【 振り下ろされる手刀 】
◆qygXFPFdvk




80 No.24 振り下ろされる手刀 (1/1) ◇qygXFPFdvk 06/12/10 02:45:20 ID:cQlvBXis
 握り締めた手が汗で滑る。背中や脇の下もびっしょりだ。鼓動はどんどん速くなり、息
が詰まる。――落ち着け、落ち着くんだ。息を深く吸って、相手を良く見るんだ……

 俺が今対峙している相手は、熊でも殺人鬼でもない。極めて可憐な、周りの子と比べて
もさらにか弱くみえるような女の子である。今から俺は、彼女に愛の告白をしようという
のだ。一世一代の大舞台。緊張するのは当然なのだ。
 彼女と知り合ったのは大学のキャンパスだった。一目見ただけで惚れてしまった。はじ
めは知らなかったのだが、彼女には生まれつきのハンデがあった。耳が不自由なのだ。
よって、意思の疎通は手話が中心になる。
 しかし、彼女はそのハンデを全く感じさせない生き方をしていた。常に明るく、彼女が
いるだけで雰囲気がよくなる。そんな女の子だった。その生き方に共感した。ずっと一緒
に居たいと思った。そして、告白しようと決めたんだ。そうだ、告白するんだ……。

 意を決した俺は、ついに声を絞り出した。音が聞こえない彼女には届かないことはわか
っている。だが、精一杯の声で告げた。
「俺、お前のことが好きだ。愛してる。付き合ってくれ」
 告げると共に、手話も付け加える。喉のあたりで右手の親指と人差し指を少し広げ、そ
の二本の指を下ろしながらくっつける――好きです。握った左手の甲を、右手でなでる――
愛してる。付き合ってくださいは、勉強したけどわかんなかった。でも前の二つで思いは
伝わったはずだ。しばらくは相手の顔を見ていたけど、堪らなくなって頭を下げた。

 永遠とも感じられる時間が流れる。いや、実際にはほとんど時間なんて経っていないの
だろう。返事が返ってくるまでの時間のなんと長いことか――。
 そのとき、空気が動いた。彼女が近づいてくるのを感じる。彼女は俺の肩に触れた。頭
をあげる。赤い顔の彼女が何か言おうとした。唇が動くが、声は聞こえてこない。
 彼女が手を動かす。手でOKマークを作る。
 そしてゆっくりとおでこに付けて……手刀を振り下ろした。

 あれ? これって……
                                        <了>



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