【 beyond the uld 】
◆JBE2V7aE2o




97 No.30 beyond the uld (1/5) ◇JBE2V7aE2o 06/12/10 20:25:53 ID:4McSGALH
子供たちがいなくなった夕暮れの公園
そこに二人の男女がいた。
「優君、私ね。好きになっちゃった」
公園に呼び出された俺は幼馴染に告白された。
10数年間、兄妹のように一緒に育ってきた、隣に住む女の子 花梨。
その彼女の突然の告白に、俺は驚いていた。
今までそんな素振りなど、まったく見せていなかったから。
俺は花梨を異性として意識していたけど、花梨は俺の事なんか
男として見ていないだろうな、と思っていた。
「今日ね、駅前の本屋さんで見かけた人なんだけど、すっごい格好良かったの! 一目惚れ」
うん、思っていたとおりだった。
俺の先走り思考と勘違い思考は今日も快調だ。
だが、その思考もすぐに止まった。
花梨が発した言葉の中に気になる単語があったから。
「お前、今、一目惚れって言った?」
花梨は太陽も負けるほどの明るい笑顔で答えた。
「うん! 一目惚れ。フォーリンラブ」
その言葉を聞いた俺は、先ほどの告白とは比べ物にならないくらいの衝撃を受けてその場に崩れ落ちた。

2050年、日本は低齢化社会に変化していた。高齢化社会を防ぐ目的で行われた
子作り支援策が過剰に成功した結果、日本人口の5割は18歳以下になっていた。
労働者ではない層の異常な拡大によって
食料の需要と供給のバランスが完全に崩れ
これ以上の増加は国にとって危険だった。
そこで政府は、増加を防ぐため婚姻許可年齢の引き上げ、
出来ちゃった結婚の処罰化、そして一目惚れの禁止。
今の日本で、一目惚れは犯罪行為なのだ。
刑罰は執行猶予なし、裁判なしの死刑直行。
何故、一目惚れだけがここまで極刑なのか、わからないが、逮捕されると死刑だった。

98 No.30 beyond the uld (2/5) ◇JBE2V7aE2o 06/12/10 20:26:03 ID:4McSGALH
俺は花梨を連れて部屋まで急いだ。
誰にも見られない、聞かれないように窓にはカーテン
ドアはしっかりと鍵を閉める。
そして、花梨に感情むき出しで言った。
「お前、一目惚れが犯罪だって知ってるのか! 見つかったら殺されちゃうんだぞ! いいのかよ!」
息を荒げながら悲壮な顔をして言葉を紡ぐ俺とは対照的に花梨は笑顔だった。
「馬鹿な私だって、それぐらい知ってるよ。でも、好きになっちゃったんだもん」
この能天気娘は……、昔からそうだ。
思い立ったら一直線、周りを巻き込んで突き進む暴風娘。
こいつの行動に振り回され何度、危険な目にあった事か。
「ねぇ、優君。手伝って、お願い」
目を潤ませ上目遣いで俺を見上げる花梨。その姿は、名の通り花のように可憐。
何度も、このお願いに騙されてきたが今回は違う。命が掛かってるのだ。
「駄目! いいか。一目惚れしたなんて周りに聞かれたどうするんだ。もう忘れろ」
「このわからずやぁ〜。こうなったら……」
どっちが、わからずやだと俺がツッコもうとすると
花梨は着ていた上着を脱ぎ、少し胸元をはだけさせ、こちらを向いた。
「優くぅ〜ん、お願い〜」
何とも甘ったるい声、その異常なまでの可愛らしさに陥落しそうになったが俺は何とか耐えた。
だがこれ以上この姿でお願いされては耐えられないと思ったので視線を下に落とす。
その時、上着を脱いだ事によって見えるようになった花梨の左腕に、大きな傷跡が見えた。

99 No.30 beyond the uld (3/5) ◇JBE2V7aE2o 06/12/10 20:26:15 ID:4McSGALH
その傷跡を見る度に思い出される己の不甲斐なさ。掘り起こされる過去の記憶。

「花梨ちゃんは僕が守る」
「流石は未来の旦那様。格好いい〜」

        「うわぁぁぁぁ、こっち来るなぁぁぁ」
        「優ちゃ〜ん、置いてかないで〜。うわぁぁぁぁん、痛いよ〜」

    「優! お前、女の子を置いて逃げるなんて最低だぞ!」
    「だって、怖かったんだもん。あんな大きな犬に僕が勝てるはずないよ」

 「気にしてないよ、優ちゃん。ほら、公園に行こう」
 「え……、あ……、うん」

そうか、これは…。今度こそって神様がくれたチャンスなのかな。
「わかったよ。協力する。だけど、俺の言う事を聞くんだぞ」
「やったぁ。優君、大好き〜」
お前が好きなのは本屋にいた男だろ…。
花梨に人前では一目惚れした事は口にしないこと、想い人に気持ちを伝えるときも
一目惚れで好きになったことは隠すことを約束させた。
残る問題は、警察の一目惚れ捜査班ラブハンター、通称LH。
連中は人を見ただけで、その人物が一目惚れしいるかどうかを判断できる力があるらしい。
ただでさえ解りやすい行動を取る花梨だ、LHに見つかったら即座にばれてしまうだろう。
俺はLHに見つかる前に花梨と本屋の男を恋愛関係にする事が良いと判断。
とりあえず、噂の男がどういう人物なのか知る事にした。
情報は、たったの二つ、本屋の漫画コーナーにいた、見た目が花梨の好み。
詳しく聞こうにも花梨自身も一度しか見ていないので解るはずもなかった。
しかし、ここで不思議な事に気付いた。今日、駅前本屋の漫画コーナーに俺もいたのだ。
そこには花梨の好きな長身イケメン美男子Z(Zは意味不明)は、いなかったはず。
そんな超人類がいたら一目でわかるだろうと情報収集のため、俺は次の日から本屋で対象が現れるのを待つ事にした。

100 No.30 beyond the uld (4/5) ◇JBE2V7aE2o 06/12/10 20:26:27 ID:4McSGALH
放課後の張り込みを開始してから早一週間、進展はまったくなかった。
待てど暮らせど一向に現れない。
商品も買わないで毎日通っているおかげで店員さんからは邪険に扱われている。
早く来てくれ、待ち人よ!と、思いつつ今日も漫画を立ち読みしながら待つ。
「ゆーうくん!お疲れ様ぁ〜。」
花梨が小走りで寄ってきた。
「おい、ここへは来るなって言ったろ。お前が男を見ているところをLHに見られたら終わりだぞ」
「ん〜、平気だよ〜。きっと来ないし〜」
まぁ、その通りで今日も進展なく花梨と帰路に着くことになった。
他愛もない世間話をしながらゆっくりと二人で歩く。
こんな時間がずっと続けばいいな、などと俺は考えていた。
途中で見つけた露店で買ったアイスクリームを食べながら歩いていると
前の曲がり角から犬を連れた警察官が現れた。
俺は突然の出来事とその最悪度、それを予見できなかった自分に嫌気が差した。
まずい、この警官がLHだとすると、連れている犬は一目惚れ捜査犬かもしれない。
思考していると突然、犬がこっちに向かって走ってきた。警官が持っていた手綱から離れ一直線に。
もう考えている暇などなかった。頭の中は、二度と同じ失敗はしないという事だけ。
「花梨! 逃げろ、ここは俺が食い止める。お前は絶対に逃げろ、捕まるな!」
花梨の体を後ろ押して走ってくる犬と花梨の間に入るように立った。
「逃げない! 今度こそ花梨を守るんだ!」
背中にまだ気配を感じた。まだ逃げてないのか、と思い逃げるように言おうとしたが
犬に飛び掛られた俺は、言葉を発することができなかった。
のしかかられ倒れた時に後頭部を打ったのか意識が朦朧としている。
花梨の叫ぶような事が聞こえたが、よくわからなかった。
最後に残った意識で自分の上で動いている犬を力いっぱい抱きしめて花梨の元へは行かせない様にする。
そこで俺の意識は途切れた。

101 No.30 beyond the uld (5/5) ◇JBE2V7aE2o 06/12/10 20:26:38 ID:4McSGALH
気がつくと俺は何か柔らかいものの上に頭を乗せられていた。
目の前には花梨の顔、どうやら膝枕をされているようだ。
「あ〜、優君。起きた? どこか痛いところある〜?」
なんだ、このいつもと変わらない能天気さ。
あれ…、犬は?LHは? まだ混乱している俺は花梨に質問攻めをした。

花梨の話を聞いた俺は、あまりの恥ずかしさにどこかに隠れる穴を掘りたかった。
あの警官は普通の警官で、連れていた犬も近所で捕まえられたばかりの野良犬、
野良犬は警察官に引き取られて帰るところだったのだが、そこに甘いお菓子を持った
俺らが登場、アイス目当てに犬が飛びついてきただけだったらしい。
完全に俺の早とちりだった。
その上、野良犬に飛びかかられて気絶。目覚めたら好きな女の膝の上……。はぁ、格好悪い。
「もう、大丈夫だよ。っと、あれ。ここはいつもの公園じゃん」
「警察の人が運んでくれたんだよ〜」
そうだよな、花梨一人で運べるはずないな、と納得しながら起き上がる。
「今回は運が良かったよな。あれがLHだったらと思うと……。早いとこ、お前と本屋の人をくっ付けないとな」
「ん〜、それはもういいかも〜。……探しても見つかるはずないしね」
後半が小声で聞こえなかったので、もう一度言ってくれ、と頼んだが花梨は教えてくれなかった。
「そんな事より、守ってくれてありがとう」
「ん……、ああ。あの時、守ってやれなかったから今度は、今度こそ逃げないって決めてた」
花梨が顔を少し赤らめて俺に背を向けた。そして、そのまま俺に向かって言った。
「流石は私の旦那様」
突然、言われた言葉に俺は困惑した。
「え……。今、旦那って」
「傷物にされちゃった私は責任を取られて貰われていくの〜」
そう言うと花梨は俺達の家の方へ走り始めた。
「待てって! お前が好きなのは、お前が旦那にするのは本屋にいた男だろ。なんだよ、今の言葉」
俺は花梨の後を追って走っていく。どうやらこれからも、この暴風娘に振り回され続けるようだ。

                          了



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