【 天使のような少女 】
◆667SqoiTR2




143 No.42 天使のような少女 (3/4) ◇667SqoiTR2 06/12/10 23:44:54 ID:4McSGALH
 ばらばらでかきまわされつぶれてひろがる。罵声と怒声と悲鳴。
 俺は走り続ける。槍を持って、鎧を鳴らして、剣を揺らして、ただ闇雲に。
 ここに神などいない。もしいるのなら、なぜ止めないのか。
 戦争に行くと言ったら親父は言った。神に仕えるのが一番幸せだ。
 いるのかわからない神なんてものを食い扶持にする詐欺師め。
 だから、俺は王国のために戦場に行って、血と肉と鉄の渦巻く中で走っている。
 暖かいものが頬にかかった。横を見る。むさい男があいつを刺していた。
 故郷の悪口を言い合ったあいつ。夢を語ったあいつ。頭のよかったあいつ。
 痙攣しているあいつ。死んでしまったあいつ。死んでしまった。死んだ。死。
 俺は走る。もつれて転ぶ。走らなければいけないのに。走らなければ死んでしまうのに。
 あいつの顔が頭に浮かび、喋り出す。あの傭兵団の頭をつぶせば、王国が勝つ。
 そうだ。傭兵団だ。最近力をつけた傭兵団。その団長。金次第で農民にも手を貸す。
 曰く、醜男なので顔の隠れる兜。曰く、小男だが頭は切れる。曰く、部下は優秀。
 そいつを殺せ。ずたずたにしろ。槍で目を突け。剣で喉を斬れ。
 俺は起き上がる。叫ぶ。槍を握り締める。走る。殺すために。
 そして、見つけた。馬上でも一目でわかるほどのチビ。顔が見えない兜。傭兵団長。
 俺は走る。チビの周りの人間など気にするな。走れ、殺せ。
 槍が突き出される。俺は避ける。そして、団長の馬に槍を突き刺す。
 チビは落馬する。矢が飛んでくる。鎧を突き破り、俺の肩に突き刺さる。
 痛みなどどうでもいい。俺は剣を抜く。団長は仰向けのまま弩を構える。
 俺のほうが早かった。剣の切り上げは団長の弩と兜を吹き飛ばす。そのまま、俺は剣を振り下ろす。
 だが、天使がいた。兜の中にいたのは醜男ではなく、天使だった。親父がささやく。そういうことだ。
 なにをしても、剣は止まらない。
 おお、神よ。

144 No.42 天使のような少女 (2/4) ◇667SqoiTR2 06/12/10 23:45:04 ID:4McSGALH
 僕はなくなった小剣を探しに、気が乗らないその扉を開けた。
 綺麗だ。僕はただそれだけを思った。
 その光景は、どんな絵描きでも描けず、どんな物書きでも語れず、どんな人間でも忘れない。
 窓から降り注ぐ光と真っ赤な血を浴びて、左手ににきらめく小剣を持ち、右手に弩を構えた、少女。
「副長、あなたに話がある」
 完璧の登場人物が自ら動き、均衡を破壊した。そして、僕はやっと気付く。少女は団長の愛人だと。
 恐れることは何も無い。たとえ、愛人が僕を弩で狙っていたとしてもだ。狙いのついてない矢など怖くない。
 団長に文句を言おうとして、部屋を見回すと団長は倒れていた。何時もは晒さない醜悪な顔をゆがめている。
 やっと、この部屋で起きたことを理解する。つまりは終わったと言う事だ。
「あなたの事はよくわかっている」愛人が何か言っているが、僕は剣に手をかける。
「王国貴族の子供であることも、団長とは金の契約であることも」
 僕は止まる。王国貴族の子である事がばれれば、部下に嬲り殺される。愛人を殺すのは決定した。
 だが、聞く価値がある話だ。情報の出何処を突き止めなければいけない。
「そこで取引がある。私は副長に必要な情報を喋り、喉をつぶす」
 少しだけ驚いた。全て必要な処置だ。殺さなくても、喋れなければいいだろう。
 団長がいつか言ったことがよぎる。お前は人を信じれない。
「かわりに、私を団長の代わりにしろ」
 大笑いしそうになった。たしかに団長とは背丈も似ているし、顔も見えないようにしている。
 だが、戦場に愛人が立てるとは思えない。初めての戦場で殺されるのが落ちだろう。
「わかった。殺さないでおいてやる」
 面白かった。ただただ、愉快だった。だから、知らないうちに答えていた。
 愛人はにやりと笑う。「じゃあ、返すぞ」左手の小剣を差し出した。
 その剣を受け取ってから気付く。これは僕のだ。愛人を殺せば僕は犯人になっていたのか。
 だが、抜け道は無数にある。今殺される事も考えられないのか。それとも、殺されたいのか。
 根性があって、よく考えていて、抜けていて、綺麗で。
 早く生まれただけで、王に仕える事になった兄の言葉が蘇る。お前は主君を見つけられない。
 こいつに賭けてももいいと思った。
「私の喉をつぶしてくれ。自分では出来ないからな」
 僕は膝をつく。「御意」
 主君を見つけたぞ、ざまあみろ。

145 No.42 天使のような少女 (1/4) ◇667SqoiTR2 06/12/10 23:45:14 ID:4McSGALH
 おれの傭兵団は王国貴族の仕事で、賊の狩りにいった。
 何時ものように何時ものごとく、賊どもを皆殺しにした帰りに、問題が発生した。
 待ち伏せだ。おれたちは嵌められた。副長がいない隙をつかれたのだろう。
 おれたちはなすすべもなく、ケツをまくって逃げる。
 誰も命令を下さなくても、同じ方向に逃げる。副長のいる、キャンプ地へと。
 それが最良の手だ。逃げて逃げて、やっと到着する。
 おれは副長のテントへ走る。待ち伏せにあった事を言うと副長は顔をしかめため息をつく。
「賊の狩りも出来ないんですか、団長。今から潰しに行きましょう」
 副長は駆け足でテントから出て行き、直ぐに戻ってくる。
 そして、損害を言った。死んだ人間の名前を頭に刻む。傭兵団の十五、十六、十七人目の死者。
「団長、しっかりしてください。また、何も命令しなかったのでしょう」
 おれのこの濁った声を響かせたくない。耳が腐る。
 おれが言うと副長は顔をしかめため息をつく。
「じゃあ、行きますよ」傭兵団は副長に率いられる。
 そして、あっと言う暇もなかった。全てが生け捕りにされていた。
「その少女は賊の人質みたいです。賊どもの処分は団長に任せます。では、僕は眠たいので寝ます」
 おれは近くの傭兵に小声をかける。こいつらを料理しろ。傭兵は顔を引きつらせて、走っていく。
 聞くものを不快にさせる声のせいだ。くそったれ。独り言をつぶやく。
 その独り言は少女に聞こえたらしかった。顔を引きつらせている。仕様が無いだろ。体質だ。
 おれは少女に背を向ける。「待って」少女が言ったらしかった。
「あなたと一緒にいてもいい」か細い素敵な声だった。おれはうなずく。慈悲でも何でもよかった。
 おれの声を聞いて一緒にいてもいいといった人間は初めてだ。それから会話をした。
「あなたは団長なの」「一番えらいのね」「私と一緒にいた人達はどうしたの」「私、怖い」
 会話が一段落し、俺は言う。ちょっと歩こうか。
 おれは少女と一緒に副長のテントまで歩く。寝ている副長に言う。こいつをおれの愛人にする。
 少女は呆然としている。それでもいい。まともに言葉を発したのは初めてだ。だから、おれはそうする。
 これから、少女と始めての食事だ。
 おれたちを待ち伏せしたくそったれを、おれと少女を引き合わせた恩人を食おう。

146 No.42 天使のような少女 (4/4) ◇667SqoiTR2 06/12/10 23:46:00 ID:4McSGALH
 男が振り上げた剣は私の頭の上の地面に突き刺さった。死んでもよかったのにと少し思う。
 副長が男の腕を斬ったらしかった。腕のついたまま、剣は私から外れたらしい。
 私は起き上がり、馬を見る。馬はもう走れないようだ。副長を見る。それだけで伝わるはずだった。
 副長はうなずいた。「野郎ども、突撃だ」喋れない私の代わりに最期の仕上げをした。
 傭兵団は走っていく。敵の弱点であるはずのところへ。
 名の知れた、その突撃は力強い。全てが理想通りだ。
 通った後は虫も残らない。狂的なまでにあたりを殲滅する。
 みんなみんなばらばらになる。みんなみんな死んでいく。
 私のせいで、私のわがままで。
 だが、それも直ぐに終わる。
 避ける隙間も無い。病的なまでの矢が降り注いだ。
 傭兵団は走る。走って死ぬ。
 私が傭兵団に間違った情報を教えたからだ。
 傭兵団が死んでいく。私の駒として。私の恨む相手として。
 みんなが私を生かすために、人質と偽ってこの傭兵団に引き渡されたときから、死んだように過ごした。
 信用を得るため、疑いを晴らすためならどんなことでもやった。
 その復讐がかなった。
 やっと過去を振り返れる。やっと後悔できる。やっといえる。
「――」

<了>



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