【 冬。 】
◆SiTtO.9fhI




108 :No.30 冬。 (1/4) ◇SiTtO.9fhI :06/12/17 23:19:54 ID:wGsW+Rmx
 三年前には夏があった。
 今は七月。
 太陽がギラギラと輝き夏真っ盛り。
 にもかかわらず、とても寒い。
 外には雪が積もっている。
 異常気象。
 秋になれば雪も溶けて少しは暖かくなる。
 そして冬が来て寒くなる。
 春になって暖かくなっても、夏が来てまた寒くなる。
 要するに夏も冬みたいなものだ。
 だから、本来なら夏休みも冬休みと言い換えるべきなのだ。
「冬、ごはんよー」
 下の階からママの声が聞こえた。やりかけの宿題を中断してリビングに向かった。 
 リビングにはコタツを囲んでママとパパ、柴犬の春、それと現在冷戦中の双子の兄、夏がいた。
 あたしたちの名前は変わっているとよく言われる。ちなみにパパの名前は秋という。
 ごはんの時間になると春夏秋冬がそろう。あと、関係ないけど、ママは幸子だ。
「夏。おまえの研究は進んでるか? 『夏』が抜けてもう三年になる。早く手を打たないと生態系にもさらに支障が出るぞ」
 おかずのきんぴらを頬張りながらパパが言うと、夏はコーヒーを片手に応えた。
「もうすぐ完成する。『人工夏製造機』も最終段階に入ってるよ。だから安心してよパパ」 
 夏はあたしより少しばかり頭が良いだけなのに学校へは通わず、パパが勤める研究所で大人と一緒に『夏』を取り戻す研究をしている。
 なんだかズルイ。
 あたしはさっさと晩ごはんを食べ終え、コタツで横になって春とじゃれた。 
 春は三年前の五月に生まれた。今じゃ大きくなって片手じゃ持ち上げられないほどに成長している。
 しばらくじゃれて、宿題がまだ途中だったことを思い出した。急いで二階へと戻り、残りの宿題を終わらせた。
 そして目覚ましを六時半にセットして、そのままベッドにダイブした。

109 :No.30 冬。 (2/4) ◇SiTtO.9fhI :06/12/17 23:20:27 ID:wGsW+Rmx
 翌日。騒がしいベルの音で目が覚めた。
 制服に着替え、サイドに髪を結って、バックに教科書を詰め込んでから下の階へ向かった。
 あたしたち家族は大体同じサイクルで生活をしている。
 七時に朝食を食べて、半頃に家を出た。あたしの少し後に夏も家を出るようだった。
 勿論あたしは学校、夏はお弁当を持って学校のとなりにある研究所にいくのだ。

 外は雪が積もっていて歩くたびにサクサクと気持ちいい音がした。
 暑そうな太陽が出てるのに、息は白かった。
 あたしはふと疑問に思ったことを夏に尋ねたことがあった。
「ねぇ、夏? 何で『夏』を取り戻そうだなんて思うの? あたしたち今でも全然平気じゃん。あたし暑いの嫌い」
「四つの季節って必要だと思うんだ。ぼくたち人間はどうにか生きられたけど、セミとかいなくなったでしょ? それって可哀想なことだと思うんだ。こんなことになったのも、ぼくたち人間のせいだと思ってる。だから、その罪はしっかりと償うべきなんだ。
――それに『夏』が恋しいでしょ? 暑い日にカキ氷食べたいし」
「へー。夏って結構頭イイじゃん」
「まぁ、冬よりはねぇ」
 サラッと一言余計なことを言われた。あたしはそれに傷ついた。
 夏より劣っていることを気にしていたのに。それが冗談でもショックだった。
 夏が酷いことを言ってしまったと、自覚して謝らないと意味がないと思ったから、あたしは夏に謝るようには強制しなかった。
 気がつくとあたしたちの仲はどこかギクシャクとしていた。
 正直あたしは夏がうらやましい。『夏』を取り戻す国家事業に携わって、学校の授業を受ける必要がないのだから。

 退屈な英語の授業、真っ白なグラウンドと青く澄みきった空を交互に見て空想を広げる。 
 あたしは天使。背中に大きな翼が生えていればあの大空を羽ばたくことが出来るのに。 
 イフアイワーアエンジェル、アイクドゥフライイントゥーザスカイ。
 ストーブで温まった教室は、不思議な力を持っている。
 睡魔。
 ほとんどの授業は寝て過ごした。休み時間になると、グラウンドに出て雪合戦をした。
 下校の時間になると、となりの研究所の前に女子生徒が群がる。
 彼女たちの目的は夏である。夏は何気にモテていた。
 毎日、他の子からチヤホヤされている夏を尻目に家路につく。少しモヤモヤした気持ちがした。

110 :No.30 冬。 (3/4) ◇SiTtO.9fhI :06/12/17 23:22:07 ID:wGsW+Rmx
 ある休日の昼。
 電話越しで手を忙しなく動かし、夏が誰かと話していた。
 相手は偉い人なのだろうか、夏は何度も頭を下げていた。
「はい。大きな筒状になってまして――花火のように打ち上げて――はい。空気中に揮発性の高い成分が広がって――夏に毎年打ち上げる予定です。はい。うまくいきます。はい。ありがとうございます。では失礼します、はい、はーい」
 夏は受話機を置くと大きく息をついた。
「夏、誰?」
「環境庁の大臣さん。今日やっと打ち上げ許可が――」
「ふぅん。すごいじゃん……」
 ――沈黙。会話が続かない。
 あたしはもう、夏を許している。だけど、今まで通り話をするのが恥ずかしかった。
「今日『夏』が誕生する。ぼくは今から研究所へ『夏』を迎えにいくよ。そこで冬にお願いがある。寒いだろうけど、十分後に外へ出て学校の方の空を見て欲しい」
「はぁ?」 
 それだけ言って、夏は家を飛び出した。

111 :No.30 冬。 (4/4) ◇SiTtO.9fhI :06/12/17 23:22:46 ID:wGsW+Rmx
 きっかり十分。
 あたしは言われた通り外へ出た。
 外は毛皮のコートが無ければ寒いくらいだ。
 突然、ピュルルゥと打ち上げ花火のような音がなり、バーンと何かが弾けた。
 学校がある方角の空を見ると、赤や黄の色とりどりの大きな輪が浮いていた。
 また何かが打ち上がる音がして、綺麗な花火が浮かび上がった。
 五発ほどで花火は打ち終わった。
 しばらくすると、むっとするような突風が吹いた。
 懐かしい湿気、におい。
 暑い。
 あたしはたまらずコートを脱いだ。  
 学校の方から放送を知らせる鐘と共に、アナウンスが流れた。夏の声だった。
「みなさま、長い『冬』は終わりを告げました。『夏』の訪れです。およそ十五分後全国は『夏』になります。みなさん、三年ぶりの夏をどうかご満喫ください」  
 夏の声は何重にもこだまし、遥か遠くの方まで流れていった。
 夏は最後に付け加えてこう言った。
「ああっと、それと、冬、ぼくは君が好きなんだ。だからもう許してくれないかい? 一緒にカキ氷食べたいよ」
 この間抜けなアナウンスが町中に流れていると思うと、すごく恥ずかしくなった。
「もし許してくれるのなら、研究所に来てくれ。カキ氷を用意してるよ! 来てくれなかったら……、そうだなぁ、ぼくがどのくらい冬が好きなのかをここでずっと発表し続けるよ!」
「あんのバカァ!」
 アタシは夏のいる研究所に走った。
 暑い陽を浴びて、いっそのこと翼を広げ、力いっぱい羽ばたいていけそうだと思った。
 あたしは『夏』が好きになりそうだ。
 これから暑い日が続くだろう。
 むしむしした湿気がうっとうしく感じる時もあるだろう。
 これからもいっぱい喧嘩をする。
 カキ氷を一緒に食べる。
 やっぱりあたしは夏が好き!
          おわり



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