【 危急存亡の秋 】
◆NA574TSAGA




82 No.26 危急存亡の秋(1/3) ◇NA574TSAGA 06/12/10 05:43:54 ID:WnMuv3rL
 その作家の男は悩んでいた。
某月刊誌に抱える連載の締め切りが、明日の朝に迫っていた。
にもかかわらず、原稿は一向に完成の兆しを見せない。
「あぁー……、どうすればいいんだ」
男はパソコンの前で頭を抱えるばかりで、何の解決策も見出せない。
夕暮れ時の秋空は、カラスの鳴き声で埋め尽くされている。
それはまるで、男の作家人生の終焉を暗示しているかのようであった。

 男が抱える連載とは、「ザ・サバイバル!」という企画内での短編小説だ。
毎月編集部から出されたお題に則して数人の作家が作品を書き、
そのつど行われる読者投票の結果で次回作品のページ数が決まるという形式である。
投票で一位を取ればページ無制限で書くことができ、逆に最下位なら即連載終了となってしまう。
ちなみに先月、男の作品は下から二番目の人気であった。
この連載が現在唯一の仕事である男にとって、まさに絶体絶命の事態。
しかも今週割り当てられたページ数はたったの一ページ。
長編を得意とする男にはあまりにも不利な条件だ。

83 No.26 危急存亡の秋(2/3) ◇NA574TSAGA 06/12/10 05:46:07 ID:WnMuv3rL
 数時間経っても状況は好転せず、男の先行きは暗雲に包まれたままであった。
「『剛志は紀子に向かって深々と頭を下げ、』……駄目だ、違う!」
男はたった今書いた一文を消してしまう。
そして再び頭を抱え、思考の波へと飲まれていく。
場面はクライマックス。だがここ数日ずっとこんな調子で、話が進行していない。
男がこんなにも苦労しているのには、ページ数の制限以外にも理由がある。
今月実験的に導入された「お題を示す言葉を作品内で用いてはいけない」という規則だ。
「ったく、急にそんなこと言われたって対応できるかってーの!」
夜食のカップ麺をすすりながら、男は乱雑にキーボードを叩く――が、結局またすぐに消してしまう。
時刻はすでに午前零時を回っている。
――間に合わない。
そんな言葉が男の脳裏に浮かびはじめ、同時に襲ってきた睡魔とともに正常な思考をさまたげる。
男は重い目をこすりながら自問自答し、そしてある決意をする。
―― 一時間だけ仮眠を取ろう。焦ってもうまくはいくまい。
目覚ましをセットし、デスクに顔をうずめる。
だんだんと意識が薄れていく――

 窓の外から聞こえる鳥のさえずり。
止められた目覚まし。
客の来訪を伝えるチャイムの音で目を覚ました男は、手元の時計をしばし見つめる。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
驚愕と絶望に満ちた声が四畳半の部屋にこだまする。
窓から差し込む朝日が、放心状態の男を照らしていた。
締め切りまで、あと十分――。
そう伝える編集者の非情な声に反応し、男は「こうなりゃヤケだ」と言わんばかりのスピードでキーボードを叩いた。

84 No.26 危急存亡の秋(3/3) ◇NA574TSAGA 06/12/10 05:48:21 ID:WnMuv3rL
 結果的に最後の悪あがきが功を奏し、後日発売されたその雑誌の投票で、男の作品は一位を獲得した。
「お詫び」と題されたその作品は、たった一行で締められた短いものであった。



『作者急病のため、休載します』








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