【 ○○禁止令 】
◆BLOSSdBcO.




18 No5 ○○禁止令 (1/3) ◇BLOSSdBcO. 06/12/09 02:27:08 ID:HJJwReDJ
 とある小さな国に、小さな王様がいました。どのくらい小さいかというと、電車が無くても困らないくらい
小さな国で、電車のつり革につかまれないくらい小さな王様です。
 王様はとても頭が良く、とても我がままです。どのくらい頭が良くて我がままかと言うと、馬に乗れないのに
隣国の王子の馬が欲しくて戦争を起こし大勝するくらい、頭が良くて我がままです。
 そんな王様には困った趣味がありました。それは国民に何かと理由を付けて無理難題を課し、慌てふためく
様子を観察して楽しむというものです。ちなみに前回は『子供と大人がお互いを理解しあうため』と称して、
一週間もの間大人と子供の生活を逆転させました。当然大きな混乱が起こり、子供のいたずらならぬ大人の
いたずらによる被害総額は大変な額になりました。
 それでも王様に逆らえる者はおらず、今日も街には新たなお触れが張り出されます。
「今回は、王様にしては優しい方じゃないか?」
「前回のは酷かったもんな。多少は反省してるんだろ」
「これなら何とかなりそうねぇ」
「えと、どうしよう、私には無理かも……」
 張り紙を見た人々は様々な反応を示しましたが、その多くは安堵していました。今まで突拍子も無いことを
命令されてきただけに、普通なら面倒な事でも乗り越えるタフさを身に付けていたのです。

 それから数日間、街は比較的平和でした。特に大きな事件も起こらず、また王様の命令に逆らっても気づかれ
なければ問題ない、という実体がその平和を支えていたのです。
 ですが、そんな平和に満足できない人がいました。そう、命令を出した王様です。
「おいリザベッタ、命令を守らない者に刑罰を与えろ」
 王様はメイド長であり秘書の役割も果たしているリザベッタに命じます。
「お断りします」
 しかし無表情のまま彼女は即答しました。
「内容は――そうだな、新たな命令が下されるまで禁固刑だ」
 王様は人の話を聞きません。リザベッタは内心で呆れかえりながらも顔色を変えず、
「対象は一般国民だけですか?」
 と問いかけます。重臣や王様自身も禁固刑になるような事は避けたいとの意図からでした。
「いや、それではつまらん。国内にいる全ての者だ。例外は認めん!」
 リザベッタは王様に聞こえないように溜息をつき、手配しますと答えて部屋を後にしました。

19 No5 ○○禁止令 (2/3) ◇BLOSSdBcO. 06/12/09 02:27:33 ID:HJJwReDJ
 さらに数日後。国内は大変な騒ぎになっていました。ついうっかり命令を破ってしまうものがたくさん牢屋に
入れられ、命令を破っていない者でも密告によって逮捕され、まるで中世の魔女狩りを髣髴とさせます。
 さらに牢屋に入れられた者の中には国政の重要な位置にいる者や他国からの旅行者なども含まれ、国交の
面でも大きな問題になり始めていました。
 それでも誰も王様には逆らえません。逆らえば一族郎党皆殺し、とはいかないまでも国家反逆罪という重大な
犯罪を犯したことにされてしまうのです。
 この事態に大臣達は頭を抱え、胃に穴を開ける者まで出る始末。そこで彼らは、唯一王様に意見を言える人物、
王様が信頼するリザベッタに何とかしてくれと頼み込みました。
「何とか、いたします」
 いつものように無表情で、それでいて頼もしく頷く彼女に大臣達は安堵の溜息をつく事が出来ました。

「王様」
「なんだ、リザベッタ」
 次の日の午後。逮捕された人々の一覧を眺め幸せそうな顔をする王様に、リザベッタは問いかけます。
「今回のお触れの目的を今一度、お聞かせ願います」
 彼女の言葉に含まれた意図、自分の楽しみを邪魔しようという意思に王様は顔をしかめました。
「ふん、良いだろう。今回の命令はだな、安易に自分の非を認めることにより争いを回避しようとする軟弱な
精神を叩きなおすためだ。自分が正しいと強く主張し論理的に相手に認めさせる能力、それを磨く事で激化する
競争社会に生き残れる国民にしたいのだ」
 この人の自己正当化と言い訳と屁理屈の才能をもう少しだけ役に立つ方向に使ってほしい、そう願いながら
リザベッタはさらに問います。
「では己の正当性を主張し認めさせる課程において、裁判官や傍聴者のような人物がいたほうが効果的だとは
思いませんか?」
「なるほど、客観的な判断基準は必要だろうな」
 何が言いたいのだ、という顔をしながら王様はリザベッタを睨みつけます。

20 No5 ○○禁止令 (3/3) ◇BLOSSdBcO. 06/12/09 02:27:54 ID:HJJwReDJ
「そこで一つ提案があります」
「申してみよ」
「私は国内でその能力が最も優れているのは王様だと思います。ですから理想的な姿として、王様の言いわ――
もとい正当性を認めさせる技術を、裁判のような形で国民に公開してはいかがでしょう」
「ほう……」
 なるほど、と王様はほくそ笑みます。リザベッタはその場で王様を論破し、王様に反省を促そうとしている。
そう王様は看破しました。
「面白い。やってやろうではないか」
 しかし王様には自信がありました。誰であろうと口論で自分にかなう者はいない、そう確信していたのです。
「して、何について裁判をするのだ?」
 王様が問うと、いつも無表情なリザベッタにしては珍しいほどの笑みを浮かべ、
「王様のオネショの正当性についてです」
 と答えました。

「おい、聞いたか?」
「ああ、お触れが解かれたらしいな」
「良かった、これでうちの旦那も牢屋から出られるんだね」
 夕暮れ、街には人々の喜びの声が溢れていました。
「そうだ、この前は悪かったな」
「いや、こっちこそ」
 そしてそこかしこで人々は頭を下げあっていました。
「やはり悪い事をしたと思ったらするべき事は一つですね、王様」
 いつもの無表情でリザベッタは言います。
「分かった、分かったから蒸し返すな」
「では言ってもらいませんと」
 しかし無表情ではあっても、その声には困った弟を諭す姉のような優しさが含まれていました。
「むぅ……ご、ごめ――」
 傍に立つリザベッタにやっと聞き取るくらい小さな声で呟く王様の顔は、歳相応の可愛いものでした。



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