【 言葉に愛を紡ぎたい 】
◆/7C0zzoEsE




67 No.21 言葉に愛を紡ぎたい (1/5) ◇/7C0zzoEsE 06/12/10 02:12:59 ID:cQlvBXis
 近所に新しい一家が越してきたという。
本当にどうでもよかったのだが、なんと俺の親戚だという。
 何故こんなところに越してきたかって、
大人の事情とやらが渦巻いているらしいのだが、
それに興味を持たなくて良いのは子供の特権。
 正直、俺にはこれっぽちも関係ない話だと思っていた。
 まさか、こんな面倒なことになるとは……。

 俺の前に立っているのは、華奢な体型で色白な童顔。
いや実際に幼いのだが、年齢は俺と一つか二つほど下だと思う。
 不思議な印象を受けた。同級生とは違う、何故これほど神秘的なのか。
吸い込まれそうな深い瞳のせいかとも思う。どこか憂いて、物寂しい。

「ここに来て、日も経ってないし友達もいないから、この子と仲良くしてあげてね」
叔母が言う。やれやれ、要するに子守りだ。折角の冬休みだというのに面倒だ。
 こいつなんか生まれてからずっとここにいるのに、ろくに友達もいないわよ。
と母がからからと笑った。我が母とはいえ何と腹立たしい。
「ああ……わかったよ。おい、よろしくな」
 こいつに挨拶をしたが、ろくに返事もしない。
一体どういう了見だ、とまた煮えくり返りそうになったときに、叔母が言う。
「ごめんね。この子生まれつき病気で……口がきけないのよ」
可哀相な子なの。というニュアンスが含まれているようで、
とても重たかった。気楽な毎日を返してくれ。
「あんた、この子と仲良くしなさいよ!」
返事するのも面倒で、母の台詞も適当に聞き流した。

 自室に戻ろうとする。すると、何故かこいつがついて来る。
何でお前、ついてくるんだ。おい、こいつ、え――なんだ。
「叔母さん! この子の名前何ていうの?」
 どうやら、『優』というらしい。立派な名前じゃないか。

68 No.21 言葉に愛を紡ぎたい (2/5) ◇/7C0zzoEsE 06/12/10 02:13:09 ID:cQlvBXis
「えっと……優? 俺、部屋でゲームするけどお前も来るか?」
 優は、小さく頷いた。

 部屋でゲーム機の用意をしながら、質問をする
「お前、何歳だっけ?」
返事は返ってこない。そうだ、喋れないんだった。
 優の方を向くと、指を曲げたりして俺に突きつけてくる。
「……何やってんだ?」

 俺に伝わらないのが腹立たしいのか、俺の顔の真ん前まで持ってくる。
一体何事だ。何の儀式だ、それは。混乱している俺に、一つの良案が浮かんだ。
 これだ。取り出したるはペンと紙。さあ筆談の始まりだ。
優に持たせると、呆れつつも素早く書き始めた。中々の達筆である。似たようなことが何度もあったのだろう。
 紙の真ん中には堂々と十四歳と描かれていた。ほら、俺と一つしか変わらない。
「おお。年近いじゃん」
俺が、はしゃいでいると、優は、また俺に紙を突きつけてきた。
『手話って知ってる?』
なんだ、さっきの儀式のことか? その単語を聞いたことくらいはあるが、
正直言って全く分からない。興味も無いし、覚える気も無い。
 そう告げると、ため息をついて俺を見た。蔑んだ目で見るな、このガキ。
 とりあえず、二人で遊べそうなゲームを探し出す。
妙なキャラクターがブラウン管の向こうで白熱したテニスを繰り広げる、というものがあったがどうだろうか。
これにするか? と言って渡すと、恒星よりも目を輝かせて、嬉しそうな顔をしている。
 これがいいのか。中々見る目があるじゃないか。
俺と好みが合ったことで気を良くする。
それから3時間ほど白熱した試合を繰り広げることになる。

69 No.21 言葉に愛を紡ぎたい (3/5) ◇/7C0zzoEsE 06/12/10 02:13:20 ID:cQlvBXis
「優。帰るわよ」
 居間の方から叔母の声がする。外を見ると薄暗くなっていた。
俺たちは目も頭も疲れていた。しかし、まあまあ有意義な時間を過ごすことができたと思う。
 声が出ないので、喧しいことも無い。反応も薄いのは、しょうがないのだが。 
厄介者で相手をするのも面倒だと踏んでいたので、良い意味で予想を裏切られた。
「おい、優!」
 俺が声をかけると、ゆっくりと振り返る。
またいつでも来いよ。と、言うと嬉しそうな顔をして頷いた。
中々可愛いところもあるじゃないか。

――しかしまさか、毎日来るとは。
冬休み明けから学校が始まるらしい。友達もいないから暇なんだろう。
 別にかまわないさ。優は、他の俺のゲームも気に入ってくれた。
 確かに俺も、友人が少なくて暇をしていたから、結構楽しい。
でもな、分かっているか? 俺、今年受験なんだぞ?
 そんなこともお構いなしなこいつは、以前よりももっと表情豊かに、
よく笑って、よく怒って。声が出なくても感情を伝えてくる。
 何考えているか分からない健常者。もとい同級生よりも、
ずっと気が置けない奴になった。冬期講習もとらないで、毎日戯れている俺たち。
 だがしかし、俺の手話の能力は全く向上しなかった。
儀式を行うと、すぐにペンと紙を渡すのだ。そんな時優は不快そうにする。

 その日は、数少ない友人の一人と久しぶりに出かけていた。
「ふわあ。」
 俺は、大きな欠伸を一つ。もし彼女とのデートなら張り倒される。いや、いないけど。
「なんだ眠そうだな」
「ああ、例のいとこが来てからろくに勉強してないし。昨日も夜遅くまでゲーム三昧」
「はあ……まあ、また一人友達ができて良かったな」
 学校入って友達作られる前に、いっぱい遊んでもらえよ。と、こいつは失礼なことを平気で抜かす。

70 No.21 言葉に愛を紡ぎたい (4/5) ◇/7C0zzoEsE 06/12/10 02:14:33 ID:cQlvBXis
 そんなことだから、ろくに友人ができないんだ。ああ、俺は言える立場じゃなかったな。
 もしかして、本当に優が去っていけばどうだろう。
ちょっと寂しいかもしれない。いや結構悲しいかもしれない。
 軽い鬱になりながら、とぼとぼと歩く。
「おい、そんなに落ち込むなって。ん……?」
友人は車道の向こうに何かを見つけた。
「なんか、お前のことずっと見てる奴がいるぞ。あ、ほら手振ってる」
 ああ、優だ。こんなところで恥ずかしい。
ここはお前が前に住んでいた田舎とは違う、と今度説教してやらねば。 
 俺を見つけて、嬉しそうに、こっちの歩道へ走って渡ってくる。

 瞬間。俺の心臓が凍りついた。視界には、確かに鋭く走る軽自動車。

「馬鹿っ!」

 反射的に、体が動く。
 風を切って。優を、右手で、突き飛ばす。
体育祭でもこの速さで走れたら英雄だったろう。
そして次は俺が自動車に突き飛ばされる番。
 耳障りなブレーキ音と、俺の骨が軋む音。 
 痛い……。目が霞んでくる。良く分からないけど、友人が叫んでいる気がする。
優の顔がすぐそばにあった。泣いているのか?
 良く分からないが、胸の前で右手を握り必死に円を描いている。
何かを請うように。必死に。ひたすら。何度も、何度も、円を描く。


 馬鹿。だから手話なんか分からないって言ったじゃないか。


 優が、泣かないように小さく微笑んだ。

71 No.21 言葉に愛を紡ぎたい (5/5) ◇/7C0zzoEsE 06/12/10 02:14:50 ID:cQlvBXis
 冬休みが明けると、心なしか暖かくなったような気がする。
これから、冬の一番寒い時期に入るというのに。
 でも、錯覚じゃない。心が弾むから、暖かく感じるのだ。
「走るなよ、こけるぞ」
 俺は松葉杖をつきながら、優に声をかける。
捻挫と打撲。痛々しい、俺。 
 あの時、寝不足がたたって気絶した。というより、仮眠状態だったらしい。
救急車に運ばれたのに、たいしたことは無かった。無論、脳波に異常も無い。
 泣いてた優も、格好つけた俺も、何故か無性に恥ずかしかった。
 友人は、微笑みながら『馬鹿』とけなしてくれた。

 優が、大丈夫か? と俺に寄り添ってくれる。
こいつに会って、結構経つのだが、一つ大切なことが分かっていない。
 もしかすると、また不味い要素が増えるかもしれない。
ただでさえ、親戚で年下だと言うのに。絶対大丈夫だと自信はあるが……念のため。 
 確かめるしか無い。
しかし、直接訊くのは危険すぎる。失礼すぎる。ここは、反応を確かめる。

 優の肩に手をまわし、胸らしきところを、ぎゅっと掴む。
さあどうだ? 顔を真っ赤にしている。OK、問題無し。
 ただの貧乳だ、良かった。俺は張り倒された。
 どうやら当然、怒ったようで、顔を真っ赤にして早足になっている。不味い。
「おい、ゆ…優! 冗談だよ。怒るなって」
必死に呼び止める。泣いているかのような声をだして。
 優は優しいから、許そうか許すまいか悩んだ表情でこっちを向いた。
そして少し驚き、微笑む。俺は、胸のところで右手を握り、円を描いた。

「なあ、いとこ同士って結婚できるらしいぜ」
 優はまた俺に寄り添ってくれている。唇を確かに『馬鹿』と動かし、
右手の親指と人差し指を開いて、顎にあて、斜め前に出しながら指先を付け合わせる。  (了)



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