【 古河さん、コーヒー、俺 】
◆hemq0QmgO2




81 No.25 古河さん、コーヒー、俺 (1/1) ◇hemq0QmgO2 06/12/10 02:53:14 ID:cQlvBXis
座り心地の良いソファ。窓の外から木犀の匂いがする。古河さんの部屋にいた。
セックスの後、新聞紙みたいな味のするインスタントコーヒーを挟んで、二人共煙草を吸っていた。
ねえ、と古河さんがしびれを切らしたように口を開く。
「佐久間くん、どうしてそんなに怖い顔してるの。不埒なコトに向いてないんじゃない?」
「そんなことないよ。顔は生まれつきだし、別に不埒でもない」
正直に答えた。機嫌が悪いわけでも、道徳や良心に怯えてるわけでもない。
「でも、楽しくはないんでしょう?」
「まあ…確かに楽しくはないよ」
正直に答えるべきか否か。俺には判らない。そもそも楽しい必要があるのかすら、判らないのだ。
「古河さんは楽しいの?」
「勿論。自分より若い男の子と関係する機会なんて、そうそうあるモンじゃないもの」
灰皿に煙草を押し付けながら、茶化したような口調で喋る古河さんを、可愛いと思った。
本当に、阿呆だと思われるかもしれないけれど、それだけで幸せだったのだ。
携帯電話が鳴る。間抜けな着信音は間違いなく不幸の使者だ。
「彼女でしょう?」
「いや、まあそうなんだけど。アイツ、今日は無理だって言ったのに」
帰ってよろしい、と古河さんは言った。俺が二の句を継げずにいると
「うーん、私ちょっと疲れちゃったのよねえ、歳だから」
と言って、ふふ、と笑う。
「いいのよ、所詮2号なんだから」
自嘲にも自棄にも聞こえるような科白だけれど、古河さんは相変わらず優しく笑っていた。
入口でも出口でもある場所で靴を履いて立ち上がる。
「今日は本当に」
「いいのよ、言いっこなし。彼女によろしくね」
「はは、よろしくって。冗談キツいなあ」
ドアを閉める時まで、古河さんは可愛らしい笑みを浮かべていた。
徒歩で府中駅に向かう途中、俺はどんなことを考えていたっけ?
ただ、木犀の甘い香りが、薄く漂っていたことは、はっきりと覚えている。(了)



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