【 ひとりぼっち 】
◆rTHaznD6ps




284 名前:ID:zIVHAULz0 ◆rTHaznD6ps 投稿日:2006/12/23(土) 19:21:42.64 ID:zIVHAULz0
きょうはいつ?あしたはなんにち?ぼくはなんでここにいるの?
ぼくのなまえはあすてりおす。ねぇだれかいないの?
ねぇだれかおしえて。おしえて。ぼくはいつまでここにいるの?
らんぼうしたことはあやまります。どうかここからだしてください。
ねぇ、なんでぼくはいじわるになっちゃうの?
なんでぼくはらんぼうものになっちゃうの?
ぼくはさみしいだけなのに、ぼくはひとりになりたくないのに。
ぼくはひとをみるとらんぼうものになる。
だれかおしえて。ねぇ、なんでぼくはひとりぼっちなの?
ぼくがらんぼうするから?らんぼうするぼくがわるいの?
おとうさん、なんでぼくをここにとじこめたの?
ぼくがらんぼうするから?だからぼくをここにとじこめたの?
だれかぼくのらんぼうをなおしてください。
ぼくはいつまでひとりでいればいいの?
ねぇ、だれか、おしえてください。
おしえてください。

285 名前:ID:zIVHAULz0 ◆rTHaznD6ps 投稿日:2006/12/23(土) 19:22:47.43 ID:zIVHAULz0
松明の炎がゆらゆらとゆらめいている。
ここは完全な無風で、ねっとりとした空気が肌にからみつく。まるで空気に舐められているような感覚さえある。なんでぼくはこんな薄暗く居心地の悪い、入りくねった宮殿にいるのだろう。
理由は至極単純、ぼくは十四人の生贄の一人に選ばれたからだ。
ミノス王の命によって、この迷宮『ラビュリントス』の主たる半人半牛の怪物、ミノタウルスの。
「なぁ、おれたち、食われちゃうん、だよ、な……」
「ああそうだよ」
怯えきって震えながら訊ねてきた彼の問いに対してぼくはこう言い切った。
理由は至極単純、ぼくは臆病者は嫌いだ。
だからこそぼくは生贄の宣告を受けた弟の代わりに自ら生贄入りを志願した。ぼくは勇敢なのである。臆病者の弟は嫌いだが身内は身内だ。勇敢なぼくは弟を助けないわけにはいかないのだ。
「……ねぇ、なんであなた、平気なの?」
そう言ったのは少し離れた場所で怯えきって泣き出した少女を宥めていた彼女。
「ぼくは臆病者は嫌いなんだ」
ぼくは単純にそう言った。当然の理由である。ぼくは勇敢だからこそ、臆病者になってはいけないのである。
「……でも、わたしには、あなたはこのなかで一番怖がってるように見えるわ」
ふと、背後に立っていた彼女がそういった。
ぼくは彼女を睨み付けた。彼女はぼくを哀れむような目で眺めていた。
彼女は、……なんだろう、ぼく以外の名も知れぬ十三名の生贄たちのなかでも、かなり異質に感じる。大方そのせいで疎まれ生贄にされたのだろう。ぼくの知ったことではない。
ぼくはなんとなく居心地の悪さを感じたので、近くにあった松明をもってこの場を離れることにした。なにしろ松明がなければここは本当に真っ暗闇なのだ。
……迷宮ラビュリントス。出られるものなら出てみよう、どうせ出られないのだ。
ミノタウルスに喰われて死んでしまうまでの暇つぶしにはなるだろう。
ぼくは適当に、ぽっかりと四つ空いている分かれ道の右から二番目にはいることにした。
去り際に、異質な彼女が口をひらいた。
「どうか気をつけてね、『彼』は飢えてるわ、こんなに声が聞こえるもの」
その言葉が、なんとなく心の何処かにひっかかった。

286 名前:ID:zIVHAULz0 ◆rTHaznD6ps 投稿日:2006/12/23(土) 19:24:12.22 ID:zIVHAULz0
響き渡るぼくの足音。
コツコツコツという単調なリズムがどんどん反響していく。
ここに入って、いったいどれぐらいたつだろうか?
孤立してから結構な時間が経った。
出口は見つからないし、例のミノタウルスにも会っていない。
とても暇である。
「ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
何かの哭き声が響いてきた。これがミノタウルスだろうか?
ぼくは声の聞こえてきたほうへ行ってみる事にした。
なぜそんな死に急ぐようなまねをするのだろうか?
理由は至極簡単で、ぼくはとても暇だった。

287 名前:ID:zIVHAULz0 ◆rTHaznD6ps 投稿日:2006/12/23(土) 19:25:07.76 ID:zIVHAULz0
そこには異質な彼女が立っていた。
松明の灯りに照らされた彼女はこの世のものとは思えないほどに妖しく見えた。
「あら、久しぶりね、怖がりやさん」
ぼくは何やら腹立たしくなったが、しかしここは抑えることにした。
「ああ、久しぶりだな。ところで先程の声はこちら側から聞こえたようだが」
「さっきの声? ああ、そこにいる『彼』のこと?」
『彼』? 彼女が指を指すほうを見ると―――
首の無い死体、はらわただけ食い破られた死体、下半身を食い千切られた死体、
右上半身に無残な噛み跡が多数残る死体・・・・・・。
とにかく死体がいっぱい転がっていて、そこに、おそらく『彼』であろうものが蹲っていた。
巨人のようであり、角があり、牛のような体つき。おそらく、いや確実にミノタウロスである。
どうやら食事中のようで、耳をすますとおぞましい咀嚼の音が聞こえてきた。
「よっぽど飢えていたのね、・・・あらあら、まだ足りないの?」
異質な彼女はミノタウロスと意思疎通でも行っているのだろうか?まったくもって異質である。
「何で君はそんなに冷静なんだい?」
「え? なんでっていわれても、ねぇ。……あら、今度は私? いいわよ、存分に満たしなさい。私じゃつなぎにしかならないでしょうけど、たぶんそろそろあなたは救われるわ」
彼女がそう言った次の瞬間、ミノタウロスが彼女に向かって突進していった。

―――がぶり、ぐちゃぐちゃ、ぶちん。むしゃり、ごりごり、ぐちゅん。がりごり、むしゃむしゃ、ぐちゅり。

咀嚼の音が響き渡る。ぼくは目の前の光景に釘付けになる。彼女は食べられている。次はぼくの番かな? あれ? どうしたんだろう。なんだこれ、足が、足が。がくがくがく。
なんでこんなに足が、心臓の音が耳に聞こえる。ぐちゃぐちゃぐちゃ、咀嚼音。ぶるぶる、身震い?
ぼくは勇敢なはずなのに。武者震いだっ、足が、ぶるぶると、足が。怖い。怖い? ぶるぶると震えが。ぼくは臆病者なのか? 足ががくがくと。畜生、なんで? 足が、心臓の鼓動、どくんどくん。足が。震えが、震えが、震えが。

止まらないよぅ。

ぐちゅり。彼女を喰い飽きたのか『彼』はぼくをくるぅりと振り向いた。
おい、なんで?そこの喰い残しも食べろよ、おい、おいおいおい、来るなよ。こっちくるなよぉ、ぉおい、ちょっと足動けおい足震えが足動け足ああああ来るなよ来るなよ来るな来るな来るなああああああああ・・・・・・!だれかたすけt

―――ぼくは事切れる寸前、『彼』の目の中に悲しみを見た。

288 名前:ID:zIVHAULz0 ◆rTHaznD6ps 投稿日:2006/12/23(土) 19:26:19.91 ID:zIVHAULz0
きょうのずっとまえのひ、よにんのおとこのこたちにあった。
ぼくはさみしかった。さみしかったから、たべちゃった。
ぼくはまたひとりになった。

きょうのまえのまえのまえのまえのまえのひ、ふたりのおんなのこにあった。
ぼくはさみしかった。さみしかったから、だきしめたら、つぶれちゃった。
ぼくはまたひとりになった。

きょう、ぼくはおとこのことおんなのことおとこのこをたべていたら、おんなのこにあった。
おんなのこはやさしいめでぼくをみた。
ぼくはおとこのことおんなのことおとこのこをたべおえると、そのおんなのこをたべた。
おんなのこはさいごまでやさしいめでぼくをみていた。
ぼくはうれしかった。でも、そのおんなのこも、しんでしまった。
そうしたら、おとこのこがいた。おとこのこはぼくのことをみていた。にげないでくれていた。
それだけでぼくはうれしかった。
ぼくがかみついたときに、おとこのこはいっしゅんだけふしぎそうなかおをした。なんでだろう。

その疑問は永遠に溶けることはないだろう。彼の名はアステリオス、雷光を意味するその名前も、いまではミノス王の牛を意味するミノタウロスが通称だ。
呪われし子。白き牛と自らの妻との間に生まれた半人半牛のおぞましき姿の奇形児をミノス王は疎ましく思い、
年を重ねるごとに乱暴になっていく彼を、発明家ダイダロスに建てさせた迷宮『ラビュリントス』へと封じ、親の情けで九年に一度、食糧として男七名女七名計十四名の生贄を与えた。
彼の悲しみは消えない。愛情に飢える彼はまた、食欲にも飢えている。
食肉愛欲、しかし彼は今ではそれしか愛情表現を知らない。
寂しいからこそだれでも愛する。しかし彼に愛されたものは、誰だって死んでしまう。
彼はいつだってひとりぼっちだ。
しかし、彼に九年後、終わりが訪れる。その名をテセウス、史上初めてラビュリントスを破った人物である。

ぼくはひとりぼっちだ。ぼくはひとりぼっちだ。
さみしいよ。

-了-



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