【 とある従業員の話 】
◆9JKeusI8nA




469 名前:とある従業員の話(1/5) ◆9JKeusI8nA 投稿日:2006/12/09(土) 00:51:50.56 ID:cNwglE6k0
 ぺちぺちこねこね

 今日も俺はハンバーグを作る。ミンチ肉をこねて丸める。こねて丸める。こねて丸める。その繰り返しが俺に唯一与えられた仕事
だ。こねて丸める。この工場に入ったのは一ヶ月程前、三年勤めた会社をクビになり彷徨っていた頃の事だった。

 ――ハンバーグ作りませんか? 0**-5**4-*127――

 電柱に無造作に貼られた従業員募集の広告。あまり怪しすぎるそれは、以前の俺であれば見向きもしなかっただろうが、何分その
時は腹が減っていた。どうせ解雇された身だ、もうどうなってもいい、という自棄な思いもあり、俺は黄の紙に黒文字という毒々し
い広告に引き摺られるよう、携帯を取り出して番号をプッシュし始めた。
 それからは面接して、受かって、くすんだ色の制服に腕を通して(そういえばあの時は書類の一つも出さなかったし、要求も一度
としてされなかった。名前を聞かれ、動機を語らされ、それだけだ、この時世に風俗か何かかと思う程の簡素さだが、そういうとこ
ろもきっとあるのだろう、そしてここが偶然その「そういうところ」だったというだけだろう、多分)、工場を案内された。泊まる
予定の部屋から(全寮制だった)作業場まで、くまなく見せられたように思うが、どこかを抜かしていたような気もしなくもない。
 この工場で作られるハンバーグを食べたのは、あの時が最初で最後だ。副工場長は案内を滞りなく済ませた後、私を食堂に連れて
きて、これから君も作っていく物だから、是非とも食べてみたまえ、と言ってにこやかに皿を差し出したのだった。
 空腹だったせいもあるだろうが、それを置いても自信を持って勧めるだけあって、ハンバーグは確かに美味しかった。だが、同時
に何ともいえない違和感があったのを覚えている。その原因は今でもわからない、薄れた記憶では最早理由を見つける事は不可能だ


 そうして俺は仕事の手順を教え込まれ、持ち場につき、今に至る。

 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 コンベヤーに乗せられてくるミンチ肉をこねて丸める。ハンバーグの形にする。肉がどこから流れてくるのか、教えて貰ったはず
なのに覚えていない。肉がどこへ向かっていくのかも、教えて貰ったはずなのに覚えていない。教えて貰ったはずなのに覚えていな
い。
 肉は絶える事なく送られてくる。どれだけこねて丸めても、けして尽きる事はない。ここの肉はやけに生臭い気がする。とはいえ
俺は元々肉より魚、魚より野菜な人間だから、はっきりとは言えない、俺が大げさに感じているだけで、生肉なんてこんな物なのか
もしれない。それにも最近は慣れてきた。

470 名前:とある従業員の話(2/5) ◆9JKeusI8nA 投稿日:2006/12/09(土) 00:52:49.23 ID:cNwglE6k0
ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 仕事は深夜になってようやく終わった。


 次の日も俺はハンバーグを作っていた。ミンチ肉をこねて丸める。こねて丸めて、こねて丸めて、どこかに送る。今日は同僚の一
人が何かに気付いたらしく、仕事中だというのに興奮した様で俺に話しかけてきた。

「なあ、俺すごい物見つけちゃったんだけど」
 ぺちぺちこねこね
「大きな声じゃ言えないんだけどさ」
 ぺちぺちこねこね
「聞いて驚くなよ、さっき肉の中から……」
 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 同僚の声が途中で止まる。俺は手を休めずに視線だけをそちらに向ける。副工場長が同僚の方を叩いていた。顔面蒼白になった同
僚が、微笑む副工場長に連れられていく。
 そこまで見て、俺は慌ててコンベヤーへと目線を戻した。見ないでやると形が崩れる。ちゃんと綺麗に丸めなくては、こねて、丸
めて、こねて、丸めて。

 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 今日は昨日よりも仕事が長引いた。何故だか肉の量がいつにも増して多かったからだ。


 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 次の日も俺はミンチ肉をこね、丸め、こねてはまた、丸めていた。普段と変わらないハンバーグ作りだが、何でも今日は新米が入
ってくるらしい。仕事仲間が増えるというのは嬉しいものだ。
 しばらく作業をしていると、元気な声が響いてきた。新米だ。

471 名前:とある従業員の話(3/5) ◆9JKeusI8nA 投稿日:2006/12/09(土) 00:53:25.39 ID:cNwglE6k0
「今日からお世話になります、新米です! この工場にまつわる怪しい噂を色々聞いて、どうしても気になったので勤務を希望しま
した! 皆さん宜しくお願いします!」

 雇われた時も思ったが、新参者には随分と寛容な工場である。
 工場の噂というのは何だろうか、それより何より、今日の副工場長はどうしてあんなに張り詰めた雰囲気があるのだろう。

 ぺちぺちこねこね


 次の日。俺は相変わらずハンバーグを作っている。新米の姿が見当たらないが、別の部屋に配属されたのだろうか。もしかしたら
風邪か何かで休んでいるのかもしれない、そう考えるといささか心配だ。

 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 それにしても今日は騒がしい、何かあったのだろうかと不審に思っていると、この間いなくなった同僚の代わりに俺の隣に来た奴
が、青白い、神妙な顔をして語りかけてきた。

「知ってます?」
 ぺちぺちこねこね
「ライバル社のスパイと新聞記者が潜り込んでたらしいですよ」
 ぺちぺちこねこね
「物騒ですよね、片方ならともかく両方なんて」
 ぺちぺちこねこね


「それで今工場長室に呼ばれてるらしいんです、……あ、新しい肉が流れてきましたよ」

 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

「最近の肉は新鮮ですね」

472 名前:とある従業員の話(4/5) ◆9JKeusI8nA 投稿日:2006/12/09(土) 00:54:12.77 ID:cNwglE6k0
 俺は適当に相槌を打ち、過酷さを増す作業に没頭した。こねて丸める。こねて丸める。こねて丸める。単調な作業だ。こねて丸め
る。それでいて体力を使う。こねて丸める。
 その日床に就くのは予想以上に遅くなった。


 次の日も俺はハンバーグを作っていた。こねて、丸めて、こねて、丸める。今日は何も起こらない、平穏な日だ。

 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 来た時と帰る時で従業員の人数が微妙に違った気がするが、ただの錯覚だろう。


 次の日も俺はいつもと変わらない作業をしていた。
 立入検査だとかで数人の警察が訪れた。俺も彼らが入ってくるところを見たが、彼らが出ていくところは見ていない。
 
 ぺちぺちこねこね
 
 今日はミンチ機か何かが故障したそうだが、肉はむしろ平均より多く流れてきていた。


 次の日も俺はミンチ肉をこね、丸め、こねて丸め、こねては丸めしていたが、その最中に一種異様な物を見つけた。
 砕けた肉の中に、指が埋もれていた。
 俺は反射的に指を摘み上げ、隣の奴のポケットに滑り込ませた。奴は相変わらず青白く、今にも死にそうな顔をしている。そんな
人間に身代わりをさせるというのも随分と卑劣な考えだが、所詮人は我が身が一番可愛いものだろう、私は端から善人というわけで
はないのだ。

 何事もなかったかのように肉をこねて丸める。
 ぺちぺちこねこね
 さっきの物は見なかった事にしよう。
 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

473 名前:とある従業員の話(5/5) ◆9JKeusI8nA 投稿日:2006/12/09(土) 00:54:58.36 ID:cNwglE6k0
 真実を知った者が消える。
 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね
 私は何も知らなかった、知ったのは、あいつだ。
 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺち
ぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 ぺちぺちこねこね(こねて丸める)
 ぺちぺちこねこね(こねて丸める)
 ぺちぺちこねこね(こねて丸める)

 その内に奴の肩を副工場長が叩き、奴は益々蒼白になって連れていかれた。俺は見ないふりをしてミンチ肉をこね続けた。こねて
は丸める。こねて丸める。ハンバーグを作る。真実など知らなくてもいい、俺は、俺達はただハンバーグを作ればいいのだ。
 程なくして、変に血の臭いが強い肉が運ばれてきた。こねて丸める。こねて、丸める。

 ぺちぺちこねこねぺちぺちこねこねぺちぺちこねこね

 ぺちぺちこねこね

 仕事を終え、俺は隣の奴が元いた場所をじっと眺めた。作業が途中で放ったままになっているのを見ると、罪悪の念に居た堪れな
くなってしまう。――すまない事をした。
 俺は飴の一つも持っていないかとポケットの中をまさぐったが、目当ての物を見つける前に突然後頭部に衝撃を受け、それどころ
ではなくなってしまった。
 意識が薄れていく。倒れる途中に工場長の笑顔を見た気がする。ひたすらにこねて丸めていればよかったのではないのか、俺は、
何がいけなかったのだろう、結局真実を知ってしまったからいけなかったのか、だからといって何をしようというわけでもないのに

 ああ、それでも、見てしまった俺が悪かったのだ。
 こねて丸める。こねて丸める。こねて丸める。
 こねて丸める。こねて丸める――

 遠くでミンチ機が唸る音を聞いた気がした。



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