【 代償 】
◆.vhsqlU7Ps




85 No.27 代償 (1/4) ◇.vhsqlU7Ps 06/12/10 12:24:07 ID:cQlvBXis
 この店はいい肉を出すと聞いてやって来た。
 街外れのステーキレストラン。まったく流行らなそうな店構えではあるが、
それは見かけだけであると私は確信している。
 クチコミというものは侮れない。私が持つ、とある情報ルートから入ってくる店の噂話は、ほとんど的中する。
この店だって、そのルートから絶大な支持をもって推薦されたのだ。外れであるはずがない。
 車が大量に止まっている店の脇の駐車場に車を停め、暗く怪しげな店構えから分かりにくい入り口を探し出し、扉を開けた。
店の中は、今流行の、という風ではない。が、外観から与えられるイメージほどには暗くも怪しくもない。
普通の大衆料理店といったような雰囲気である。
 本当にここで、うまい肉を食べさせるのか。少しだけ私の心に疑念がわいた。
 「いらっしゃいませ。どうぞカウンターに」
 店主と思しき男がにこやかに招きいれた。どうぞカウンターにもなにも、この店にはカウンター席しかない。
店の外側の大きさからは考えられないほど狭いのだ。店の外観からはファミリーレストランくらいの広さを想像していたのだが、
実際にはカウンター席だけだ。どう多く見積もっても十五席ほど。なんとも変な構造をしているものだ。

86 No.27 代償 (2/4) ◇.vhsqlU7Ps 06/12/10 12:24:20 ID:cQlvBXis
 「ここで、いい肉を食べさせると聞いてきたんだ」
 私は席に着き、ビールを注文ながら店主らしき男に言った。時間が早いからなのか、客は私以外にいない。
店主も気さくに応対してくれた。
 「そうですか。噂になるというのはありがたい事です」
 「予約も何もせずに来てしまったのだが、私が食べる分の肉はあるのかな」
 「はいございますよ」店主が微笑む。「というより、うちはいつ来ていただいても良いお肉を提供させていただきます」
 「いや、気を悪くしたらすまない。この店の肉の供給について不安だといったわけじゃないんだ。
ただ、私の聞いた情報ルートでは激賞されていたものだから、肉は取り置きしてもらわないと
食べられないのではないかな、と思っただけなんだ」
 私が弁解をすると、店主は声を上げて笑った。
 「いえいえ、気になさらないでください。私もそのような意味合いで言ったわけではありません」
ビールサーバからビールを注ぎながら店主は続ける
「お肉というものは皆さん、捌きたてが一番美味しいと思われているようですが、そうではありません。
寝かせたほうが美味しいんです。ですから当店も、お客様が何時いらっしゃっても召し上がっていただけるように、
十分な量の在庫を倉庫のほうで寝かせてあります。」
 「でも、いくら在庫があるったって、客が本当に沢山来たら大変だろう」
 「いえ。ご覧の通り当店はカウンター席しかございませんのでそもそも大量にお客様をお招きできませんし、
例えひっきりなしにお客様がいらっしゃっても、それでも大丈夫なような量は確保してございます。
肉が足りないという事だけは絶対にありえません。なんといっても当店はステーキレストランですから。
 当店にいらしたとき、外は大きいのに中はカウンター席しかないなんて、おかしいと思ったでしょ。実は、
在庫のために大きな倉庫を作っちゃったからなんですよ。それでお店のスペースがあまり取れなくて、
こんな広さのお店になってしまったんです」店主は笑った。

87 No.27 代償 (3/4) ◇.vhsqlU7Ps 06/12/10 12:24:34 ID:cQlvBXis
 「ところでお客様、この店には何でお越しですか?」
 「ああ、車だが」
 「ではビールをお出しするわけにはいきません。申し訳ございませんね」
 うっかりしていた。車で来ていては酒を飲む事は出来ない。
そういえば、この店の駐車場には沢山車が停まっていた気がするが、この店には私一人しか客がいない。
ははぁ、きっと車で来た事を忘れてつい酒を頼んで飲んでしまった人が、車を置いて帰ったのだな。
 「私も車を置いて帰る事にするよ。酒なしに肉なんて、なんだかもったいない」
私がそういって車のキーを預けると、店主はにっこり微笑んでビールを差し出してくれた。

 店主にお勧めの肉を頼んだ。しばらくして出てきたのは、噂に違わぬすばらしい肉だった。
 「これはうまい。肉がとろける!」
 大げさな表現ではなかった。霜降りというやつであろう。外に肉汁が流れ出しているわけではない。
切る前はその内部にうまみを保ったままであるのに、口に入れた瞬間閉じ込められた美味さが溢れ出し、
肉が解け始めるのだ。
 「美味しいお肉は脂身にその秘密があるといいます。筋肉質ではなく脂質が重視されるわけです。
人間で例えると、スポーツマンよりも、日ごろから運動不足で車に依存した生活を
送っていらっしゃるような方が美味しいようですね。」
 「噂は間違いではなかった。本当に自分の語彙で説明しきれないのが口惜しいほどにたまらない味だよ」
 「お褒めいただきありがとうございます。良いお肉は、たとえば牛などでもビールを飲ませて
飼育するそうでございます。贅沢に飼育したものこそ贅沢な味わいがだせるというものです」

88 No.27 代償 (4/4) ◇.vhsqlU7Ps 06/12/10 12:24:45 ID:cQlvBXis
 私は出された肉をぺろりと平らげた。おかわりを頼み、それをも自分が恥ずかしくなるくらい
あっという間に食べてしまった。
 二食分を食べた私は十分満足し、口コミ元にやはり噂は正解であったということを伝えようとおもった。
 「ふう。美味かった。本当にお世辞でなく美味かった。私も皆にこの美味さを伝える事にするよ」
 「ありがとうございます」
 「お会計をしてくれないか。このお肉はいくらなんだ」
 「はい。お肉は時価ということにさせて頂いていますが、お客様の場合、そうですね…
二人前で一億ドルとさせていただきます。キャッシュ即金でお願いいたします」 
 「ちょ、ちょっと待ってくれ。一億ドル? しかもキャッシュを即金で? そんなバカな。そんな肉がどこにある」
 「当店で扱っております」
 「いや、ここ以外でそんな法外な値段をつける店はないだろう。クレジットでも無理だが、
キャッシュで一億ドル持って肉を食いに来る客だっていやしない」
 「しかし、現にお客様は当店のお肉を召し上がりました。金額を確認もせずに召し上がったのはお客様です。
お支払いください」
 「いや、しかしそれは無理だ。そんな金持ってるわけがない。なんとかならないのか」
 「なんともなりません。お客様が召し上がったのは事実ですから。お支払いにならない以上、
帰っていただくわけにはいきません」
 「帰さないつもりか! この店は客に法外な金を要求して、その上帰さないつもりか! 
どうするんだ。俺をどうする。皿洗いでもさせる気か? 一億ドル分の皿洗いっていったら、
一体何年やりゃ良いんだ? え? 十年か? 百年か? 来世でも皿洗いしろってか? え? どういうつもりなんだおい!」
 「皿洗いなんかしていただくことは考えておりません」
 「じゃあ、一体俺をどうするつもりなんだ!」
 「ただ、今まで払っていただけなかったお客さまがたと同様、ちょっと食材になっていただくだけです。
それがまあ、一億ドル分の贖罪といったところでしょうか」



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