【 海に行こう 】
◆VXDElOORQI




116 :No.32 海に行こう (1/4) ◇VXDElOORQI:06/12/17 23:32:41 ID:wGsW+Rmx
「ぐぇ」
 夏休み。学業から開放され惰眠を貪っていた俺の胸の辺りに突然、何かが伸し掛かって
きた。
 俺はその何かを勢いをつけて身を起すことで跳ねのける。
「あぅ」
 何かは俺が身を起した勢いでベッドから落ち、小さな悲鳴を上げた。
「なにやってんだ。お前」
 そこには涙目で頭を両手で押さえている妹がいた。
 なぜかスクール水着に浮き輪姿だ。
「海、行くって、約束」
「あーあーあー」
 昨日、そんなことを言ったような気がしないでもない。
「……忘れてたの?」
「いや、うん。忘れてないよ。本当に」
 すっかり忘れてた。すまん。妹よ。
 海に行くのは思い出した。けどなんだ。なんでもう水着姿なんだ。こいつは。気が早す
ぎるぞ。
「今から準備するから、お前はとりあえず着替えて来い」
 妹は首をかしげている。
 海に行くのにどうして? とでも思っているのだろう。
「その格好で電車乗るのか?」
「――!」
 妹はやっと気付いたようで、顔を真っ赤にして、急いで部屋から出て行った。
 せっかちな妹だな。
 そう、浮き輪が扉に挟まり身動きが取れなくなって、ジタバタしている妹を見ながら思った。

117 :No.32 海に行こう (2/4) ◇VXDElOORQI:06/12/17 23:32:53 ID:wGsW+Rmx
「じゃあ行くか」
 準備万端調えて、いざ行かん真夏の海へ! 青い海、白い雲、焼けた砂浜が俺たちを待
っている!
 勢い勇んで玄関を扉を開ける。
 すぐ閉めた。
 やばい。暑い。暑すぎる。
 扉を開けた瞬間、襲い掛かってくる熱い空気が俺のやる気を急激に奪う。
 ノブに手をかけたまま動かない俺を妹が不思議そうな目で見つめている。
「行かないの?」
「行くよ。うん。行くよ」
 覚悟を決めて外へ出る。
 やっぱり暑い。帰りたい。クーラーが俺を呼んでいる。
「行くのやめ――」
 ない? と言おうとして、やめた。
 妹が本当に嬉しそうな顔をしている。
 その顔を見ていたらなんかやる気が出てきた。
「なに?」
「いや、なんでもない。ほら、急がないと電車に乗り遅れるぞ」
 そう言って俺は妹の手を取って駅へと急いだ。

 海に到着した俺たちはしこたま遊んだ。
 俺は砂に埋められ、ありがちにマッチョにされた。お返しに妹も砂に埋め、巨乳に――
しなかった。『するな。したら殺す』と頭の中で誰かが言った気がした。殺されたくなかったからやめた。
 その後は、海の家の焼きそばを食った。
 安物なのはわかりきっているのに、海の家のラーメンとか焼きそばってなぜかうまい。これは永遠の謎だ。
 なんてことを妹に言ったら不思議そうな顔をしていた。この謎を知るにはまだ早かった
みたいだな。

118 :No.32 海に行こう (3/4) ◇VXDElOORQI:06/12/17 23:33:05 ID:wGsW+Rmx
「ふあぁ」
 目を覚ますと太陽も沈み始めて、砂浜の人もまばらになっている。
 パラソルの下で寝ていたらいつのまにか、こんな時間になっていたようだ。
「おーい。そろそろ帰るぞー」
 辺りを見回しても妹の姿は見えない。
 まさか。誰かに誘拐されたのか。それとも溺れて流されてしまったのか。
 そんな不安が頭を過る。がそんな不安はすぐに吹き飛ばされた。
 妹は波打ち際で一人、こっくりこっくり船を漕いでいた。
「おい。そろそろ帰るぞ。着替えて来い」
「……うん」
 そう言うとその場で水着を脱ごうとする妹。
「おい、ここで脱ぐな! ほら更衣室の前まで連れてってやるから」
「……うん」
 ノロノロ歩く妹を更衣室の前まで連れてってやる。さすがに中に入るわけにはいかない
ので、多少不安は残るが。
「ちゃんとシャワー浴びろよ」
「……うん」
 頼りない返事を残して妹は更衣室へと消えていった。

119 :No.32 海に行こう (3/4) ◇VXDElOORQI:06/12/17 23:34:07 ID:wGsW+Rmx
 帰りの電車の中。妹は予想通り眠っている。
 ただ俺の肩に頭を預けて寝るのは予想外。動けん。
 それにしても今日は疲れた。俺にはクーラーの効いた部屋で寝るのが性に合っている。
 面倒なことは大学とバイトだけで十分だ。
「ん……おにぃちゃん……」
 いきなりの妹の声にビクッと体を跳ね上げそうになる。妹が起きたらかわいそうだから
我慢したが。
「寝言か」
 不意に今日の妹の様子が頭に過る。
「楽しそうだったな」
 あんなに楽しそうな妹を見るのは久しぶりだった。
 普段は大学やバイトで忙しくて、あんまり妹にかまってやれなかったからな。
 妹の寝顔を横目で見ながら思う。
「たまにはこんな日があってもいいか」
「ん……」
 そんなことを窓から遠ざかる海を見ながら考えていると、また妹が寝言を言い始めた。
「……あしたも……うみ……」
 それは勘弁してくれ。
 俺は心からそう思った。

おしまい



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