【 明日の夏の世界から 】
◆dx10HbTEQg




91 :No.26 明日の夏の世界から (1/4) ◇dx10HbTEQg:06/12/17 22:49:45 ID:OcsV542b
 ――女の子が降ってきた。この近辺では見ない型の制服を着た、中学生か高校生。なぜか冬服だ。
 空からじゃ、ない。ここは俺の部屋だ。突如虚空に現れたのだ。で、扇風機の上に、バキっと落ちた。バキっと。
 もちろん、誘拐した言い訳にしているわけではない。死ぬほど暑い日にそんなことをする余力はない。暑くなくてもやらない。外出たくないし。
 夢かなあ。夢だよなあ。突然現れるとか、物語の世界にしかありえんだろ。あ、パンツ見えてる。ウサギか。
「いった、痛、いたたたた。ここどこー?」
 ……夢がしゃべった。目をこすっても、少女は消えない。お、結構可愛いなあ。もうちょっとふっくらしてる方が好みだけど、そこそこイイ。
 ぽかんとしていたら手に持った棒アイスが溶けて足に落ちた。冷てっ。
「お兄さんは?」
「……。あー、しがないニートだ。お前は、何?」
「あははっ、変な名前ー。あたしはキラリだよ。ね、ここどこ? 先生は?」
 名前じゃないです職業です。いや、職業でもないか。えーと……種類? いや、それはさすがに情けないから……称号とか?
 つーかキラリって何だよ。その前衛的なものは名前なのか。
 よし、これは夢だ。会話できてるけど、夢なんだ。頬を引っ張るとちゃんと痛いけど。
 未成年と会話しただけで逮捕される危険があるご時世だけど、夢の中なら大丈夫だうふふあはは。
「ていうか寒くない? お兄さん、よく平気だね」
「……暑いだろ。お前どこのアマゾンから来たんだよ」
「えっと……この時代は二十一世紀、だよね? だと、お兄さんから見た未来から」
 ああ、引きこもりご用達の、アマゾンドットコムの方ですか。こいつはやっぱり本の世界の住人か何からしい。
 現実逃避をする俺には構わず、キラリちゃんはうーんと首を傾げる。丸見えのウサギもつられて傾く。
 うーん。暑さで頭が沸いてるのかな、俺もこいつも。
「もしかして、信じてない? 全く、これだから原始人は」
「原始じゃねえよ。お前の妄想に付き合ってやる義理はない。帰れ」
「妄想じゃないよ馬鹿! ええっと、テスト近いから全部持ってるはず。どこだーどぉこだー」
 目上のお兄様を馬鹿呼ばわりですか。ひっくり返されたキラリちゃんのバッグから、ばらばらと本が落ちてくる。……現国、数学、理科。教科書か?
 そして、目的のものを見つけたらしい少女が、嬉しそうに差し出したのは歴史の教科書。これがなんだよ。
 促されるままにページを捲ると、そこには。
「なんだこれ」
 びっしりと、未来の日付が書かれていた。テロだとか、戦争だとか、政変だとか、学生がでっち上げるには無理がありそうな事柄がずらずらと並んでいる。
 俺が反応に困っていると、少女が不満気に頬を膨らませていた。多分やっぱり夢だけど、肯定してあげないと怒られそうだ。別にそれは構わないけど、無駄に疲れそうな気がする。
 反論する材料があるわけでもないし、とりあえず俺は信じてやることにした。どうせ暇だしな。うん。

92 :No.26 明日の夏の世界から (2/4) ◇dx10HbTEQg:06/12/17 22:50:19 ID:OcsV542b
「で、キラリちゃんはどうしてこんな所に?」
「失敗して、はぐれちゃったみたい。社会科見学だったのに」
「見学? 過去の見学会ですか、未来人様」
「ううん。似たようなものだけど。冬を見に来たの」
「は?」
「冬、消えちゃったから」
 なんだそりゃ。からかわれてるのかと思ったが、彼女は大真面目に頷く。雪だとかスキーだとかを見たかったらしい。
 失われたものを見たいのなら、過去に行けばいいということ、か。納得できるような出来ないような。南半球行けよ。
 まあ、どっちにしても。
「あいにくと今は夏だ」
「嘘ー! こんな寒いのに?」
 寒い、って……未来ってどんな世界ですか。会話している間にもアイスはどろどろと溶けていくし、扇風機が壊されたせいで俺は汗だくだ。クーラーなんてものは付いていない。
 あーあ。扇風機、直せるかなあ。機械弄りは得意だが、部品が無事か気になる。新しいのを買ったほうが早いかね。
 アイスを一気に口に放り込み、ゴミ箱に投げる――が、跳ね返って窓の外へ落ちた。……いつか土に還るだろ。
「なんでまたそんな事に?」
「昔の人のせいだよー」
 ……ああ、あれか。地球温暖化ってやつか。そう考えると、南半球も危険なのかもな。オゾン層破壊とか、よく分からんけど。地球全体から冬が消えたのかもしれない。
 環境破壊とか昔の人も悪いことするもんだよなー。俺? 俺は知らねえよ。俺一人が何かしたって、変わるわけじゃないし。
 結局こういう考え方をする俺みたいなのが多いから、環境破壊は止まらない。分かってるけど、でもなあ。未来のことなんてどうでもいいしなあ。その頃には俺死んでるだろうし。
「んじゃ、先生が迎えに来るまでここに居させてね」
「はっ?」
「ここが夏なら見学する意味ないもん。テストに出ないから」
「俺は忙しい。鮫島事件の真相を紐解くのに必死で忙しい」
 適当にあしらおうとしたが、キラリちゃんは居座る気満々らしい。胡坐とか掻くなよ、ウサギさんがこんにちわしてるって。
 寒いとか何とか喚く彼女に毛布(一年中出しっぱなし)をあげて、勝手に教科書に手を伸ばした。
 うお、イラク戦争とか載ってるよ。小泉さんやっほー。

93 :No.26 明日の夏の世界から (3/4) ◇dx10HbTEQg:06/12/17 22:50:48 ID:OcsV542b
 次のページには、なにやら仰々しい装置の写真が掲載されていた。何? 時、空間を移動する……これは、タイムマシン?
「タイムマシンかあ。そんなのが本当に作られる日が来るんだなー」
「あたしの時代じゃ日用品だけどね。時代、場所、どこでもオッケーな便利品だから、マニアは手作りしちゃってるくらい。人間以外も移動できちゃうしね」
 なにやら得意げに語るキラリちゃん。別にお前の功績じゃないだろ。
 俺の冷たい視線の意味に気付かないのか、やっぱり得意げに彼女は、惑星レベルでね、と付け加えた。へー、惑星。って、え、何、惑星を移動するのか?
 ぽかんと口を間抜けに開く俺に、彼女は笑った。
「結局、失敗しちゃったけど」
 ……なんだ。出来なかったんじゃないか。
 挑戦しようとしている人は多いけれど、その研究は政府の管理下に置かれているらしい。確かに、危ないよな。移動してどうするんだって気もするし。
「次に失敗したらシャレにならないからねー。ていうか、あたしがここに来ちゃったのも装置の誤作動のせいだしー」
「ふーん。まあそれはいいけど。先生はいつ来るんだ? ていうか、お前を見つけられるのか?」
「うん。こういうことってたまに起こるらしいから、発信装置を……」
「あー。キラリちゃん、見つけたあっ」
 ――女性が降ってきた。スーツをきっちりと着た、多分二十代後半。結構美人だけど、俺はもうちょっと細いほうが好み、って、外見の観察してる場合ではなく。
 目を白黒させる俺を尻目に、キラリちゃんは女性に駆け寄った。よかったとか嬉しそうに笑って、はしゃいでいる。
 どうやら、その女性は彼女の先生だったらしい。生徒を見つけた安心感からか、涙目になってた。でも貞操の心配までするのは、俺に失礼じゃないかい?
「生徒を保護してくださってありがとうございます。それで、その、未来から来たということは……」
「他言しませんよ。しても誰も信じてくれません。俺も信じてませんし」
「えー。あんなに説明したのにぃ」
 説明しちゃ駄目でしょ、とキラリちゃんは怒られていた。タイムトラベルした人間は、現地の人と関わっちゃいけないってよく言うしなあ。
 それよりも、女性の厚着が気になった。見てるだけで暑い、ってそうか。キラリちゃんと同じ未来の人間か。……マジで未来?
 夏しか知らない、未来の人々。これが夢にしろ現実にしろ、なんだか可哀想になってきた。俺がこうしている間にも、着々と地球は温暖化している。
「まあ、意味ないかもしれませんが、適当に省エネがんばってみますよ」
「……ええ、意味はないと思いますけどね。では、失礼します」
「ばいばい、ニートお兄さん」
 おい、そこはありがとうとか、頑張ってとか、社交辞令としてでも言うところだろうが。
 キラリちゃんも、それは名前じゃないんだってば。結局名乗るタイミング逃したな。
 突っ込みを入れる前に、キラリちゃんと教師は、消えた。

94 :No.26 明日の夏の世界から (4/4) ◇dx10HbTEQg:06/12/17 22:51:21 ID:OcsV542b
 やっぱり夢だったのかなあ。だが、頬をつねると、ちゃんと痛い。
 ぼんやりする俺の目に、数冊の本が留まった。キラリちゃん、忘れてるよ。これってヤバいんじゃねえの? 触れるってことは、やっぱり現実?
 理科と表紙に書かれた教科書を捲ると、よく分からん式やら定理やら。未来人のレベルは高いなあ。お、時空間移動装置の項目だ……って。
 ……これの通りに作れば、ノーベル賞じゃね?
 どうせ、俺は暇なニートだ。時間は有り余っている。
「いや……待てよ」
 ついでに地球の軌道を太陽から遠ざければ、温暖化も解決するんじゃね?
 俺頭いい。最高。一市民として温暖化を食い止める協力するのは馬鹿馬鹿しいが、未来に名を残すとあらば話は別だ。
 そして、歴史の教科書をちゃんと見ていればと後悔したのは、俺が勝手に地球を動かした後のことだった。
 ごめん失敗した。太陽に近づけば、そりゃ冬もなくなるわな。マジごめん。




もうないそうらいてんぽろりん



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