【 身代わり 】
◆K0pP32gnP6




21 :No.7 身代わり(1/5) ◇K0pP32gnP6:06/12/16 22:36:50 ID:Y0xfV5Se
『この海は呪われとる。近づいてはならん。大切なものを失う事になる』
 かつてこの海岸を漁場をしていた漁師が言った。


 青い空。白い雲。太陽は相変わらず俺達の頭上で水素をヘリウム変え続けている。
 今日も真夏日。まさに絶好の海水浴日和。
 しかし、この海岸には《ワンピース水着遊泳禁止》の看板以外、砂と海しかない。
 あ、俺と先輩がいるか。

「あー、凄い。ビーチ貸切じゃない!」
 楽しそうに先輩は言った。
 セミロングの黒髪と白い肌。カラフルなハイビスカス柄のトップにデニムのホットパンツ。首にはゴーグル。
「ええ、まあ。穴場ってやつじゃないですか?」
 それにしても人がいなさすぎる気もするが。
「そういえば先輩、なんで海に来たんです?」
「んー、夏だし、やっぱ海には来といた方が良いでしょ」
 なんだそれは。
「ところで、俺と二人きりで来てるんですけどなんか期待してもいいんですか?」
「ば、バカっ。何言ってんの! あんた誘ったのは空いてる場所知ってそうな奴が他にいなかったからよ!」

 それから三時間ほど、だらだら遊んでいた。砂の山作ったり砂の城作ったり。
 あれ、俺達何歳だっけ? 高一と高二だ。
「よしっ。完成!」
「やたらハイレベルな砂の城ですけど」
 俺達の砂の城は、西洋のそれではなく、日本の城だった。
「そうよ。これが高校生の砂遊び! 改心の出来だわ。弘前城天守」
「どこですか、弘前城って」
「青森よ。天守も三層で大きくは無いんだけど、門とかやぐらもほぼ築城当時のまま残ってるの。すごくない?」
「ええ、そうですね」
 俺はうんざりして城と先輩の方向から目をそらした。

22 :No.7 身代わり(2/5) ◇K0pP32gnP6:06/12/16 22:38:17 ID:Y0xfV5Se
 少し遠くに丘になっているところで、何かが光った。反射光?
 目をこらして見ると、人のようだ。
「先輩、ちょっとトイレ行ってきます」
「ああ、そう? じゃあもう少し屋根の模様細かく作ってるわ。ごゆっくりどうぞ」

 もちろん、トイレには向わない。少し遠回りしてさっきの人影に近づいていく。待ってろ、覗き野郎。
 十分ほど歩き、覗き野郎の背後に回りこんだ。漁師風の中年の男のようだ。
 漁師風の男は俺に気付かず、双眼鏡でさっき俺がいた方向を見ている。
「何している」
「お、お前は!」
 逃げ様とする男。俺はすかさず足をかけて転ばせる。
「何をしていた」
 俺が男のふくらはぎを足でおさえながら聞くと、男はニヤニヤしながら言った。
「ちっ、いいだろ。どうせお前も見るが目的であのお嬢ちゃんを連れてきたんだろ?」
 見るのが目的? まさかあの凄い砂の城では……ないか。
「何の話だ?」
「知らんのか? この海岸に伝わる伝説を」
「知らない」
 男の表情が一変。怖い。
「知らんのなら、あの綺麗なお嬢ちゃんを連れて早く帰るんだ。他の者に見つかる前に」
 そう言いながら、男は素早い動きで俺の足に手をかけた。
「くそっ」
 俺は軽々と転ばされた。逃げる男。
 変な角度で地面にぶつけた手首が痛む。
 男はすでに遥か彼方。しょうがない、先輩のところに戻るか。

 先輩のいたはずのところに戻ると、先輩がいない。城は相変わらず健在だが。
「せんぱーい?」
「あー、ちょっと待って」
 海の方から声がした。声するの方向に先輩はいた。なぜか肩まで海に浸かっている。

23 :No.7 身代わり(3/5) ◇K0pP32gnP6:06/12/16 22:38:55 ID:Y0xfV5Se
「何してるんですか?」
「ちょ、ちょっとね。ていうか、こっち見るな! アホっ」
 なぜか罵られた。とりあえず指示に従い後ろを向く。
 ただ後ろを向いていても暇なのでさっきの男の言葉を思い出してみた。
『この海岸の伝説』『他の者に見つかる前に』

「もういいわよ」
 すぐ後ろから先輩が言った。いつの間に。
「何かあったんですか?」
 先輩は少しうつむいて言った。
「上が脱げた。流されなかったから良かったけど」
「もう少し早く戻ってきてればよかった」
 自然と先輩の水着に目がいく。
「な、何言ってんのよ! 変態っ」
 ここで、冗談です、っていいわけするのは失礼だろうか。
「そういえば、やけにトイレ長かったわね」
 訝しげな視線。
「え、ええ。まあ色々あってですね」
「色々ってなによ。変態っ」
 どちらかというと変態を退治してきたんですけどね。
 まさか。さっきの男は先輩の水着が脱げるのが狙いで? いや、そんな確立の低いものは期待しないよな。

「砂遊びも飽きたわ。水に入りましょう、水に」
 すでに午後三時。まだ砂遊びしかしていないが。
「いいですけど」
 俺は海に向って駆け出す先輩のあとを追う。
 海水に入った瞬間、なんとも言い難い感覚。塩が日焼けにしみる。
「せ、先輩、海水痛くないですか?」
「ああ、日焼け止め塗ってるから大丈夫。耐水性のやつ」
「貸してくれれば良かったのに」

24 :No.7 身代わり(4/5) ◇K0pP32gnP6:06/12/16 22:39:43 ID:Y0xfV5Se
 先輩は俺の顔に水をバシャバシャかけながら言った。
「だめよ。砂の城作るのに使うつもりだったし」

 海水の痛みにもだいぶ慣れた。
 先輩は潜水が得意らしく、しばらく海に潜ったまま。かたや俺は泳げすらしない。
 突然、海パンが後ろから引っ張られた。脱げる。
「せ、先輩?」
 そう言いながら後ろを振り向いて見るが、誰もいない。海パンもない。脱げた。
「何よー?」
 俺の遥か前方に、先輩は浮上してきた。先輩の仕業ではない。
「あ、いや、海から上がれなくなっちゃいました」
「大丈夫? 足つったとか? よしっ、向こうまでひっぱってってあげる!」
 先輩はそう言うと俺の返答も聞かずに再び海に潜り、俺の方に泳いでくる。マズい。
 先輩は俺の一メートルほど前まで来た所で急に水から出てきた。
「ゴホっゴホッ。み、水飲んじゃったじゃない!」
「すいません」
「すいませんじゃないわよ。変態……」
 顔を真っ赤にしてうつむき、小声でぼそぼそ怒る先輩。なんか良いね、って俺は本当に変態か。
「あ、あのですね。突然海パンを引っ張られたんですよ」
 先輩の表情が急に変わった。
「引っ張られたって、もしかして」
 そう言いながら、しきりに水着を気にする先輩。
「何かありました?」
「か、帰るわよっ!」
「ちょっと待ってくださいよ! 海パンが!」
 先輩は再び顔を赤くし、言った。
「だ、誰も来ないわよ。服の所まで戻れば大丈夫」

 結局、先輩に言われるがまま、帰る事となった。
 服の所まで戻る途中、この特殊な状況に一部が危うくになったり、それを先輩に見られたりした。

25 :No.7 身代わり(5/5) ◇K0pP32gnP6:06/12/16 22:40:25 ID:Y0xfV5Se
 ああ、なんか大事なものを失った気がする。

 帰りの電車の中、窓の外を見ながら先輩は言った。
「あの海、何かいるわ」
「何か?」
「私もあんたがトイレ行ってる間に水着引っ張られたのよ!……きっと、変態の霊よっ!」
 あの漁師が言っていた『この海岸の伝説』って言うのはもしかして。
 俺達は電車が駅に着くまで、言葉を交わさなかった。


 漁師は傾いた看板を立て直していた。
《ワンピース水着遊泳禁止》と書かれた看板。
 看板はこの海に住む霊に人が引きずり込まれない為の苦肉の策。
 ツーピースの水着か海パンなら、それが持っていかれるだけで済むのだ。
 看板を直し終わると漁師はわらべ歌の歌詞を呟いた。
『海に絹着てはいてはならぬ。はいればひかれて海の底』



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