「あの時は本当に殺してやろうと思っていたんだよ」
 そう言わないことが、僕が僕になれた証だと思う。
 なんだか変な話だけど。

「お前も誰に似たのか頑固で、絶対に謝ろうとしなくてなぁ」

581 名前:品評会作品「Growth」5/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/12/24(日) 20:56:37.83 ID:9Y79vnNi0

「あら、でもあのままじゃ風邪を引くって様子を見に出たのはあなたが先ですよ」
「ん、そうだったか?」
 談笑する両親と、僕も一緒に笑った。

     *

 今でも、よく思い出す。
 その広さが予算の精一杯だったんだろう。僕の家は……



 <了>



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