【 ロストテクノロジー 】
◆NA574TSAGA




26 :No.8 ロストテクノロジー(1/2) ◇NA574TSAGA:06/12/16 22:42:06 ID:Y0xfV5Se
「夏缶、売ってます」
 十二月の寒空の下、凍えながら路地裏を歩いていると露天商がこんな看板を掲げていた。
 小さなちゃぶ台の上には「夏缶」とプリントされた缶が山積みになっている。
 あまり関わり合いにならない方がよさそうだとも思ったが、やはり好奇心には勝てずつい声をかけてしまった。
「あのー、『夏缶』というのは何なんでしょうか」
「おお、よくぞ聞いてくれたな。若いの」
 店主は嬉しそうに缶の説明を始めた。
 話を聞くところによると、この缶を使った者は「夏のような気分」を味わうことができるらしい。
 値段は一個一万円。
 あからさまに怪しかった。
「……それが本当だっていうなら、証拠を見せてくださいよ」
「疑い深いのう。ほれ、今わしが使っているのを貸してやるわい」
 半信半疑のまま、店主から缶を受け取る。
 途端、周囲の環境が一変したかのように思われた。
「……何だ? 何だ、この全身を包み込むような暑さは! 暑い、暑いぞ!」
 冷えた体に染み渡る熱気。それはまさに「夏」を感じさせるものだった。
「その缶にはなあ、中国の伝説の古代王朝・夏王朝で用いられたとされる幻の金属・『夏鉄鋼』が使われておってな――」
 店主のうさんくさい説明も今の俺にはどうでもよかった。
 うだるような暑さの中、気がつけば店主に一万円札を差し出していた。

27 :No.8 ロストテクノロジー(2/2) ◇NA574TSAGA:06/12/16 22:42:58 ID:Y0xfV5Se
 家に帰った俺は、さっそく買ってきた夏缶を使ってみる。
「説明書通り、缶にお湯を注いでっと。……おっ、きたきたきた!」
 全身を駆けめぐる血が、沸騰したかのような感覚。
 寒々とした家の中が常夏へと変貌する。
「母さーん! こっち来てみろよ。すげーの買ってきたぞ!」
 きっと驚くだろうなぁ。
「今はこんな便利なものがあるんだねぇ」とか言いながらさ。

 何の騒ぎだい、と母が台所から出てくる。
「母さん、これさえあればもうエアコンやストーブなんていらないぜ!」
 母は一瞬固まったあと、笑いながら一言いった。
「何やってんだいあんたは。湯たんぽなんて懐かしいもの抱きしめて」



〜缶〜



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