【 真夏にばったりコンニチハ 】
◆X3vAxc9Yu6




100 :No.28 真夏にばったりコンニチハ (1/4) ◇X3vAxc9Yu6 :06/12/17 23:10:07 ID:wGsW+Rmx
扉を開けるとそこは夏であった。
言葉にしてみるとなんて詩的な。
だが、私は外の寒気にそなえてかなりの厚着をしていたのだ。
熱風がなだれ込んできて、私の顔をこれでもかと洗う。
すかさず陽光が私の荒れたほおを焼き始める。
思わず扉を閉める。
ばたり。
これは、なに?
ええと……どういうこと?

私は洗面所に戻り、我が姿を確認してみる。
タートルネックのセーターに厚めの綿パン。
その上からロングのコートを羽織り、
カシミヤのマフラー。
毛糸の帽子に、ふわふわがついたお気に入りの手袋。
私ってやつは、相当な寒がりなのだ。
こんな格好でもしなければこのくそ寒い中外に出てなんかやるものか。
今日だってどうしても出さなければならない手紙があるから
こたつの中から重いからだをやっとの思いで引きずり出したのだ。
しかし、外は暑かった。
この冬まっただ中の12月にだ。
カップルにとっては熱い季節かも知れないが独り身の私には関係がなく、
なにより気温は間違いなく低いはずだし、
今朝のニュースではセイコートーテーとキャスターが叫んでいた。
私の頭がおかしくなったのでなければ今日は寒いはずだ。

101 :No.28 真夏にばったりコンニチハ (2/4) ◇X3vAxc9Yu6 :06/12/17 23:10:17 ID:wGsW+Rmx
手袋から手を抜いて顔にふれてみると、
冷えきった指先が火照ったほおに冷たく気持ちいい。
もしかして、いやもしかしなくてもこれはチャンスなのでは。
手紙だけじゃなく、
食料の買い出しも、たまった洗濯物をクリーニングに預けるのも、
「まとめて捨てるのだ」と念じ続けた結果一部ゴミ屋敷になりつつある我が家の大掃除も、
「寒いから」という理由で断り続けている男友達からのデートのお誘いに応じることも。
寒くないならできるはず。
私はがぜん燃えてきた。
この時点でかなり正気を失っていた、と言っていいと思う。

私はまず男友達に「私が好きなら迎えに来い」との旨メールを打ち、
即座にTシャツ短パンに着替えた。
お気に入りの真っ赤なTシャツだ。
部屋の中はなぜかムチャクチャに寒いが、外に出れば暑い。
今は我慢だ。
水っぱなをすすりながらあふれたゴミを片っ端から袋に放り込み、
ガチガチ震えながら洗濯カゴに山盛りになった服を別の袋に放り込んだ。
キンコーン。
玄関のベルが鳴り、アノヤロウがやってきたのを確かめ、
両手に大袋を持って、私は外に躍り出た。
さあ太陽よ!
私のからだを照らしておくれ!

102 :No.28 真夏にばったりコンニチハ (3/4) ◇X3vAxc9Yu6 :06/12/17 23:10:37 ID:wGsW+Rmx
――オマエさ、あの笑顔は壮絶だったぞ。
とアイツは言う。
顔真っ赤にしてさ。
鼻水だらだらで、さぶイボだらけ。
でも気色悪いくらい満面の笑みなのな。
忘れられんよ。

私は目を丸くする厚着のアイツの目の前で、すべって転んだ。
折しも雪が降り出していて、町並みを白く染めつつあった。
路肩のまっしろな塊に頭から突っ込んだ私は、そのまま意識を失った。
これはナニ?
冷たいような熱いような、この真っ白いものは、なに。
なに――。

目を覚ました私は、
「栄養失調ですな」
と言ったきり深刻そうな顔で考え込む医者と、
笑い転げるアノヤロウをまえに困惑した。
「幻覚が見えたんだってさ、ハラ減りすぎて」
笑いの途切れた隙にそれだけ言って、また笑い始める。
「しかしこんな症状は――」
げらげらげらげら。
このバカの笑い声が邪魔してよく聞こえないまま、医者はぶつぶつ言って出て行った。
「ああ、ケッサクだよホント、来た甲斐があるなあ」
そこまで欠食してたわけではないのだが。たぶん。
しかし三日くらい抜いたかなあ。

103 :No.28 真夏にばったりコンニチハ (4/4) ◇X3vAxc9Yu6 :06/12/17 23:10:47 ID:wGsW+Rmx
しかし幻覚にしては少しリアル過ぎたような。
「ほら、目が覚めたら帰れってよ。歩ける?」
点滴を抜いた私の手を引いて、
アイツがドアまで連れて行ってくれた。
けっこう優しいんだよな。
そこまではよかった。
アイツがノブを握った瞬間ピーンと来た。
夏は期待していないときにこそ、やって来るのだ。
そのドアを開けちゃダメだ、と私が言う前に扉は開きかかっていた。
あの時のオマエの顔も忘れられないぜ、とバカが言う。
私はあんたの顔こそ見物だったわ、といつも返す。
扉の隙間から、夏の気配がほとばしろうとしていた。





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