【 プリンの価値は 】
◆VXDElOORQI




140 No.41 プリンの価値は (1/3) ◇VXDElOORQI 06/12/10 23:30:23 ID:4McSGALH
 妹が台所をウロウロしている。戸棚や冷蔵庫を開けてなにか探しているようだ。
 しばらく台所をウロウロしていたが、どうやら探し物は諦めたらしい。妹は自分の部屋
に戻るためにテレビを見ていた俺を前を横切った。いや横切ろうとして止まった。動きだ
けじゃなくて視線もひとつの場所をジーっと見つめている。その視線は俺の手を、いや俺
が持っているプリンを捉えていた。
「え、なに、どうかしたのか?」
 妹は黙ってじっとプリンを見つめていたが、
「……別に」
 そう言うと自分の部屋に戻っていった。

 次の日の朝。
「おはよう」
 俺の挨拶に妹は答えず、俺のこと恨めしそうな目でじっと睨みつけると、そのまま洗面
所へと消えていった。
 なんだ。俺がなにかしたのか。元々そんなに感情表現豊かな妹ではなかったが、昨日は
までは「……おはよ」って挨拶してくれていたのに。
 妹は朝食の席についても「いただきます」と「ごちそうさま」以外はなにも言わず、黙々
と朝食のトーストを食べていた。結局、俺と言葉を交わさず、「いってきます」の言葉もな
く学校へ行ってしまった。
 妹がいなくなった食卓で俺は考える。今の態度から俺に対して怒っているのはわかる。
だが俺のなにに怒っているのか。それがわからない。まったく心当たりがない。心当たり
はないが、妹は八つ当たりや、気分で身勝手に怒ったりはしない。きっと俺がなにかした
のだろう。さて、どうやって機嫌を直してもらおう。

 なんにも思いつかない。どうしよう。
 今、妹はなにも言わず黙々と夕食を食べている。
 気まずい。めちゃくちゃ気まずい。
 なんで怒っているのか、相変わらず心当たりは見当たらない。こうなったら残された手
は一つ。
「あ、あのさ。なんで怒ってるの?」

141 No.41 プリンの価値は (2/3) ◇VXDElOORQI 06/12/10 23:30:35 ID:4McSGALH
 直接聞く。これ最強にして最凶。うまく行けば一発で状況解決。だが今より悪化するか
もしれない諸刃の剣。
 妹の返事はない。妹はなに言わず、なにも変わらず黙々と箸を動かすだけだけ。
 やっぱり、やるんじゃなかった。
「ごちそうさま」
 食器を片付け、部屋から出て行く途中、妹は扉の前で立ち止り、
「……プリン」
 そう呟き、自分の部屋に戻っていった。
 プリン? プリンは昨日の夜食べたけど。ひょっとしてあれって、妹の?
 俺は急いでゴミ箱を漁る。幸いゴミの日は明日。まだゴミは残っている。
「や、やっぱり」
 ゴミ箱から見つけたプリンのフタにはしっかりと妹の名前が書いてあった。
 プッチンすることばかり考えていて、フタの名前にまったく気付かなかった。
 だが、これでやっと妹が怒っている理由がわかった。
 理由がわかったらやることは一つ。
 プリン買いに行こう。

 買ってきた。全速力で走って、駅前のおいしいと評判のプリンを買ってきた。
 で、今は妹の部屋の前。なんの変哲もない扉からは威圧感みたいなものが出ている気が
する。いや、俺が怯えているのだ。これで妹に許してもらえなかったらもう打つ手なし。
お手上げ、白旗、そんな感じ。
「なあ、ちょっといいか」
 ほんの少しだけ扉が開く。そこから見える妹の姿もほんの少し。
「プリン買ってきたから一緒に食べよう。リビングで待ってるから」
 妹は少し、ほんの少しだけ、首を縦にふった。

142 No.41 プリンの価値は (3/3) ◇VXDElOORQI 06/12/10 23:30:49 ID:4McSGALH
「おはよう」
 寝起きの妹にいつも通りの朝のあいさつ。
 寝癖で少しはねた髪、寝惚け眼の妹は静かに口を動かす。
「……おはよ」

おしまい



BACK−製菓班実験中 ◆dT4VPNA4o6  |  INDEXへ  |  NEXT−天使のような少女 ◆667SqoiTR2