【 すべての戦うものたちへ 】
◆wDZmDiBnbU




527 名前:『すべての戦うものたちへ』 (1/5) ◆wDZmDiBnbU 投稿日:2006/12/24(日) 17:35:35.62 ID:DZ0f+sKU0

 人で賑わう元旦の初詣に、巨大ロボが出てきたらそりゃあ誰だって引く。

 神社の屋根の向こうにひょこりと顔を出したそいつは、ゆうに十メートルは越えていた。
マッチ箱に手足を生やしたようないい加減なデザイン。明らかなオーバーテクノロジーに
も関わらず、どこか昭和の香りがするのはなぜだろう。静まり返る群衆を前に、所在無さ
げにたたずむロボット。胸のスピーカーから、ひどく割れた声が響く。
「どうも皆さん、あけましておめでとうございます。悪の秘密結社です」
 もう少し常識で物事考えようよ、と思う。新年早々、ずいぶんと勤勉な悪の組織だ。と
はいえ、正直なところ――あまり人のことをとやかく言えたような立場じゃないけれど。
 境内の隅でアルバイトにいそしんでいた少女、鮫島楓の判断は早かった。もうお守りや
おみくじを売っている場合ではない。取る物も取り敢えず、一直線に駆け出す。本当は着
替えたかったのだけれど、そんな暇なんてあるはずもなかった。
 こういう訳の分からない手合いは、訳の分からない力で追っ払うのがお約束。
 社務所の脇に立てかけてあるほうきを掴むと、すぐさままたがる。それは念じるより速
く宙に舞い上がった。どよめく観衆の声。上空で巨大ロボと対峙すると、適当な呪文を詠
唱する。いくつかの火の玉が虚空から浮かび、楓の周囲をまとうように漂った。
 魔法。なぜこんな力が使えるのかは、楓自身わからない。一つだけはっきりしているの
は、この力はつい最近身に付けたものだということ。いずれにせよ魔法が使える以上、こ
の状況を黙って見過ごすわけにもいかない。むしろ、うってつけだ――楓は覚悟を決めた。
 詠唱一閃、数々の火球が中空を舞う。轟く爆音、巻き上がる黒煙。煤けた匂いが鼻をつ
く。ロボと戦うなんて初めてのこと、加減も容赦も出来はしない。振り上げられた鉄の拳
を避け、赤い袴を空にひるがえす。背後に回り込んだその刹那、さらに強烈な第二波の詠
唱。ありったけの力をつぎ込んだそれは、巨大な火柱となって天を焦がした。
 爆発音。もうもうと沸き上がる黒煙の中から、ようやく姿を現したロボ。ぷすぷすと間
抜けな効果音をあげ、もはや立っているのもやっとという風情。
「おのれ……お、憶えてろっ、魔法少女!」
 ご丁寧にもお約束の口上を述べると、そのロボは突然ぐにゃり、と歪み、そして光の彼
方へと消え去った。逃げるためだけにワープとか、一体どれだけ便利な機能だろう。
 携帯のシャッター音が鳴り響く中、魔法少女の初陣は、あっけないほど簡単に決着した。

529 名前:『すべての戦うものたちへ』 (2/5) ◆wDZmDiBnbU 投稿日:2006/12/24(日) 17:36:11.86 ID:DZ0f+sKU0

                   *

 正月元旦からはた迷惑なこの事件は、思ったほどのパニックにはならなかった。
 実際、そう珍しい話でもなかった。昨年のクリスマス以降、この程度の非常事態はいた
るところで発生している。それも大概が似たような話――正義の宇宙刑事だとか、なんと
かレンジャーだとか――だった。去年のサンタは随分と気前が良かったと見えて、少年少
女の夢はもはや現実のものとなっている。楓もまた、その中の一人だった。
 魔法少女と言えばたしかに、幼い頃の夢ではあった。だがそれが今更叶うだなんて、誰
が予想できただろうか。それも高校二年の冬休み、遅すぎるにもほどがあった。しかし。
「私、魔法少女として生きていくって決めたから」
 新年早々の家族会議で、楓は堂々とそう宣言した。案の定、両親は泣いた。「なぜうち
の子が」という愁嘆場の中、それでも楓の決意は揺るがなかった。警察から事情聴取まで
受けた今、まともな人生は望むべくもない。生活のためには、仕方がないのだ。
 平和を脅かす悪の組織を、魔法少女は許さない――。
 あまりに斬新すぎる抱負とともに、楓の新年は開けたのだった。

                   *

 結果から言うのであれば、それが全ての間違いだった。
 本当に大変なのはその後だった。悪の秘密結社は本当に真面目だったらしく、ほぼ週イ
チのペースで巨大ロボを送り込んで来る。当然、冬休みが終わってもそれは続いた。
 その度にロボを撃退しに飛ぶわけだが、この大変さは経験した者にしかわからないだろ
う。悪の組織は常識のなさも相変わらずで、出てくる時間も場所も選ばなかった。授業中
の学校に現れてみたり、友達と遊んでいる最中に空をよぎったり、就寝中にえらく離れた
地点に出現されたことさえあった。

 恋に部活に友情に、そんな楽しかった高校生活はすでに過去のもの。遊ぶ暇どころか、
勉強する時間さえもない。進学を控えたクラスメートたちを尻目に、楓は一人、空を飛び
回った。ほうきがなければそれも出来ないので、いつしかどこへ行くにもほうきを持ち歩

530 名前:『すべての戦うものたちへ』 (3/5) ◆wDZmDiBnbU 投稿日:2006/12/24(日) 17:36:43.40 ID:DZ0f+sKU0
くようになった。それが原因でフラれたりもした。やがては友達とさえも疎遠になった。
 それでも楓は飛び続けた。春の桜咲く中、夏の日差しの中、秋の枯れ葉が舞い落ちる中。
晴れの日も雨の日も、いつだって空はひとりぼっちだ。騒がれたのは最初のうちだけで、
ひとり悪と戦うその姿を、今は見上げる者さえ、ない。
 弱音なんて吐きたくはなかった。どうせ吐く相手もいない。家族の期待を裏切り、周囲
からは白い目で見られ、友達もなくただ一人部屋にこもる。かつて夢見た魔法少女、その
夢溢れ心躍る世界は、ここにはない。

 一体、私は、何をしているんだろう――。

 薄暗い天井が、じわりと滲む。その疑問に答える者は、いるはずもなかった。

                   *

 冬休み前の終業式が終わり、誰もいない屋上。楓は一人、空を眺める。大学進学を目前
に控え、何一つ勉強していない。センター試験の結果なんて、もう考えるまでもなかった。
 自分の存在を自問し続けた日々は、唐突に終わりを告げていた。
 一週間前。突然、魔法が発動しなくなった。いくら念じても唱えても、辻風一つ起こり
はしない。理由はもはや明らかだった。昨年末から続いた超常現象、その全てがぴたりと
止んだのだ。クリスマスを目の前にして、去年のプレゼントの効力は、どうやら期限切れ
らしかった。
 屋上から見下ろすそれは、いつも通りの平和な街。もはやロボットさえ現れない。魔法
もどこかへ消えてしまった。この一年で手にしたものは、傷だらけのほうき一本だけ。

 あれだけ自由に飛び回った空が、まるで牢獄のように思えるのはなぜだろう。

 もう何も考えたくない、そう思い振り向いたそのとき。いつからそこにいたのだろう、
目が合ったのは一人の少女。
「ごめんなさい、鮫島さん」
 突然頭を下げるその少女に、楓はたしかに見覚えがあった。隣のクラスの委員長、確か

531 名前:『すべての戦うものたちへ』 (4/5) ◆wDZmDiBnbU 投稿日:2006/12/24(日) 17:37:10.51 ID:DZ0f+sKU0
名前は、鬼塚こずえ。その黒縁メガネと秀才ぶりは、楓にとっても印象が強い。まして彼
女はここ半年、登校拒否になっていたのだ。記憶に残らないはずもなかった。
「私なの。悪の秘密結社の、首領」
 それは衝撃の告白には違いなかったが、しかし楓は冷静だった。もう、終わったこと――
そう思い、驚きさえ出来ない自分が、どこか惨めに感じられた。
「あこがれだったの。悪のマッド・サイエンティスト。変よね」
 聞いてもいないこずえの言葉。出来るならこれ以上、聞きたくはなかった。戦いは決し
て楽ではなかったけれど、それでも自分なりに頑張って来たのだ。敵同士とはいえ、共に
戦ってきた相手の弱気な告白なんて――今更、もう十分だった。
「ロボット、急に作れなくなってごめんなさい。でも、鮫島さん、あなたとは」
「別にもう、いいよ」
 言いかけた言葉を遮るように告げ、そのまま楓は踵を返した。もう聞いてなんていられ
ない、全ては終わったことなのだ。たった一年の悪い夢、それでもう、いいじゃないか。
 身を切る寒風が雲を運ぶ。すくみ上がる肩越しに、こずえの声が響いた。
「鮫島さん! あなたとは、いつかまた」
 いつかって、いつだろう。過ぎ去った時間は、もう二度と訪れはしないのに。
 その疑問を口にすることさえなく、楓はその場を後にした。

                   *

 年に一度の聖なる夜、かすかに粉雪が舞い始めたのは、神の祝福だろうか。
 起こしたばかりの焚き火が風に揺らめく。かつて夢の始まりだったその神社も、この日
ばかりは閑散としていた。誰もいない夜の境内に、楓は一人立ち尽くす。その手には、一
本のほうき。目の前の小さな炎に、これをくべれば、終わり。

 さようなら。なんて、言わない。どうせ返事は返って来ないから。

 聖夜の別れ。なんの感慨もなかったはずなのに。震えるその手は、寒さのせいばかりと
は言い切れない。ほうきの柄に額を当て、俯くようにうずくまる。耐えきれずこぼれた小
さな嗚咽が、冬の空に白く舞い上がり、消えた。

532 名前:『すべての戦うものたちへ』 (5/5) ◆wDZmDiBnbU 投稿日:2006/12/24(日) 17:38:16.45 ID:DZ0f+sKU0
 なぜ、どうして。その答えは、出るはずもない。それでも終わりはやって来る。でもそ
のとき、過ぎ去った夢を手放す勇気さえないものは、一体どうすればいいのだろう。

 ふいに顔を上げた、そのとき。滲む炎の向こう側に、小さな影がうごめいた。

 目をこすり、再び見つめる。闇の中に見たそれに、楓は思わず目を見張った。炎に照ら
されたそのシルエットは、まるでマッチ箱から手足を生やしたような――。
「……ま、待たせたわねっ!」
 大見得を切るのは、いつか聞いた声。ぼろぼろの段ボールを身にまとい、かつての巨大
ロボが見る影もない。いささかやつれて見えるこずえの様子は、もう立っているのがやっ
とという風情。その現実をものともせずに、彼女は一歩を踏み出した。
 ずしり。大地を揺るがすその音が、聞こえた気がする。
 過ぎていった日々は返らず、叶えた夢にも裏切られた。それでもなお、秘密結社は立ち
止まらない。夢の跡にすがる無様な姿と、人は笑うだろうか。その嘲笑は、彼女の孤独な
歩みを、止めることができるのだろうか。
 楓は立ち上がった。戦わなければいけなかった。たとえ飛び回ったあの空が、二度と微
笑むことがなくなろうとも。地べたを這い、踏み出す一歩。その先に、真に戦うべき相手
がいる。たとえ勝ち目がなかろうと、魔法少女は立ち向かう。
 因縁の対峙。二人の間を舞う粉雪に、こずえが大きなくしゃみをひとつ。ずれたメガネ
を直すことすらせず、悪の首領は立ちはだかる。
「魔法少女、鮫島楓! あなたとの決着、今日こそつける!」
 望むところよ、悪の組織。本当の戦いは、これからだから。
 手を広げ、胸を張り、魔法少女は呪文を唱える。叶うかどうかはわからない。ただどう
か、今だけは。震えるこの指から、勇気がこぼれませんように。

 聖夜に捧げる最後の魔法。すべての戦うものたちへ――メリー・クリスマス。

<了>



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