【 真夏のコタツ 】
◆dT4VPNA4o6




104 :No.29 真夏のコタツ(1/4) ◇dT4VPNA4o6 :06/12/17 23:16:43 ID:wGsW+Rmx
気温三十八度、湿度七十パーセント、不快指数八十パーセント、典型的な日本の夏である。
 アルバイトを終えた高弘はバス停から自宅のアパートまでの道のりを、汗を拭きながら帰っていた。
 彼は別に貧乏と言うわけでも無かったが、一人暮らしの学生にありがちな刹那的な浪費の癖は
抜けていなかった。それでも最近は効果的な節約を覚えて仕送りとアルバイトの稼ぎで何とか飢える事は回避していた。
 彼が部屋にたどり着くと鍵が開いていた。ボロアパートに空き巣とは考えにくいとは言え、
自らの防犯意識の無さを自戒しつつ部屋に入ろうとした彼に部屋の中から襲い掛かるものがあった。
 涼しい空気。いやこれはもはや冷気だった。誰もいないはずの部屋からの意外な出迎えに、高弘は慌てて
部屋に駆け込んだ。
「あ、お帰り高弘。バイトだったの? チョット玄関閉めてよ、室温上がるでしょ」
 彼の姉の香澄がくつろいでいた、しかもコタツに入って。
「姉さん……何やってんの?」
 呆然とする高弘に香澄は、
「何やってんのとは酷いわね、姉ちゃんがせっかく苦学生の弟を見舞いに来たのに」
 ミカンを食べながら堂々とそんな発言をしても、とてもそんな風には見えなかった。
「どうせまた父さんとケンカしたんだろ。それより……」
 高弘は一度言葉を切って部屋を見回す。
 空調は冷房設定でガンガンに効いている。押入れの一番奥に入れてあったはずのコタツ布団は、
いつの間にかしっかりと設置されている。ご丁寧に電源も設置されていた。コタツの上にはミカンが
鎮座している。おまけに香澄はどてらを装備している。つまり、
「何なのこの冬支度は」
「えー、別に冬支度じゃないよ。夏だからこういう事するんじゃん」
 遠回しに非難されてることも気にせず、彼女はアッケラカンと答える。
「何でそうなんのよ?」
「この暑い中クーラーを肌寒いくらい効かせて、コタツに入ってミカンを食べるのが夏の醍醐味じゃないの」
「そんな醍醐味知らん……。そう言うことしたかったら実家でしたらどうよ?」
 高弘の言葉に口を尖らせ香澄は、
「うー、最近の中高年は若者への理解が足らないからキライ」
 とだけ答えた。
 親とケンカして香澄が逃亡してきたことがほぼ確定となり、高弘は深いため息をついた。
「あーもう。じゃあ、ほとぼり冷めるまで暫くいてもいいからこの状況を何とかしようよ」

105 :No.29 真夏のコタツ(2/4) ◇dT4VPNA4o6 :06/12/17 23:16:54 ID:wGsW+Rmx
「えーイヤ」
 見事な切り返しに高弘は言葉を詰まらせる。
「とにかく当分お世話になるからね。ご飯くらい姉ちゃんが作ったげるから」
 長期戦を覚悟する高弘であった。

 実家に電話して確認して高弘はますます気が重くなった。どうも香澄は実家でも同様の行為に
及んだらしく、それが原因で父親とケンカしたらしい。
「迷惑だと思うけど、チョットそっちで面倒見てくれない?」
 母親にこう言われては仕方が無い。来月分の仕送りを多少増額すると言う約束を取り付けて高弘は
電話を切った。
 部屋の状況は相変わらずである室温二十三度と言う低温設定が出来る空調を設置したことを、今更
後悔するがもう遅い。
 この状況での光熱費を想像する勇気は高弘には無かった。とにかく一刻も早く香澄には
帰ってもらわなければならないと、コタツに足を突っ込んで決意するのだった。
「ほーら、机の上片付けて。ご飯できたわよ」
 台所から香澄が鍋をそのまま持ってくるのをを見て、高弘は慌てて机のミカンを下におろした。
「ご飯って、おでんですかい……」
 鍋の中身にぎっしり詰まったおでんを見て高弘はうめいた。
「おでんの材料といいミカンと良い、この真夏に何処で手に入れたの?」
「そんなこと一々気にしないの。ホラ、食べるわよ」
 香澄に促されて高弘も食べ始める。
 室温のおかげで汗まみれになることは回避できていた。高弘は何気なくテレビをつける。
『今日は各地で記録的な暑さとなりとなり、都内では熱中症で運ばれた人は……』
 コタツでおでんを食べながら見るニュースではなかった。
「シュールだなあ」
 卵を頬張りながら高弘がつぶやく。
「倒れるくらいなら家から出なきゃいいのにねえ」
 大根を食べながら香澄も賛同する。
「だからってコレはどうかと思う」

106 :No.29 真夏のコタツ(3/4) ◇dT4VPNA4o6 :06/12/17 23:17:13 ID:wGsW+Rmx
高弘が即座に突っ込むが香澄は、
「コレはアリなの」
 と返してガンモに手を伸ばす。
「ところで姉さん、こういう事してると光熱費が偉いことになるんだけど」
「ブー、何よケチねえ。仕送りもらってバイトしてるならそんなに苦しくないでしょ?」
 人の稼ぎを何だと思っている、そう思ったが口には出さない。
「このアパートぼろいからブレーカー飛ぶかも」
「さっきアンペア数上げといたから大丈夫よ」
「余計なことを……つーかそれじゃあ益々金が飛ぶじゃないか」
 スジ肉を食いながら文句を言う高弘に香澄は、
「あーもう、チョットくらいなら出すってば。そんなに邪険にしなくてもいいじゃない」
 そう言いながらかなりの香澄は次々とおでんを口に運ぶ。それを見た高弘が、
「こんな生活してたら……太るぞ」
 と警告に似た嫌味を送る。
「二十年一緒にいて、この程度で私が太ると思ってるの?」
 そう言われて、香澄は大食漢だが異常に代謝が良いのを思い出し高弘はこの場での説得を諦めた。

 後片付けが終わってすることの無くなった二人は再びコタツでくつろいでいた。
 もっとも、高弘のほうは何とかして状況を打破しようと思っていたが、中々良い案が出なかった。
「姉さん、もうそろそろ気温も下がってきたんじゃないかな」
『……今夜も寝苦しい熱帯夜になるでしょう』
 絶妙のタイミングでアナウンサーが真実を告げる。
「だってさ」
 がっくりと肩を落とす高弘に追い討ちがかかる。
『続いて週間予報です。向こう一週間は全国的に厳しい暑さに見舞われるでしょう』
 この時、高弘は思いつく限りの地球温暖化の原因を呪うのだった。
「んー、もう十二時かあ。そろそろねよっか」
「ああ、じゃあ布団敷かないと」
 そう言って高弘がコタツを片付けようとしたが、香澄は電気を消すと再びコタツに潜り込んだ。
「あの、片付けないと布団が……」

107 :No.29 真夏のコタツ(4/4) ◇dT4VPNA4o6 :06/12/17 23:19:23 ID:wGsW+Rmx
「コタツで寝ればいいじゃない。それに布団敷いたら二人で寝れないでしょう」
「風邪引くよ、そんなことしたら」
 高弘の言葉に香澄は少し考えると、空調のリモコンを操作した。
「ドライで設定温度二十六度にしたから大丈夫よ、たぶん」
 それでも躊躇している高弘に、
「それとも何? 高弘ってば私と一緒に寝たいのかな。そーかぁ、昔は一緒の布団で寝たもんねー」
「な、そ、そんなわけ無いだろうがよ!」
「そ、じゃあおやすみー」
 それだけ言うと布団を頭からかぶってしまった。高弘がなおも抗議しようとしたが、そのときには
香澄は静かな寝息を立てていた。
 暫く突っ立っていた高弘であったが、いい加減振り回されて疲れていたので
コタツの電源だけ落としておとなしく寝ることにした。
 どれくらい時間がたっただろうか。ふと、体に何かがまとわりつくのを感じて目を覚ました高弘は
目の前でいつの間にか寝息を立てる香澄に大いに驚かされた。
『何やってんだよ姉さん、コタツに足あるのにどうやったらこんな事……』
 コタツから出ようとする高弘であったが、その動きを止めるように香澄の両腕が彼を抱きかかえるように
絡みつきを引き寄せた。
「う〜ん、んん……」
『ちょっと、俺は抱き枕じゃねー! 大体この状況は……』
 胸に顔をうずめる形になってしまい高弘は益々慌てた。この状況で香澄が目を覚ましたら、何を言われるか
分かったものではない。何とか抜け出そうと高弘がもがいていると、
「たかひろぉ……かわぃぃねぇ…」
 寝言だろうが、名前を呼ばれて高弘は動きを止めた。
「ねえちゃんねぇ、たかひろのこと……すきぃ…」
 いつの頃の夢を見ているのか。この言葉にどれ程の意味があるのか高弘は計りかねたが、
彼は抵抗の意思を失った。
「ず〜と、いっしょ……」
「あーもう、勝手にしてくれ……」
 赤面しながら高弘は呟いた。
 快適な環境にもかかわらず、彼はその年何度目かの熱帯夜を過ごす事になった。    《終》



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