【 夏の参列 】
◆zS3MCsRvy2




16 :No.6 夏の参列(1/5) ◇zS3MCsRvy2:06/12/16 22:31:07 ID:Y0xfV5Se
 三十八℃。
 本日は天気予報未確認ゆえ、体感温度から導き出した不確定要素たっぷりの憶測である。
 日差しがギンギンに照りつける中、無人のスクランブル交差点を闊歩する。
 なるべく高層建造物の影となるよう道を選択するようにしているが、目立った成果は得られずじまい。
 学校指定のワイシャツとズボンはすでに汗でずぶ濡れ。
 黒と白のコントラストが横断歩道と奇妙にマッチする。
 だからといって脱ぎ捨てる、というわけにはいかない。
 倫理は勿論のこと、健康面の問題が大きく立ちふさがっている。
 衣服気候なるものをご存知だろうか。
 衣服は外界からの有害刺激をシャットダウンし、なおかつ温度と湿度を一定に保ち体温を調節するという重要な役割を担っている。
 もしも砂漠で遭難し、暑いからと服を脱ぐ行為はたいへん愚かなことなのだ。
 人類が体毛と引き換えに獲得した叡智。
 しかし、払った代償は大きかった。いやいや、皆まで言うまい。
 俺が言いたいのはただひとつ。美少女だけは例外として、裸体をファッションとすることを許そうではないか。
 一ツ木司(ひとつぎつかさ)、十六歳キリシタン、健全極まる男の子です。

17 :No.6 夏の参列(2/5) ◇zS3MCsRvy2:06/12/16 22:31:51 ID:Y0xfV5Se
 通学路が平坦から上りに切り替わる。朝っぱらからこの傾斜はおかしいぐらいに鋭角だ。
「ぜーはー…ぜーはー」
 みるみるうちにHPが削られていく。
 坂の中腹に差し掛かり、幼馴染の日名子と遭遇した。
 日名子とは、幼少のころに結婚の約束を交し合った仲で、俺はそれをすっかり忘れている設定だ。
「ヤーおはよー」
「………」
「今日は一段と体臭がきついっすね!」
「………」
 いくつか挨拶を投げかけた。総シカトされた。
「おいこら、朝ですよ」
 わき腹をつま先で小突く。
「………」
 起きない。
「日名子やい」
「………」
 へんじがない。ただのしかばねのようだ。
 携帯電話の目覚ましアラームを、最大音量で五分後にセットし少女の耳元に据える。
 物言わぬ日名子を置き去りに歩みを再開する。振り返ると、数百メートル後方に姿を捉える。すでに豆粒くらいの大きさになっている。
「寝坊するぞー」
 前に向き直る。
 頂上に十字架が見えた。
 学校である。

18 :No.6 夏の参列(3/5) ◇zS3MCsRvy2:06/12/16 22:32:37 ID:Y0xfV5Se
 いつまでたっても授業が始まる様子がない。
 教師が来ない。
 生徒がいない。
 時間をもてあまし、万策尽き果てた俺は、かなり早いが昼食にした。
 コンビニで購入した明太イカフライ弁当を開封する。
 食事は生理学上の観点からも、非常に重要だ。
 三大煩悩だ。
 どれかひとつでも欠けると理性がやばくなる。
 特段俺の場合は性欲が欠けると息子ともども直系列でハイパーやばくなる。
 交感神経促進剤であるエロホン(仮想)を投与すると、脳下垂体分泌ホルモンのポコチン(仮想)が、前立腺のボッキンボッキ受容体(仮想)にヴィヴィヴィと作用して―――
 つまりそいういうことさ。
 箸を止めて妄想に耽っていたせいで、白米がお肌の曲がり角を迎えた30代OLの角質層ばりに乾燥していた。
「うはあ」
 億劫だができる限り補充せねば。
 体のみでなく、精神の栄養も偏ってしまいかねない。
 食べ物の恨みは恐ろしい。戦争だって引き起こす。
 食べ物に限らずとも。
 生だったものが死に瀕したとき、理屈ではなく、無意識の生存欲求が容器を突き動かすのだ。
 まさに生きるためだけに生きるようになる。
 生きるために行う、殺戮は罪ですか?
「ごちそうさま」
 前例は続いている。

19 :No.6 夏の参列(4/5) ◇zS3MCsRvy2:06/12/16 22:33:19 ID:Y0xfV5Se
 某国の試験管から凶悪な生物兵器が漏出した。
 百パーセントの死亡確率。
 前代未聞のバイオハザードが蔓延するまでの猶予期間。
 たった一人分の抗生剤を巡って、世界中で戦争が起こった。
 どういった経緯があったのか、それは日本の一般男子学生の手に渡った。
 男子生徒は、抗生剤を自分に使用した。
 男の子は生き残り、世界は滅亡してしまいましたとさ。

20 :No.6 夏の参列(5/5) ◇zS3MCsRvy2:06/12/16 22:34:08 ID:Y0xfV5Se
 帰路の途中、再び日名子に出会う。
「やあ」
 地面に倒れこんだ少女は、真っ赤になって西日を浴びている。
 俺に刺された胸元の血痕と同化していて、一目ではどこかわからなくなるほどに。
「日名子は照れ屋さんだなあ」
 ひょい、と抱えあげる。
 お姫様抱っこ。初めて持ち上げた彼女は想像していたよりずっと軽い。
「よーし、お待ちかねのプロポーズタイムだ」
 セーラーは花嫁っぽくないので、白いシーツを被せてみる。
 まんま死体だった。
 閉じられた双眸に問いかける。
「なあ日名子や」
「………」
「血痕しよう……なんつって」
 アンニュイにぼける。
「………」
 日名子沈黙。
「これが本当の死人にくちなし」
 寒かった。心なし日名子の体も冷たい。それは死体だからさ。
「いこっか」
 薄暮を背に、二人で真紅のバージンロードを下っていく。
 背中に丘から降りた十字の影を、いつまでも色濃く焼きつかせて。
 門出を祝う参列者のヒグラシたちが、いっそう姦しい喝采を飛ばした。       おわり



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