【 カエルの子 】
◆dx10HbTEQg




94 No.29 カエルの子 (1/3) ◇dx10HbTEQg 06/12/10 18:54:24 ID:NtJC36xc
「最近の若い奴は、なっとらん。昔はみんな、もっとしゃんとしていたぞ」
「はあ、そうですねえ」
 何度目とも知れぬ愚痴に、男はため息を飲み込んだ。そして、男の父親の手には、デフォルメされたカエルの機械。今度は、何を作ったのだろうか。
 老父は、退職してからというもの、しょっちゅう男のもとへと訪れていた。この前は空飛ぶペンギンのロボットを作っていたし、その前は毛ガニの戦闘機
の設計図を持ってきて、材料費を出せと迫ってきたのだ。特に意味などない、単なる暇つぶしの趣味。そんなものに付き合わされる方は、たまったもの
ではない。
「だからな、わたしは画期的な道具を発明したのだ。すごいだろう?」
「……はあ、そうですねえ」
「これが何か分かるか?」
 そんなことを言われても、分かるわけがない。分かるわけがないが、正直に言うと父親は怒る。どうしたものかなあと、悩む。
 おそらく形に意味はない。見た目はいつも、気分で決められているようだったから、問題は機能だ。
 困り果てて考えこんでいると、老父は眉間に皺を寄せた。結局怒らせてしまったらしい。
「分からないなら、はっきりと言え」
「……はあ」
「わたしに、何か言うことがあるだろう」
「ええと……。分かりません、でしょうか?」
「違う!」
 一体全体なんなのだ。彼の考えていることは、さっぱりだった。昔は、父親が作る色々な機械に憧れていた。男にとって、父親は師であり、目標であった。
 だというのに、今ではこんな体たらく。わけの分からぬおもちゃを作り、わけの分からぬことを主張する。ツバを飛ばしながら、彼は男をののしった。
「そんなだから、世の中はだめになるんだ。もっと他人のことを思いやれ、バカモノ!」
「はあ」
「だが、これを常に持っていれば大丈夫だ。お前の代わりに、お前がやるべきことを為してくれるのだ」
 彼は無理やり男にカエルを押し付け、出て行った。冷たい金属の感触が、すっぽりと手に収まる。鞄に入れるにも、邪魔にならない大きさだ。
 まあ、気は進まないが、尊敬していた父親の命令だ。親孝行とでも思って、しばらくは従おうと決心する。しかし、これは一体なんの道具なのだろう……。

95 No.29 カエルの子 (2/3) ◇dx10HbTEQg 06/12/10 18:54:36 ID:NtJC36xc
 その機能は、すぐに分かった。
 混雑した道を歩いている時、女性とぶつかった。そんなことは、いつものことであったから、男は何も言わなかった。
「ごらんなさい!」
 唐突に、男の声が響いた。しかし、男は口を開いてなどいない。不審げに、女性を始めとした周りの人たちが注目した。
 一番驚いたのは、彼自身だ。誰かが、口真似をしたのだろうか? それにしては、似すぎていたが。
 カエルの機械の仕業だと気付いたのは、次の時だった。コンビニで棚に陳列された商品を落としてしまったのだが、面倒だったので通り過ぎようとした。
「ごらんなさい!」
 その言葉通り、周囲の視線が集まり、片付けざるを得なくなってしまったのだ。さすがに二度目ともなると、男も真剣に考える。昨日までは、こんなこと
はなかった。では、昨日と違うことは?
 鞄に放り込まれたままのカエルと、目があった。こいつか、と取り出して眺めまわしたり叩いたりしてみたが、何も起こらない。特定の場合に応じて反
応するのだろうか。分解すれば分かるかもしれないが、そんなことをすれば父親が何を言うか。
 きっと、何か思惑があるのだろう。そう思って、男はもう一度カエルを鞄に入れなおした。


 だが、一週間我慢しても、その道具は何の利益も男に与えなかった。それどころか、男に迷惑ばかりかける。
 失敗を上司に怒られている時のことが、決定打となった。
「お前は、どうしていつもこんなにミスばかりを繰り返す。せっかく、お前を信用したというのに……」
「ごらんなさい!」
 最悪なタイミングだった。怒っている人間相手に、言って良い言葉ではない。自分ではないと弁解したかったが、声は男のものなのだ。信じてくれるは
ずがない。
 とっさにカエルを地面に叩きつけたが、時すでに遅し。
 案の定、上司は“ざまあみろ”といった意味で捉え、男に怒鳴った。
「ふざけるな。馬鹿にしているのか!」
 顔のへこんだカエルが、解雇を言い渡された男を、歪な口で笑っていた。

96 No.29 カエルの子 (3/3) ◇dx10HbTEQg 06/12/10 18:54:52 ID:NtJC36xc
 次の日、男は父親の家へと訪れた。会社には、行かなくてもいい。行きたくても、行けなくなってしまったのだ。
「お父さん、この道具は結局、なんだったのですか。このせいで俺はめちゃくちゃだ」
「なんだと! わたしの発明に、ケチをつける気か!」
 言い争いは、加熱する。男はカエルを馬鹿にし、老父はすばらしさを語る。壊したことが知れ、さらに彼の怒りは増した。
「この、親不孝ものめ! 育て方を、間違ったか」
「ごらんなさい!」
 またもや嫌なタイミングで、カエルは叫んだ。
 少し凹ませた程度では、お喋りな口を閉ざすことはできなかったらしい。声は内臓されているのだろうから、形は関係ないのかもしれない。
 育ててやった恩を感謝するところか、馬鹿にされたと思った父親は、怒鳴る。
「何がごらんなさいだ!」
「お父さんの作ったおもちゃでしょうが! これは一体何なのです!」
 老父は、ぴたと口をつぐんで、男の手からカエルを奪い取った。
 そして、黙って扉を閉め、男を追い出した。


 家に帰った男は、自室にこもって怒っていた。あの父親の様子では、カエルは失敗作だったのに違いない。なのに、言うべきことも言わずに逃げるな
んて、許せなかった。
 ならば、そのために役立つ道具を作ろう。然るべき場面で、然るべき対応を求める機械だ。父親の真似をして育った男は、機械弄りが得意だった。
 形は、皮肉をこめてカエルにすることにした。声も、必要性はなかったが、どうせだから老父と似せたものを作った。突然自分の声がすればびっくりす
ると思い知ればいいという、ちょっとした報復だ。
 幸か不幸か、仕事を首になったせいで、時間は有り余っている。あの父親に、常識というものを教えてやろうと、男は黙々と作業し続けた。


 その数ヶ月後。年老いた男の声が、辺りに響き渡った。
「げざいしなさい、げざいしなさい!」



とっぴんぱらりのぷう



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