【 愚かの夢に鉄槌を 】
◆497l1He566




345 名前:品評会用『愚かの夢に鉄槌を』1/4 ◆497l1He566 投稿日:2006/12/23(土) 23:24:33.01 ID:eYtBIx740
 頭まで被った布団の中で、寝返りを打った。布団になど潜らなくとも、厚手のカーテンに閉ざされ電気もついていないこの部屋に
光など初めから存在しないのだが。だが、そうすることで俺は全てから目を背け、自分を誤魔化して何とか心の平穏を得るのだ。
 休日。休日は嫌いだ。自分が孤独であるのだと、どうしても意識してしまう。特に今日のようなよく晴れた休日は。
友達もいなければ恋人もいない。やりたいこともない俺は、休日にはどうしても時間を持て余す。街には人が溢れ、
それぞれがそれぞれ休日を満喫しているのだろうと考えると、孤独な自分が浮き彫りになる。
 だからこうして暗闇の中、ただじっと時間が過ぎるのを待つのだ。何も考えなければ、何も思わない。
「しかも今日はクリス──いや、いかんいかん」
 零れそうになる禁句を慌てて飲み込む。何でもない何でもない。今日は何でもない日なのだ。始まって、終わるだけの一日なのだ。
 ……いつか、何かが起きて、自分を孤独から救い出してくれるんじゃないかと、たまに考える。本当に特別な、何かが。
ドラマや漫画のような出会いならいい。何で自分がとかそういう理屈じゃなくて、ただそうだったらいいなと、思うのだ。
 本当は分かっている。そんな都合のいい話はないと。でも、どうしてもそんな考えを、希望を、捨てきれずいる。
「そんなことあるわけないでしょ」
 分かってる、分かってるさ。こんな妄想、信じていいのは小学生までだ。特別な何かなんてあるわけ…………。
だがちょっと待ってほしい。俺は一人暮らしだから、当然部屋には俺しかいない。なら今の声はなんだろうか。
「言っとくけど、幻聴じゃないわよ」
 どうやら幻聴ではないらしい。布団の中で頬をつねってみる。痛い。痛いから夢でもないようだ。とすると何だ。まさか泥──
「泥棒でもないからね」
 ──棒でもないようだ。困った。いや、一先ず泥棒でなかったことは素直に喜ぼう。だが俺の頭ではもう他の選択肢は浮かばない。
まさか泥棒じゃなくて強盗ですよー、なんてオチじゃないよな。考えていても埒が明かないので、俺は恐る恐る布団から顔を出してみる。

 そこには、一人の少女が立っていた。

 確かに暗いはずの部屋は、だが何故かぼんやりと明るい。受け入れがたいことではあるが、光を放っているのは彼女自身のようだった。
「お前はいった」
「問題。私は誰でしょう」
「い、……へ?」
 訊こうとしたことを先に問われ、一瞬思考が停止する。誰でしょうって、そんなの分かるわけがない。だが、すぐに分からないと
答えるのも気が引けたので、少し彼女を観察してみることにする。
 肩までの髪は見事なまでに金。目は青、かな。服は赤を基調として、裾や襟首などところどころに白いふわふわしたのがついている。
フレアスカートも同様。あっ、こいつ靴履いてやがる。人んちだと思って……。というかこの身なりはまさか。もしや。ひょっとして。

346 名前:品評会用『愚かの夢に鉄槌を』2/4 ◆497l1He566 投稿日:2006/12/23(土) 23:25:06.03 ID:eYtBIx740
「まさかサン──」
「ブッブー、時間切れ。正解は天使でしたー。アンタ、人によく頭悪いって言われるんじゃない?
 天使以外何だって言うのよ。私がサンタクロースにでも見える?」
 すみません、見えました。ていうか天使? 天使って、あの天使か? あー、ホントだ、よく見ると光ってるのは背中の翼か。
本当にあるんだな、天使の翼。白くて、眩しくない程度に輝いて、柔らかそうで、暖かそう。
そして、どこか優しい雰囲気を感じる。……持ち主とは大違いだな。
「何、その顔は? 天使に向ける顔じゃないわね」
「……それで、その天使様が俺なんかに何の用でしょうか」
 自称天使は幾分不満そうな顔をしていたが、少しすると咳払いをして話し出した。
「まぁいいわ。用件を話す前に、まずは私のことを説明するわね。さっきも言ったけど、私は天使。この辺り一帯に暮らす人たちの
 精神衛生面の管理が役目なの。……ちょっと、目を閉じててくれる?」
 そこまで言うと、彼女は俺の方へゆっくりと手を伸ばしてきた。俺は言われるままに目を閉じる。額に感じた彼女の掌は暖かくて、
何だか心が安らぐ感じがする。彼女は掌を俺の額に当てたまま、少しの間、何やら聞き慣れない言葉を詠うように呟いていた。
「──はい、もう目を開けていいわよ」
「ん……ん、うわっ! な、なんだここ、どこだっ!」
 言われて目を開けると、そこは先ほどまでいた俺の部屋ではなかった。その空間を何と形容したらいいだろうか。とにかく、何もない。
家電製品がないとか、生活感がないとかいうレベルじゃない。本当に何もないのだ。その真っ暗で、手を伸ばしても何に触れることも
ないような空間に、ただ俺と彼女だけが浮かんでいる。彼女がいなかったら、恐くて十分もまともでいられないかもしれない。
「ここは私の、そうね、分かりやすく言うと仕事場って感じかしら。まあ、別に生活空間があるわけでもないけど。ちょっと待っててね」
 そして彼女は再び何事か呟きはじめた。天使とやら独自の言語でもあるのだろうか、どうにも耳に馴染まない響きだ。
彼女の声自体は、さすが天使というべきか、聞き惚れそうなほど耳に心地よいのだが。暫くぼんやりとそんなことを考えていると、
彼女のほかにもう一つ、新たにこの空間に光源が生まれた。肩幅くらいに広げられた彼女の両掌の間に円い光。
覗いてみると、そこには上空からどこかの街を見下ろしたような景色が映っていた。俺の住んでる街、かな。若干見覚えがある。
「こうしてね、街の様子を見渡して、そこに住む人たちの心の声を聞いて、辛いことや悲しいことがあったときに
 それを乗り越えるための手助けをするの。実際に頑張るのはあくまで人だから、あんまり過剰に関わっちゃダメなんだけど」
「……なるほど、大体分かった。つまり君は、俺が孤独に苛まれているのを見かねて、そこから救い出そうと──」
「違います! アンタがあまりにも情けないから、特別に説教してあげようと思って、……ね」
「え」
 予想と違う彼女の言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げる。目の前には、可愛らしい天使が般若の笑顔を浮かべていた。

347 名前:品評会用『愚かの夢に鉄槌を』3/4 ◆497l1He566 投稿日:2006/12/23(土) 23:25:45.11 ID:eYtBIx740
 それからは地獄の時間だった。世界の孤独スペシャルとでも銘打たんばかりの、様々な人生録を強制的に見せられた。
独居老人の孤独死を見せられては、「今のままじゃアンタもこうなるのよ」と脅しをかけられ。誰かの本当につまらなそうな
日常を見せられては、「今のアンタと同じね」と罵られ。でも基本的には、「アンタの孤独感なんかぬるい」とバッシング。
そうして俺の心がボロボロになった頃、彼女は最後に締めくくるようにこう言った。
「でもね、本当に孤独な人なんていないの。みんな、俺は孤独なんだ、って自分で決め付けて諦めてしまっているだけ。
 貴方もそう。手を伸ばせば誰かに届く場所にいるくせに、それをしようともせずただ膝を抱えて助けを待っているだけ。
 大丈夫だよ。貴方は世界で一人ぼっちなんかじゃないんだから。貴方が、ここにいるんだって声を上げれば、
 それに気づいてくれる人は必ずいるんだから」
「…………」
 何となく、分かっていた。自分を孤独だと思っている人間を客観的に見て、分かった。彼女の言うとおりなんだと。
でも、今はもう別のことが気にかかっている。それが、彼女の言う言葉が正しいのなら。
「なあ、君はいつもここで一人でこうして、ずっと街を見て過ごしてるのか?」
 本当に孤独なのは。手を伸ばしても、誰にも届くことがない、手を掴んでもらえないのは。
「そうだけど、それが何?」
 こんな風に考えるのは傲慢なのかもしれないけど。こんなこと言ったら、コイツは失礼だと思うのかもしれないけど。
「君は、……寂しくないのか」
 どうしても、訊かずには、問わずにはいられなかった。耐えられなかった。
「……え、……私?」
「そう、君。こんな暗闇で、一人きりで、誰とも関わらなくて寂しくないのか? 孤独、なんじゃないのか?」
「あ、はは。……そんなこと、考えたこともなかったや。人の幸せを願うのが、私の、存在理由なんだから」
 言って、笑う。でも今は、その笑顔が何だかとても悲しく見えた。
「君だって、幸せになっていいはずだろ! ……何か、何か俺に出来ること──」
「私は、天使の役目は止められない。それは絶対。それは私も望んでいることだし」
 それでいいのだろうか。人と天使は考え方が違うのかもしれない。でも今なら分かるんだ。コイツは本当に優しくて、いい奴で。だから。
「でも……」
 言葉を紡ぐのは彼女。俺は、何も言えず次の言葉を待つ。
「じゃあ、……たまに、また会いに行っても、いいかな?」
「──! ……ああ、約束だ。必ずまた、会いに来い。今度は会う時は俺も、きっと変わってるから」
 彼女の言葉が嬉しくて、俺は力強く頷く。彼女も、それを見て笑ってくれた。今度の笑顔は、どこか嬉しそうに。
指切りをして、彼女の言葉に従い目を閉じる。次に会うまでしばしの別れ。瞼の裏では、彼女がいつまでも笑っていた。

348 名前:品評会用『愚かの夢に鉄槌を』4/4 ◆497l1He566 投稿日:2006/12/23(土) 23:26:26.40 ID:eYtBIx740
「……なーんてこと、ないかなぁ……」
 外はもうすぐ雪が降る頃。昼は晴れ、夜は雪なんて最高のクリスマス日和だ。きっと街は恋人たちで賑わっているのだろう。
「はぁ……、あるわけ、ないか」
 空しい願いは誰に届くこともなく闇に溶け、俺は布団の中、再び寝返りを打った。

                                 −☆メリークリスマス☆−



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