【 ──が来る! 】
◆7CpdS9YYiY




315 名前:──が来る!(1/3) ◆7CpdS9YYiY 投稿日:2006/12/23(土) 20:57:10.12 ID:eiqPKN9E0
 ──そして僕以外誰もいなくなった。
 あたりは血と死体とそこから飛び出た臓物に満ち、それらが発する生臭い熱気に包まれ、僕は気を失った。


「五百八十三人だぞ、五百八十三人!」
 簡素なデスクを挟んで少年の前に座る課長は、そう絶叫して少年に詰め寄った。
 その大音声に、私の横に立っていた島田が顔をしかめた。
「え、この数字が分かるかね、死亡者数だ! 嬉しいことに重軽傷者数はゼロ、つまり五百八十三人皆殺しだ!」
 今度はデスクに拳を叩きつける。そのあまりの勢いに、骨かデスクかが砕けてしまうのではないかと一瞬不安になったが、
どちらも無事のようだった。
「しかもその殺害方法たるやなんと殴殺だ! どれもが一撃、二撃で絶命しておる! 
 どんな馬鹿力で殴ったらそういう殺し方が出来るのか教えて欲しいよ! え、どう思うのかね、君!」
 噛み付きかねない剣幕で歯を剥き出しにする課長を前に、少年はひたすらに怯えた視線を自分の足元に向けていた。
 さすがに少年が可哀想になり私は口を挟む。
「課長。彼がやったと決め付けるのは」
 すると課長はぐるりと首を捻じ曲げ、血走る三白眼で私を睨んだ。
「そんなこたあ分かっとる! 決め付けていない! むしろ彼がやったとは微塵も思っていない!
 だがね、彼は最重要参考人だ! その阿鼻叫喚の惨劇のなか、たった一人の無傷の生還者なんだ!」
 どん、と再びデスクを殴る。かなり興奮しているようだった。だが、無理もないだろう。
常識的な態度で取り調べに臨むには、この事件はあまりにも非常識すぎた。
「いいかね君! 白昼堂々の学校で、中にいた教師職員生徒一人も逃がさず皆殺しにされたのだ! そして君は唯一の目撃者だ!」
 課長の語調はどんどん荒くなっていく。今すぐにでも少年に殴りかかりそうな勢いである。
 少年は先ほどと同じ姿勢を保っていた。目の前で怒り狂う課長よりも恐ろしいものをすでに見ている、そんな感じだった。
「どうなんだね、なにか言いたまえ! 君はなにを見た!? なぜ君だけが生きている!!」
 その質問は私も特に疑問に感じている部分だった。
 犯人は、なぜ彼だけを残したのか。最後の一人を放っておいて、なぜ姿を消したのか。

316 名前:──が来る!(2/3) ◆7CpdS9YYiY 投稿日:2006/12/23(土) 20:58:23.31 ID:eiqPKN9E0
 島田も私と同じようなことを考えていたのだろう。私の耳元に口を寄せるとぼそっとつぶやいた。
「まるで蟲毒だな」
「コドク?」
「呪術的な毒の生成法さ。甕の中に毒を持った虫や蠍や蜘蛛を入れ閉じ込め、そのまま放置する。
 閉じ込められた虫どもはやがて共食いを始める。それが最後の一匹になったら完成だ。
 甕という閉鎖環境におけるヒエラルキーの頂点に立つことで、甕の中の全ての毒を取り込んだオンリーワンの存在が誕生する、
 という観点の上に成り立っている」
 別に事件の被害者たちは殺し合ったわけではないだろうが……オンリーワン。最後の一人。
 その奇妙な符合は、妙に私の胸を騒がせた。
 そのとき、司法解剖に立ち会っていた山根が取調室に駆け込んできた。
「課長!」
 別室に行くのももどかしいらしく、課長は廊下に出るとすぐに、山根の持ったきた報告をせがむ。
「五百八十三人のガイシャのうち、たった一人だけ違う死に方をしているホトケがありました」
「なんだと! それで!?」
「詳細は解剖中なので分かりませんが、私の見た限りですと」
 わずかに言葉を濁らせ、
「……あの、空っぽでした」
 なにを言ってるのか理解できず、私と島田は顔を見合わせた。
 自分の発言の奇妙さを分かっているのだろう、山根は恐縮そうに首を縮め、うめくように付け加えた。
「その、つまり、竹を割ったような死体です」
「ふざけるな!」
 課長の平手が山根の頬を張った。それでも山根は恐縮そうにしていた。
 見てられなくなった私と島田は、先に取調室に戻る。
 少年は、やはり先ほどと同じ格好で足元を凝視していた。
「あー、なんとゆーか……大変だったわね」
 私がそう声をかける。返事は期待していなかった。だが、

317 名前:──が来る!(3/3) ◆7CpdS9YYiY 投稿日:2006/12/23(土) 20:59:43.54 ID:eiqPKN9E0
「──が来る!」
 突如、少年は叫んで立ち上がった。
「え?」
 私は驚いて少年の顔を見る。そこに怯えの色はなかった。
 少年の表情は奇妙に歪んでいた。その歪みのかたちは目まぐるしく変化してゆく。
 怯えよりも強烈な感情……恐慌を表現しているのだと気が付くまでには多少の時間がかかった。
 島田も呆気に取られたように彼を眺めている。
「今度は僕の番なんだ! ぐ、ぐううう……!」
 少年は頭を抱え込み、身体をくの字に折り曲げる。
「どうしたの!」
 私は少年のそばに駆け寄った。彼は額から脂汗を流し、うわ言のようにうめいていた。
「──が、来る……今度は僕の番なんだ……オニをしにやって来る……」
「え、え? なにを、しに、やってくるって?」
 少年はバネ仕掛けのように身体を直立させた。その異様な動作に、島田が身構える。
「オニですよオニ! ごっこ遊びなんかじゃない、本物のオニが始まるんですよ!
 最後の一人になるまで! 次の番の人が決まるまで! 僕はもうお終いだ!」
 その次の瞬間、少年の身体に起った変化に、私は自分の目を疑った。
「ぎゃあああああぁぁっっ!」
 少年の喉から搾り出される絶叫の後に、少年の頭が左右に割れた。
 そしてべりべりという気持ちの悪い音とともに、少年の身体が縦に真っ二つに裂けてゆく。
 その内側から這い出るように、蛹が羽化するように現れたのは──。
 煮詰めた唐辛子のように赤黒い肌で、頭部に鋭角状のものをつき立てていた。
 島田がぺたんと腰を抜かすその上を飛び越えて、私は取調室から飛び出す。
 訳の分からないことを喚きながら廊下を全力疾走する私の背後から、
人の、いや、この世のものとは思えぬ雄叫びが聞こえてきた。
「ゴオオオォォゥウウォァアアアアァァァァァッッ!!」


 ──そして私以外誰もいなくなった。
 あたりは血と死体とそこから飛び出た臓物に満ち、それらが発する生臭い熱気に包まれ、私は気を失った。



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