【 懺悔の先に光りあれ 】
◆InwGZIAUcs




130 No.39 懺悔の先に光りあれ (1/5) ◇InwGZIAUcs 06/12/10 23:22:58 ID:4McSGALH
 馬車や人の行き交う比較的賑やかな街の裏、物静かな一角にその教会は佇んでいる。
 その日、医学生であるハントは教会の懺悔室で跪いていた。
 樹の網で遮られた窓の向こう、そこに浮かぶシスターの影に自分の罪を告白をするために。
「私はハントというしがない学生です。昨日、とても重い罪を犯してしまいました」
 沈痛な面持ちでハントは語る。
「愛している女性に一生残るかもしれない傷を負わせてしまったのです」
 それはとても不運な事故といえた。
 ハントは実習講義のためこの街に留学しており、近くの病院に常駐していた。
 そんなある日、病院内で偶然出会い頭にぶつかってしまった女性の顔に、
手にしていた強酸を誤ってかけてしまったのだ。
 それにより彼女の顔は、右半分が焼けてしまい、今は病院勤務を休業しているという。
 そして何よりどういう因縁かその女性、ソフィアは、ハントの想い人であった。
「それ以来私は彼女に会っていません。家に尋ねても帰されてしまう……当然だと思います。
ああ、私は彼女になんてことを――」
 涙で視界だけでなく声も滲む。
 するとシスターは、控えめながらも美しい声でハントに告げた。
「残念ですが……あなたの罪は許されない程重い物かもしれません」
「わ、私は一体どうしたら――」
「出来るのは、相手に誠意を尽くし祈ることだけです……許される日が来ることを私も祈りましょう」
 ハントは、涙で濡らした瞳を深く瞑ると、跪きながら力強く手を組み祈りを捧げた。


 それからというもの、ハントは毎日のように教会に通い祈りを捧げた。もちろん罪を償うため、
ソフィアの家を尋ねるのも忘れてはいないが、彼女に不振さを与えない程には頻度を抑えていた。
 そして一ヶ月経った今も、その足は続いている。
 いつの間にか痩けた頬が痛々しくもあるハント。彼は懺悔室でいつものように跪いていた。
「私はこの街に留学していますが、もうすぐ帰らなければなりません」
 はあ、と想い溜息を漏らすと、シスターは珍しく疑問を投げかけた。
「いつ……いつ帰られるのでしょうか?」
 跪きながらハントは答える。

131 No.39 懺悔の先に光りあれ (2/5) ◇InwGZIAUcs 06/12/10 23:23:20 ID:4McSGALH
「はい、一週間後に発つ予定です」
「もう一つお聞かせ下さい。あなたはまだその女性を愛していますか?」
 多少目を丸くして、はにかみながらハントは口を開いた。
「私は今でも彼女を愛しています。せめて帰る時までに、その告白と償いをしたいものです」
 シスターは尚も問いかける。
「無粋なことばかり聞いて申し訳ありません。何故その女性を好きになったのでしょうか?」
「は、はい。彼女は病院で勤務していました。どんな患者さんにも分け隔てのない笑顔に私は目を奪われました。
その笑顔に希望を見た人は沢山いたでしょう。私もその笑顔に、人柄に惹かれました」
 もはや懐かしい光景が頭に浮かび、ハントの頬に滴がつたう。
「そうですか……では、私もその思いが届くようにお祈りいたしましょう」
 シスターはハントと同じく手を強く組み、祈りを捧げた。


 一週間という時間はあっという間に過ぎていった。
 出発の前にシスターへのお礼と最後の懺悔を兼ねて、ハントは懺悔室を訪れた。
 するとそこには、誰かを待つように一人の女性が立っていた。
「ソフィア……さん?」
 思わずハントはその名を呼んだ。そして不意を突かれ狼狽する彼をよそに、彼女は控えめながらも美しい声を紡ぐ。
「私はもう大丈夫です」
 驚くことに、彼女の顔には焼けた傷など無く、雪のように白い綺麗な肌であった。
 彼女は少し寂しそうな表情をしていた。。
「あなたのお気持ちと誠意は、失礼ながらここのシスターとして何日も聞かせて頂きました。
もうあなたは気を病む必要はありません」
 そう言って俯く彼女に、ようやくハントは声を絞り出しす。
「ほ、本当に、本当に良かった!」
 安堵する気持で心が満たされていくのを実感するが、ハントは震えていた。
そう、今言っておかなければ後悔することがあるのだ。
 そう自分に言い聞かせ、ハントは続けた。

132 No.39 懺悔の先に光りあれ (3/5) ◇InwGZIAUcs 06/12/10 23:23:33 ID:4McSGALH
「私は今日この街を発ちます。怪我をさせてしまった手前、こんな事言う資格なんて無いのかもしれないけど
言わせて下さい。あなたが大好きです……そしてごめんなさ――」
 嗚咽が混じり最後は声になっていない。しかしその気持は痛い程彼女に伝わっていた。
「あの、気持はとても嬉しいです……でも応えることは出来ません。……さようなら」
 ソフィアは頭を丁寧に下げ、懺悔室を出て行った。
 ハントも、涙を拭いその場を後にした。


「これで良かったのでしょうか?」
 そこは先程までハントのいた懺悔室。呟いたのは、先程ハントに別れを告げた女性である。
 その隣には、顔の右半分を白い布で捲いている、本当のソフィアがいた。
「……うん、ハントさんがとてもいい人で良かった。この傷も、最初はとても悲しかったけど……もういいの」
 どこか泣いているようにも聞こえるその声は、どこか切なさを纏っていた。
「そうでなくて! 姉さんはハントさんに惹かれていたのでしょう?」
「そんな事に気を使わないで……でもありがとう。それにしても人の変わり身なんて
聖職者のレイシアに頼んだら罰があたっちゃうかな?」
 おどけてみせるソフィアに、レイシアと呼ばれた女性は首を振った。
 部屋は今、ソフィアとレイシアの二人だけである。そんな二人の容姿は全く同じと言って差し支えはなかった。唯一
の違いは、ソフィアの顔に捲かれた布と、着る衣服だけである。そう、彼女達は同じ顔をした双子の姉妹であったのだ。
 妹のレイシアは切実な眼で姉のソフィアに訴える。
「そんな事はどうでもいいの!姉さんは毎日彼の懺悔を聞くために、
いえ彼に会うためここに訪れていたのでしょう? だったら!」
 初めはシスターである妹のレイシアから聞いていたハントの懺悔であったが、それを聞くうちにソフィアは
自分の耳で聞きたくなったのだ。レイシアも、ソフィアにはその権利があると思い、ここに居ることを許していた。
「……嫌ね。双子は時々考えていることまでなんとなく解ってしまうもの。
でもねレイシア? たとえ私がハントさんに惹かれていたとしても、醜い私を好きでいてはくれないわ」
 するとレイシアは、俯くソフィアの肩を抱き……泣いた。
「そんなことありません……姉さんも聞いたでしょう? 一週間前のハントさんの言葉を」

133 No.39 懺悔の先に光りあれ (4/5) ◇InwGZIAUcs 06/12/10 23:23:44 ID:4McSGALH
 一週間前、レイシアは自分の判断でハントの気持を聞いたのだ。ソフィアには「何故あんなことをきいたの?」と
攻められはしたが、レイシアはどうしても確認しておきたかったのだ。
 そもそも最初レイシアは、姉を傷つけたハントに怒りを覚えていた。
しかし、誠実な青年だと知り、姉への想いを知り、その心は変わっていった。
 ハントはきっと姉を幸せにしてくれる。そう思ったのだ。
「姉さん、勇気を出して。きっと、きっと大丈夫だから」
 レイシアは後悔していた。ソフィアの代わりにハントを許したことを。
頼むソフィアの意志は固くとも自分の口で言わせるべきであった事を。
 しかし、済んでしまった事はどうしようもなかった。姉の傷が消えないのと同じように。でも、ここで何もしなかったら
ソフィア姉さんはきっと後悔する。と、レイシアは思う。ソフィアが大好きなレイシアは、その事がただただ辛いのだ。
「今ならきっと間に合う、だから姉さん!」
 痛いくらいに抱きつくレイシア。
「私は――」


 半年という実習講義は短い間だったが、色々な事があった。と、ハントは思う。
 病院の一室に設けられた自室から見える風景にソフィアはいない。傷が癒えた彼女に許されたとはいえ、
やはり気残りは多分にあった。第一、想い人である彼女をそうそう忘れられる筈もない。
「またいつか戻ってこよう」
 ハントは彼女のその後を見守るつもりだった。今はただ、彼女に幸せになって欲しいと思う。
 ハントは用意してある荷物を担ぎ病院を後にした。が、出口の前で立っている女性に気付く。
 手にした荷物がドサッと落ちた。
「ソフィアさん?」
 その女性の顔には顔半分に布が捲かれていた。
 ハントは大いに混乱した。つい先程傷の完治したソフィアに会ったばかりである。
「私……あなたに謝らなければいけないことがあります」
 ソフィアはぎゅっと唇を噛みしめて、自分の本当を告げた。


 普段は物静かな教会も、今日ばかりは沢山の人で賑わっていた。

134 No.39 懺悔の先に光りあれ (5/5) ◇InwGZIAUcs 06/12/10 23:24:24 ID:4McSGALH
 普段は物静かな教会も、今日ばかりは沢山の人で賑わっていた。
 幸せそうな二人を祝福するベルが鳴り響き、ブーケが宙を舞う。そのブーケは、
嬉しそうに微笑んでいたレイシアの手元に落ちると、少し困った顔をして彼女は笑った。
 多くの友人や親族に囲まれて、新郎と新婦は馬車へと続く赤い絨毯を歩いている。
 新郎であるハントは、横に並ぶソフィアを見つめていた。大部薄くなった顔の傷は隠されていない。
 ハントがプロポーズした時、ソフィアはこう言った。
「私、今はあなたと出会えたこの傷が愛おしくも思えます」
 そんな彼女を幸せにしたいという想いは、ハントの中でより大きく、何ごとにも代え難いものへと成長していた。
 その時、純白のウェディングドレスを纏ったソフィアは、ようやくハントの視線に気付き頬を染める。
「前向いて下さい。転んでしまいますよ?」
 その言葉を待たずにハントは転んでいた。周りの友人に笑われ、一層場が和む。
 ハントは慌てて起きあがり、苦い笑みを浮かべた。
「ほら、しっかりして下さい」
 タキシードをはたく面倒見のよい彼女に、ハントは耳元でそっと告げた。
込み上げる胸一杯になって行き場のない想いを吐き出すように。
「幸せになろう……ソフィア」
 少し目を丸くして、ソフィアは頷いた。ハントの大好きな笑顔で……。


終わり 



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