【 学校納涼計画 】
◆InwGZIAUcs




37 :No.12 学校納涼計画(1/5) ◇InwGZIAUcs:06/12/17 15:40:59 ID:4W2ducKU
 夏の始まりである七月初頭、温暖化の影響か気温はさして真夏と変らない。
 灼熱のグランドで精を出す野球部の声と蝉の鳴き声が、風情と言えば風情である。
 そんな彼らの声が聞こえる教室で、生徒会委員の三人は会議を行っていた。
「私の知る限り、今日私の教室内だけで『暑い』という単語を三十七回聞いたわ……」
 教壇の前に立ち、しみじみと語っているのは生徒会長の真由美である。
 真由美は自慢のポニーテールを揺らしながら、ガッガッと勢いよく黒板に文字を書き殴った。
「というわけで! 本日の会議はコレについて話しあいましょう!」
 真由美は黒板をバンッと叩いた。そこには『学校納涼計画』という六文字が書き出されている。
 それに合わせ、生徒会唯一の男子生徒である孝太は真剣な眼差しで頷いた。が、
もう一人の生徒会委員の夕子は、興味がないのか黒い表紙の本を読んでいる。
 真由美は相手の反応など微塵も気にせずに、教壇の上から熱い演説を続けた。
「そう、県立高校はクーラーを買うお金なんて無いのよね。
そこで! 私たちがどうにかして、少しでも涼しくする方法を考えるというわけ!」
 さあ意見をだしてちょうだいと言う真由美に、孝太が素早く反応する。
「秋葉原みたいに水を撒くのはどうだろう?」
 ぴくっと真由美は眉を上げた。
「ああ、確かメイドさんが水撒いてたやつね?」
 勢いよく孝太は立ち上がる。
「そうです! ここは是非会長と夕子さんに着て頂ければブッ――」
 いつの間にか孝太の側に寄っていた真由美の拳が孝太の顔にめり込んでいた。
 そしてきっかり一秒後、いつの間にか手にしていたメイド服と共に、孝太は膝から崩れていく。
「キモイ。そんな服着て学校涼しくなるわけないでしょうが……」
 その言葉に孝太は再び立ち上がる。
「じゃあ違う服なら着てもらえブッ――」
「黙れこのコスプレマニア!」
 今度こそ完全に教室の床に沈んでいく孝太。
 その時、本を閉じる乾いた音が響いた。夕子が本を読み終えたようだ。彼女は、艶やかな長い黒髪を纏い、
本人はあまり自覚していない美人顔を真由美に向けた。
「帰る」
 夕子は抑揚の無い声で一言告げた。

38 :No.12 学校納涼計画(2/5) ◇InwGZIAUcs:06/12/17 15:42:40 ID:4W2ducKU
「そうね……じゃあ二人とも! また明日ミーティングするから何か良い案を考えておいて」
 目線で頷く夕子と、息も絶え絶え頷く孝太。真由美はその日の会議を終了した。

 頑張りすぎの太陽は、昨日以上にその猛威を振っていた。やかましい蝉たちも絶好調である。
 そんな中、やはり生徒会の会議は行われていた。
「じゃあ早速案を聞かせてちょうだい?」
 真由美はいつも通りチョークを持って教壇の前に立っている。
「会長! 昨日夜なべで会長の為に用意しました! コレを是非着て下さい!」
 目を輝かせ手にしているのは、この学校の夏服であった。
「それならもう着ているじゃない……の……? あれ? なんかそれちょっと……」
「そうです! 全体の丈を短くしました! これでだいぶ涼しブッ――」
 反射的に放った真由美の鉄拳が綺麗に孝太の顔面を貫いた。が、孝太は倒れなかった。
「待って下さい!」
「何よ? そんなの着てたら、そ、その、ぱん……つ……とか、ぶ、ブラがちょっと動いただけで見えちゃうじゃない!」
 フッと孝太は笑った。
「抜かりはありません!」
 バッと鞄から取り出したのは紺色の衣服。そう、ブルマであった。
「これを穿けば平気な筈! 名付けて『納涼夏服』大作戦!
女子は涼しいし、男子も心頭滅却するほど暑さのことを忘れるブッ――」
「大体あんた、なんで女子の夏服なんて持ってるのよ?」
 二度目の拳は孝太のみぞおちを射抜いていた。
「絶対そんなの着ないんだから……」
 悶える孝太をよそに、真由美はボーッとしている夕子に問いかけた。
「夕子は何か良い案ない?」
「ある」
 夕子は素っ気なく応えると、鞄から何やら大層な道具と衣装を取り出した。
「着替える」
「は?」
 疑問符を浮かべる真由美と孝太。

39 :No.12 学校納涼計画(3/5) ◇InwGZIAUcs:06/12/17 15:43:32 ID:4W2ducKU
「着替える……から」
 二人はさらに首を傾げた。
 夕子は顔を赤く染め、「少し出てて欲しい」と呟いた。
「あ、はい!」
 慌てて孝太は立ち上がり廊下に出た。その隣には、彼と同じように慌てて教室を出た真由美がいた。
「って、何で会長まで出てるんですか? 女の子同士じゃないですか?」
「な、なんとなくよ!」
「なんで会長顔が赤いんです?」
「五月蠅い!」
「わかりますよー。さっきの夕子さん普段とは別人みたい乙女チックでしたもんねー。
美人で近寄りがたいとは思っていたんですけど、あんなギャップを見せられたら俺なんか正直イチコロでブッ――」
 真由美の本日三発目が飛んだ。たまらず孝太は声を上げる。
「な、何でいきなり殴るんですかー! 俺今回は変なことしてないですよ!」
「あ、ごめん、なんとなく手が……って、あんた夕子みたいのがタイプなの?」
 真由美はそっぽを向きながらポニーテールをいじり始めた。
「え? いや、その……俺のタイプは――」
 孝太が答えようとしたその時、
「入って」
 丁度扉の前に立っていた二人の会話は、夕子によって遮られた。

「な、なんなのその格好!」
 思わず声を上げた真由美と、目を輝かせる孝太。
 そこには、白と赤の見事な巫女服でその身を包んだ夕子がいた。
「巫女装束」
「見れば分かるわよ! 何がしたいの? 意味のない孝太に意味のないサービスは止めてよね。調子に乗るから」
「会長……一体俺をなんだと思ってるんですか?」
「ミジンコか何かの廃棄物でしょ?」
 何やら両手両膝を床につけ泣きはじめた孝太をよそに、真由美は夕子を問いつめた。
「それより! なんで巫女さんになってるのよ?」
「儀式をしたから」

40 :No.12 学校納涼計画(4/5) ◇InwGZIAUcs:06/12/17 15:44:10 ID:4W2ducKU
「儀式? 何の?」
「この学校に沢山の霊道を作って、霊のたまり場にした」
 夕子は至って真面目顔。相反し、真由美と孝太の目は点になった。真由美は恐る恐る尋ねた。
「それって、ここを心霊スポット独特のうら寒さを作り出したってこと?」
「そう」
 真由美と孝太は乾いた笑いを浮かべ、
「またまた夕子さん。霊なんてそんなのいませんよー」
「そ、そうよ! 幽霊なんているわけな、ないじゃない!」
 怯える二人など露知らず、夕子はすこしだけ嬉しそうに言った。
「学校はもうだいぶ涼しくなっている。二人とも気をつけて。もし気になるなら、
そうね、大切な人からのプレゼントを身につけるといい……」
 そう言い残し、夕子は巫女服のまま帰っていってしまった。

 教室に残された二人。
 呆気に取られた真由美はボーッとしていた。彼女は少し震えている。
「……そうだ!」
 無音の教室をかき消すように、孝太は話題を切り出した。
「さっき言ってた俺のタイプなんすけど……俺、夕子さんみたいな感じ好きっすよ」
「へ?」
 真由美はその言葉の意味を理解するのに数秒かかった。そして、一瞬で表情を厳しくする。
「……ちょっとだけ教室から出てて!」
「え? 何でですか!」
「いいから!」
 半ば強引に真由美は孝太を追い出した。
(わ、私だって!)
 胸中で毒づくと、彼女は制服を脱ぎ始めた。

「入っていいわよ」
「な! 会長……」
 孝太は目を疑った。そこには、孝太がプレゼントした短い夏服を着た真由美が立っていたのだ。

41 :No.12 学校納涼計画(5/5) ◇InwGZIAUcs:06/12/17 15:44:50 ID:4W2ducKU
しかも、自慢のポニーテールは、ストレートのロングヘアへと変っていた。
 夕子に似ていると言えばどことなく似ていると言えた。
「あ、あんたの為じゃないからね! ほら、夕子がプレゼント身につけると良いとか言ってたから……」
 顔を真っ赤にする真由美を、孝太はただ呆然と見つめている。
「かわいい……可愛いですよ会長!」
「と、とと当然じゃない!」
「きっと夕子さんが着たらもっとすごいんだろうなあ!」
 ――ピシッ! 
 真由美は凍ったように固まり、次いでワナワナ震えだす。
「あんたねえ……この服を着た意味をかんがえなさいよー!」
 涙目な真由美の本日最高の一撃が、孝太を軽く吹き飛ばした。
「ゴフッ! い、意味? 確かプレゼンとを身につけて……大切な人……あ!」
 孝太は、夕子の言葉を思い出した。
(俺なんか歯牙にもかけられていないと思っていたけど……)
 孝太は立ち上がり、「う〜」と、彼を睨む真由美へと近寄った。
「お、俺も会長のこと……会長のことが好――」
「きゃあああああああああ!」
 孝太の言葉を、真由美の絶叫にも近い悲鳴が遮った。
「い、今そこ、首のない人が、あ、あ歩いてた!」
「えええええええええ!」
 孝太は色んな意味で困惑し、真由美は孝太の言葉を聞く余裕など無くなっている。
 そんなムードのかけらも無くなった二人は、逃げるように教室をあとにした……。

 夕子は校舎を見上げていた。先程までいた教室の方を。
(あの二人はうまくいったかな?)
 声には出さないが、いつまでも進展しない二人の関係にやきもきしていた夕子。
(きっとうまくいくよね)
 そんな事を思いながら彼女は、いくらか涼しくなった学校の校門をくぐっていった。

 終わり



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