【 ご、ご名答 】
◆K0pP32gnP6




47 No.16 ご、ご名答 (1/5) ◇K0pP32gnP6 06/12/09 20:34:08 ID:yP2xS2zu
 悪魔を名乗る怪しい奴に出会ったのは昨日。
 俺にしか見えないそいつは、俺の願いを叶えてくれるらしい。
 その代償に、三日間、《謝る》という行動をしてはいけない。誤って謝れば俺は死ぬそうだ。
 けど、俺には謝り癖とかも無いし、三日くらいなんてことない。そう思っていた。 

 謝れない一日目。俺はコンビニに向って歩いていた。その後ろを悪魔が三センチほど浮遊しながら憑いて来る。
『おい、あの女。お前の事ずっと見てるぞ』
 悪魔が突然前方を指差した。俺と同じ高校生くらいの女の子。なんとなく見覚えがある。
 俺が内心ドキドキしながらすれ違おうとすると、声をかけられた。
「あ、もしかして佐藤君! わたし、小六の時同じクラスだった、ユキだよ」
「もしかして」
 小学校の時の同級生に再会。四年ぶりに会ったが、変わらずかわいい。
 彼女の名前は、中島ユキといった。人の名前を覚えるのが苦手な俺でも未だに覚えている。

 名前と同時にトラウマがよみがえる。
 忘れもしない小六の二月一四日。小学校の下駄箱に手紙。ラブレターというやつだった。
 送り主は中島ユキ。小学生ながらかわいい女の子だな、とは思っていた。心で小躍りしたね。
 しかし、何を考えたか俺はその手紙を無視した。
 本当に今思えば何を考えてたんだか、もったいない。
 ……じゃなくて、なんてひどいガキだっただろう?
 その後、小学校卒業と同時に中島ユキは遠い所に転校。
 以来、会う事は無く、謝る事も出来なかった。

「中島?」
「正解! 久しぶりだねっ」
 ここは死んでも謝っておくべきだろうか。四年間俺のせいで男性不信とかになっていたらどうする?
 いや、でも四年間も気にしている方がおかしいだろ? でも万が一気にしてたら。
「あの時は、その……」
「あの時って?」
 きまずい沈黙。よし、向こうから手紙の話をだしたら死んでも謝ってやる。

48 No.16 ご、ご名答 (2/5) ◇K0pP32gnP6 06/12/09 20:34:21 ID:yP2xS2zu
「もしかして、手紙の事?」
 覚えてた。死んで謝ろう。
「それ。ご、ごめ、ご名答!」
 何言ってるんだろうね、俺。やっぱり死ぬなら謝れない。
「本当にそれだったんだ。それがどうかしたの?」
 中島は真面目な表情。
「な、何でもない。ところで、何でここに?」

 休みを利用して叔母の家に遊びに来ている、そうだ。
 その後、十分くらい世間話をした。
「それじゃ……そろそろ行くね」
 中島はさみしそうな表情。やっぱりかわいい、ってアホか、俺は。
「あ、ああ」
『このまま行かせちまって良いのか? もう一生会わないかもしれないぞ?』
 この悪魔、俺の痛いところをついてきやがる。やっぱり命奪う気か。
「ちょっと待って。明後日とか、暇?」
 俺がそう言うと、中島は驚いたような表情。
「明後日は、無理、かな。明日なら」

 というわけで俺の一日かけて心の準備をしようというもくろみは失敗。
 明日会う事になった。謝らずしてどう謝るか。
 これはもう相手を楽しませるしかないね。

 翌日。謝れない二日目。
 最近、駅前に出来たショッピングモールに行く事にした。
 待ち合わせ場所には三十分前に行く、予定だった。が、見事に遅刻。時計が壊れていた。
 十分遅れで到着すると、中島が手に持った鞄をぶらぶらさせながら立っていた。
「待った? ごめ、五面打ちしてたら遅れた」
「少しだけね。ところで五面打ちって何?」 
 それほど怒ってはいないようなので一安心。

49 No.16 ご、ご名答 (3/5) ◇K0pP32gnP6 06/12/09 20:34:49 ID:yP2xS2zu
「えーと、将棋とか囲碁で、同時に五人相手すること」
 何言ってるんだろうね、本当に。
「ふーん。まあいいけど。まずどこ行くっ?」

 午後まで本屋とか服屋とかを見ながらブラブラした。昼飯はお好み焼き屋。
 昼飯の後も特に変わった事は無く、普通にショッピングモールを見て回っただけ。

「あー、もう叔母さんの家に帰らないと。もう少し時間あればなぁ」
 謝る事無く解散となりそうだ。正直、あんまり楽しませた自信は無い。
「あのさ、明日ってやっぱり無理?」
 我ながらしつこい男ですよ。
「十時くらいに飛行機出ちゃうんだ。残念だけど」

 結局、楽しませる事も、死んで謝る事も出来ずに帰宅。
 もう寝てしまおうと、ベッドに寝転んだ俺に悪魔は言った。
『空港に見送りに行く事くらい出きるんじゃないのか?』
 悪魔らしくない優しいセリフを吐くもんだ。いや、俺に謝らせたいだけか。

 謝れない最終日。
 俺は朝っぱらから空港に来ていた。来ちゃった。
 ていうか、明日なら謝れるのに。この野郎。
 悪魔の方に拳を突き出してみた。すり抜ける。
『残念ながら効かないな』
 悪魔の言葉を無視して、三回ほど拳を突き出していると、中島がやって来た。
 俺を見つけたのか、中島は驚いたように駆け寄ってきた。
「さ、佐藤君! なんでここに?」 
「実は、言っておきたい事があって」
 俺は死を覚悟して息を吸った。ていうか、謝ったら死ぬ、って想像もつかない。
「ごめんなさい!」
 大声でそう言った、のは中島だった。

50 No.16 ご、ご名答 (4/5) ◇K0pP32gnP6 06/12/09 20:35:01 ID:yP2xS2zu
 俺があっけに取られていると中島は続けた。
「あの手紙の事でしょ? 四年間も悩ませちゃったみたいで。私は大丈夫だからっ」

 そう言って中島は走って行ってしまった。
「あ、ちょっと待って!」
 俺の言葉を無視して走りつづける中島。追ってはいけない空気。
『チッ、失敗か。上手くいくと思ったんだがな』

 翌日。謝り解禁日。
「ごめんなさい」
 おはよう、と言う代わりにつぶやいてみた。死なない。
『私の負けだ。空港に行かせるあたりまでは良かったと思うんだがな』
 悔しそうに悪魔は言った。
「ああ、中島が先に謝らなきゃ俺が謝ってた」
 謝れなかった自分が不甲斐無い。中島は、俺を悩ませたんじゃないか、と悩んでたようだし。
『さて、三日間堪えたお前の願いを聞いてやろう』

 俺は、中島にもう一度会わせろ、と悪魔に要求した。
『少し目を瞑っていろ』
 周りの空気が変わった。目をあけるとそこは見なれぬ道。
「どこだ、ここ」
『まあ、待ってろ。そこの角からあの女が出てくるぞ』
 数十秒後、本当に角を曲がって中島が現われた。
「あの時は、ごめん!」 
「ん? うわっ。佐藤君」
 信じられないと言う顔。まあいるわけのない人間がいるわけだからな。
「あの時って手紙の事? あれならもういいよ。悪戯だったんだしっ」
「そうなの? ふーん。それじゃ、またね」
 黙って俺はその場を後にした。

51 No.16 ご、ご名答 (5/5) ◇K0pP32gnP6 06/12/09 20:35:12 ID:yP2xS2zu
 目からしょっぱい水。なんだろうね、これ。
『かわいそうだな、お前』
 悪魔になぐさめられたくない。
『そうか、ところでお前どうやって帰るんだ? 金持ってきて無いだろ?』
 所持金は財布に入ってる千四百円だけ。
『さて、次は何を我慢する?』

<了>



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