【 至低の聖戦 】
◆hemq0QmgO2




64 :No.20 至低の聖戦 (1/2) ◇hemq0QmgO2 :06/12/17 21:53:28 ID:wGsW+Rmx
絶望の師走。寒い。寒くて死ぬる。マジ寒い、死ぬる散りぬる、いとをかし。絶望の名句。
家賃滞納でアパートを追い出された。ニヒリズムは宜しくないね。嫌われちゃったよ、金にも人間にも。
微かな希望を抱きつつ、去年まで受付をしていたラブホテルへ向かった。勿論徒歩で。一晩くらいなら無料で泊めてくれるかもしれない。
あれ?無い、無いよKエリザベス。QじゃなくてKなんだよね、エリザベスなのに。そんなんだから潰れんだよ。馬鹿が。
いや、馬鹿は俺か。
午前二時、都内有数のラブホテル街で性欲豚共の往来を、散り行く花、或いは阿呆の気持ちで、ただ眺めていた。
せめて夏なら…夏?畜生、そうだ、今年の夏、絶望的に蒸し暑い夜。あの日から全てがおかしくなったのだ。
あの日、人間嫌いの俺は一人で花火を見に行き、ふっ、風流などと吐かしながら痛飲、泥酔していた。
酒のせいか便が近くなり、公衆便所に向かったのだが男の大便器は一つしかなく、使用中であった。
五分程待った。周知の通り排泄行為を我慢するのは大変な苦痛である。更に五分程待った。空く気配はまったくない。
暑さと酔いと悪臭のせいで額には脂汗が滲み、排泄者への怒りは最早耐え難く、殺意すら抱いた。
待ち続けて十四分、ついに俺は激昂した。ドアを思い切り蹴りつけながら、気違いのように怒鳴り散らす。
「糞が長えんだよ、豚野郎!オナニーでもしてんのか?兎に角遅えんだよ、遅漏豚が!」
酒は本当に恐ろしい。素面なら絶対に、こんな奇行蛮行は侵さないだろう。
同様に夏も恐ろしい。冬の寒空の下ならば、ここまで凶暴にはならなかっただろう。
十数秒間、俺の荒い呼吸音だけが、便所内に響いていた。少し落ち着きを取り戻した俺は沈黙、奴も沈黙。束の間の静寂。
直後、ペーパーを取る、汚い尻を拭く、水洗、鍵を開ける、などの一連の動作が行われ、それらを音によって確認した。
ドアが開く。間違いなく頭も柄も悪いであろうと思われる風貌の男が、頑強そうな体を揺らしながら現れた。
うーん、反応の悪さを考慮すると、意外に温厚な奴かもしれない。俺は無防備に直立していた。

65 :No.20 至低の聖戦 (2/2) ◇hemq0QmgO2 :06/12/17 21:53:51 ID:wGsW+Rmx
しかし、男は俺の姿を確認し憎悪を込めて睨み付けると、突然、大振りの右拳を繰り出した。
不意を突かれた俺は酔いもあってか、顎に完璧に貰ってしまい、出入口付近まで吹き飛んだ。
男が何か叫んでた気がするが、よく覚えていない。そして、世界は暗転した…。

同じ場所で目覚めた。外は明るい。今何時だ?体全体、特に頭が痛い。それよりなんだ?この悪臭は。
理由はすぐに判明した。パンツ、ジーンズが排泄物(大小)で、ぐちゃぐちゃに汚れている。
俺は人間の尊厳を失った。
俺の醜態を何人の人間が視たんだろうか。何故、誰も助けなかったんだろうか。考えたくなかった。絶望的過ぎる。
それでも、思い出したくないことを思い出しながら、携帯電話で時間を確認する。午前九時半。八時からバイトだった。
今から服を洗い、家に帰り、着替えて行くと最低二時間は掛かる。
もういい。辞めよう、諦めよう。どうせクビだ。事実、クビだった。
唯一の収入源を断たれたにも関わらず、俺は職を探すことはしなかった。糞のせいで俺は虚無。
糞尿を漏らした絶望、死にたいと思った。当然死ねない。死のうと思ってない。
豚の生活が始まった。昨日終わった。今は寒い。人間の営みに参加出来ない俺は眺めているだけだった。
やる気の無い客引き、美しい女、不細工な女、汚いコンクリートの壁、悪趣味な看板。見るだけは悲しい。視姦は地獄也。
温もりを求めてコンビニに行こうとした時、前方から頭の悪そうなカップルが歩いてくる。
目を疑った。間違いない。あの遅漏豚野郎だ。あばずれの典型例みたいな女と歩いている。
何故ここに?そんなことはどうでもいい。イエスかアッラーか池田大作先生の思し召しだ。
鮮烈な怒りと喜びで、五ヶ月前にタイムスリップ。夏の思ひ出。イェア!気分は常夏、体が熱い。俺は立ち上がった。
奴は全く気付いていない。俺は客引きの看板を奪い取る。木製だが、重量感があった。
もう視姦者ではない。寒くもない。あの夏の日までのように、もう一度人生に参加してやる。
力強く看板を握り締め、南半球的な奇声を発しながら、俺は突撃した。(了)



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