【 孤独についての考察 】
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354 名前:孤独についての考察 1−5 投稿日:2006/12/23(土) 23:39:44.02 ID:Payfjx4K0
 人類は本質的に孤独である。これはわたしの持論で、この世の真理だと思う。
 何故かって? はい、いい質問です。答えましょう、聞いてください。

 そもそも人は、言語以外に自分の心の概念を伝える術をもたない。高度な意識の共有が不可能なのだ。
 肌を重ねても、相手の心に自分を放つことは出来ない。どれだけ求められたとしても、意識を溶け合わせることは叶わない。
 だから人は「信頼」という不安定な行為によってしか、他者を受け入れることが出来ない。
 信頼は約束。約束は、可能性の介入がある不安定な行為。いつだって裏切られる可能性が孕む。だから不安で、怖くて、いつもおびえていなくてはならない。
 人は、本質的に孤独なのだ。常に人は、個として独り。不安定でもろく弱い、惨めなできそこないなのだ。

「以上です。……どう?」
「うん、まあほのかに学術的でよかったと思うよ」

 そっかあー、とわたしは息を吐きながら呟いて。畳の上にごろんと横になった。うふふ、と無意味に笑ってみる。いい感じに、酔いが回っていた。
 まだ未成年だったが、こんな時くらいは酒を飲んだっていいだろう。よく父が「酔わないとやっていられない時もあるんですよ」といっていたことを思い出した。まったくだ。

355 名前:2−5 投稿日:2006/12/23(土) 23:40:14.68 ID:Payfjx4K0
「本田はさ、なんて言ってきたわけ?」
「ごめん、他に好きな人が出来た」
「あれまあ、捻りがないセリフだこと。んじゃあ今ごろ、本田君はその他の好きな人の上に乗ってるってわけか」
「……前から思ってたけど、山田はデリカシーの欠如が深刻だと思うよ」

 眉根を寄せてじとりとした視線を送ると、山田は鼻から紫煙を吐き出した。わたしは未成年だったが、山田は二十歳だった。彼女は、大学で出来た友人だった。
 酒もタバコも山田が持ってきたものだったが、今いるこの部屋はわたしが借りたアパートだ。
 タバコの臭いが染み付くのが嫌でいつも止めるよう山田には言ってきたが、今はそんな気も起こらない。もうどうにでもしてー、といった心境だ。
 付き合っていた彼氏に、クリスマス直前に振られた。まあよくあることだと思うし、微妙な倦怠期に突入していたので、こう可能性もあるかなとは前々から思っていた。
 しかし、しかしだ。実際に別れを告げられると、こう、なんというかクるものがある。しかも、メールで別れ話て。
 
「がー、もう! ふざけんじゃないわよ! わたしのファーストキスを返してよ! 本田のあほー!」
「でもヤられなかったんだろ? 純潔が残ってただけでも、めっけもんさ」
「……山田は羞恥心の欠如が末期的だと思うよ」

 そんなことねえよ、と山田はタバコを灰皿に押し付けて、冷めきったピザに手を出した。しかしどうやら予想以上にまずくなっていたらしく、一口含んでそのまま元に戻した。
 うう……。がくりと両手をついて、うなだれる。わたしはしくしくと泣いた。胃もしくしくとしていた。日本語の語意の豊富さに舌を巻きながら、酒にくだを巻いていた。

356 名前:3−5 投稿日:2006/12/23(土) 23:42:58.59 ID:Payfjx4K0
「別に上手くないぞ」
「うっさいなあ! へん、どうせわたしはクリスマスを一緒に過ごす価値もない女ですよ。ホント、なんでだろうね。胸が小さいからかな。お尻が大きいからかな」
「つまんなかったんじゃないの。あんた潔癖だから、全然ヤらせてあげなかったんでしょ」  
「……山田はもう死んだほうがいいと思うよ」

 げんなりとしていた。寂しいからって山田なんか呼んじゃなかったと後悔しつつ、チューハイをくいと煽る。まだ半分も飲んでいなかったが、わたしはとうにべろんべろんだった。
 
「いいですかー、山田さん。先程のわたしの考察を思い出してください。人類は孤独です。だから、不幸です。よってわたしが不幸なのは、致し方がないことなのです」
「ちょっとそこのビール取って」
「あ、これ? はい。……えー、つまり結論から言うと、皆不幸なのです。今窓の外にいるカップルも、本質的には私と同じ、人類なので不幸です。キスなんかしやがったって、孤独なんです」
「……あ、タバコ切れた。ちょっと買ってくるわ」
「え? あ、はい。……でですね山田さん、だから私は思ったんです。振られたって、別に悲しいことなんかじゃないんです。なぜなら、付き合ってようがなかろうが、寂しいのは同じですから」
「いってきまー」
「そりゃあ、初めて出来た彼氏でしたから、すごく嬉しかったですし、毎日が楽しかったです。ちょっと疎遠になってたけど、わたし、ずっと彼のことばっか考えてました。大好きでしたから。
 この前抱きしめられた時なんか、思わず心臓を吐きそうになりましたもん。ホント、あの時は凄かったですよ。自分でも驚くくらいばくばく言ってましたもん。
 顔とかもうかあってなって、真っ赤だねって言われてもっと恥ずかしくなっちゃって。まるで茹でだこみたいだって。
 うう。なんで振ったんですか本田さん。わたしのなにが気に入らなかったんですか。やっぱ山田の言うようにセックスさせてあげなかったからですか。でもだって恥ずかしかったんですもん。
 本田さんの目の前で裸になんかなったら、きっと卒倒しちゃってましたよ。直接肌を触られたりしたら、その部分、やけどしちゃいますよ。い、入れちゃったりなんかしたら、死んじゃいましたよ。
 わたしだって、ホントはしたかったですよ。でもそういうのは、結婚してからだと思うんです。
 結婚してないのにするのって、なんか不純っていうか、体目当てみたいじゃないですか。……ああ、そうか。本田君、わたしの体目的でわたしと付き合ってたんだ。そっか、はは、そうだよね。わたしなんか、それくらいしか魅力ないですもんね。
 顔だってそんなに可愛くないし、背だってそんなに高くないし、幼児体型だし、足太いし。うう……本田さん、あんまりですよ。酷いですよ。
 わたし、言ってくれれば頑張って欠点を克服しましたよ。毎日牛乳飲みましたよ。なんでもっとはっきり言ってくれなかったんですか本田さん。ううう……。ってあれ、山田? 聞いてる? 山田?」

357 名前:4−5 投稿日:2006/12/23(土) 23:43:32.02 ID:Payfjx4K0
 ふと気がつくと、山田がいなかった。なんですか、少しくらい話を聞いてくれたっていいじゃないですか。山田もわたしのこと見捨てるんですか、そうですか。
 再び畳の上に仰向けに倒れる。ちらと窓に目を向けると、ちらほらと雪が舞っていた。そういえば肌寒い。よろよろとタンスに向かい、カーディガンを羽織る。
 人類は孤独だ。幾分か酔いに任せて適当なことをまくし立てただけだったが、やはり、さほど間違いではないと思う。
 どれだけ信じていても、どれだけ好きでいても、どれだけ、あ、愛していたとしても、必ず報われるわけではないのだ。わたしは、それを身をもって知った。
 今までは、愛せば愛されると思っていた。家族も友人も、みんな好きだった。だからみんなもわたしのことを、きっと好きなのだと疑いなく信じていた。
 でも、違った。確かなどないのだ。酷く打ちのめされた気分だった。人間不信、というのだろうか。自分にはそんなものは無縁だと思っていた。好きばかりで、嫌いがなかったから。
 信じられない。疑心が首をもたげる。家族は、友人は、恋人は、何を考えているのだろうか。心の裏で、なにを思っている?
 恐怖だった。未だ知らざるのものに対する、幼い不安。
 薄暗い部屋の中で、わたしは独り。膝を抱いて、顔を俯けていた。

「あー、寒かった。死ぬかと思ったよ」

 ぱちりと電気がつけられた。首を持ち上げると、山田の怜悧な顔が私を覗き込んできた。たばこの臭いが、鼻腔をくすぐる。
 
「泣いてたのか。うん、まあ、泣けるときに泣いとけ。社会にでたら、もっと辛いことが一杯あるんだ。涙の数だけ、ってな」

 山田はヒーターをつけると、その前に手をかざして陣取った。よく見ると、長い髪に白い粉がまぶしてあった。すっと溶けて、水滴になる。
 たいして年変わんないくせに。頬を膨らませると、いつのまにか山田がこちらを振り返っていた。口元にいやらしい笑みが浮かんでいる。憮然として、ふいと顔を逸らす。

358 名前:5−5 投稿日:2006/12/23(土) 23:44:05.77 ID:Payfjx4K0
「そりゃあ、彼氏に振られる事だってあるさ。生きてればいろんなことあるしね。でも、そんだけのことで人類は孤独だー、なんていうのは、ちょっとどうかと思うぞ」
 
 山田は笑っていた。けたけたと、楽しそうにしていた。冷めたピザをヒーターにかざしている。食べる気ですか、それ。

「ちょっといいこと言うぞ、聞きな。……お前は孤独だ不幸だって言うけど、やっぱ、それは正しいんだよ。人間はそんなに上手く出来ちゃいない。でもな、だからこそなんだよ。だから好きになる。もっと知りたいって、理解したいって思うんだろ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「ん、まあそんなこたあわりとどうでもいいんだ。結論は自分で出せ。んでもまあ、一つだけ確かなことがある」

 そう言うと、ピザをヒーターの前に放って、すたすたとこちらに近づいてきた。私の前で膝を折って、顔を近づけてくる。真面目腐った顔をしていたので、思わず赤くなる。意外と男前だった。

「あたしは裏切ったりしないよ。約束だ。信じることから全ては始まる、ってな。素敵じゃないか」
「……うん」

 ぬいぐるみでも抱くように、山田は私の頭を抱いた。意外と大きな胸が心地よい。タバコとは違ういい匂いがして、わたしは目を閉じてなすがままにおとなしくしていた。山田に、母を見る。
 人類はやっぱり、本質的なところで孤独なのだと思う。それについて、わたしは意見を変えるつもりはない。むしろ、より強く確信した。
 寂しいからこそ、いま私を包んでいる体温が優しい。傷つくからこそ、癒される。不完全だからこそ、きっと幸せを目指すことが出来るのだと、わたしは思った。

「……ありがと、山田。わたしも、山田を裏切ったりしない。約束、信じるよ」

 今日、わたしは絶望して、希望を見つけた。これからの人生、目を伏せたくなるようなことが、多々あるかもしれない。
 でも、信じられる人がいる。信じるに値する希望がある。冷たい粉雪も、降り積もって、やがて溶けて、流れていく。
 嬉しかった。人間は不幸だが、だからこそ幸福なのだ。きっとこれが、真理。

「うし、じゃあクリパの準備でもしようか。今年はぱーっと、フィーバーしようぜ」

 うん、と頷く。今年のクリスマスは、今まで過ごしたどのクリスマスよりも、素敵な夜になりそうだった。



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