【 フロジェクトX〜冒険者たち〜 】
◆tGCLvTU/yA




240 名前:フロジェクトX〜冒険者たち〜(1/5) ◆tGCLvTU/yA 投稿日:2006/12/03(日) 23:41:42.77 ID:+5iySSts0
 ふと外を見ると、雨が降っていた。しかも結構強めな。
「お……いつ頃降ってきたんだ。通り雨でもなさそうだし。長引かなきゃいいけどな」
 今日が日曜日良かった。こんな日に学校だなんて憂鬱すぎる、なんて思っていると千早がそわそわと窓を眺めていた。
「おい、どうしたんだ? 出かける予定でもあるのか」
 気まぐれに千早に尋ねてみる。すると千早は上の空に、
「うーん……今日ね、学校の先生が家庭訪問に来るの。天気予報でも晴れだったのに、いきなり降ってきたでしょ?
雨に濡れてないか心配で……」
 俺は再び窓を眺める。これは濡れてるだろうな、確実に。それにしても家庭訪問か。こんな日曜日にご苦労なことだ。
先生が来るならさっさと退散したいところだが、生憎この雨じゃ部屋に篭ってるしかないかな。
「おい、私も聞いてないぞ? 家庭訪問だなんて」
 どこから出てきたのか、パンツ一丁の親父が千早にそう言った。秋も終わりだと言うのに寒くないのだろうか。
「言ってなかったんです……。父さんが関わるとろくなことになりませんから」
 そのパンツ一丁の姿を心底嫌そうに睨みつけて、千早も負けじとそう返す。これで親父の腹が出ていようものなら完
全に嫌悪の対象なんだろうな、としみじみ思う。格好良いってのはつくづくお得なオプションだ。
「なんだって? はっはっは心外だなあ。なあ、母さん?」
 豪快に笑い飛ばし親父は母さんに話題を振ると、こくりとだけ頷いて顔を隠して頬を赤らめる。息子の俺が思うのも
なんだが、母さんも親父に負けず綺麗だ。なんであの腹から俺が出てきたのかわからないくらいに。
「お? なんだ母さん。私の裸なら何度も見てるじゃないか」
 そう言うと、母さんは更に顔を真っ赤にさせて俯く。結婚してもう十五年位経つのだろうけど、この初々しさは素直
にすごいと思う。
 完全に二人の世界に入りつつある両親に千早は拳をわなわなと震わせて思い切り壁を叩いた。勢いあまってやったこ
となのだろうが、涙目になるならやらなければいいのに。
「と、に、か、く! 母さんはともかく父さんと兄さんは家庭訪問中は家に立ち入り禁止だから! わかった!?」
「おい、なんで俺まで」
 こんな雨の中行くあてもなく親父と二人で彷徨うのは死んでもご免こうむりたい。ここは兄の威厳を見せて――
「い、い、よ、ね?」
「もちろんだ!」
 よくよく考えたら兄の威厳なんかとうの昔に千早にぶち壊されていた。ため息をつきながら、親父とともに着替えを
始めていると。客の来訪を告げるチャイムが鳴った。
「あ、もう来ちゃった! とにかく、早く出てってよね! 先生が帰るまでここは立ち入り禁止だから!」

242 名前:フロジェクトX〜冒険者たち〜(2/5) ◆tGCLvTU/yA 投稿日:2006/12/03(日) 23:42:28.81 ID:+5iySSts0
 よほど急いでいるのか、それだけ言ってさっさと迎えに行ってしまった。
「全く、これが反抗期というやつか。困ったものだ。さて、先生に挨拶してから出て行くか」
 俺も無言で頷いて親父の後に続く。やれやれ、誰に似たかは知らないが少しは千早も母さんを見習って欲しい。
 それにしても、千早の担任か。どんな人なんだろうか、まあ玄関に行けばわかること――
「あ、こんにちは。ご家族の方ですよね?」
 ――女神、降臨。俺は今人類の奇跡を目の当たりにしている。ロングな黒髪。これ以上ないくらい整った顔。抜群の
プロポーション。そして色っぽい声。おまけに、やはり雨に濡れてきたようで服がかなり濡れてしまっている。見事だ。
もう俺は前かがみを余儀なくされるしかない。
「いやー、どうも千早の父ですはっはっは。それにしても先生! お美しいですなぁ」
 挙動不審な俺を尻目に、好色バカ一代の親父はすかさず先生に握手を求める。見事なまでの速攻だった。悔しいが、
見習いたいくらい鮮やか。そして先生もすんなりと親父に手を差し出す、が
「さっさと……」
 その親父に控えるのは我が家の女神、もっとも今は魔王。母さんだった。そしてその隣にはその魔王の子供、千早。
哀れ親父。そして巻きぞえを食らうであろう俺。
「出てけえええっ!」
 親子揃って足蹴で家を追い出された。
 不幸中の幸いは、俺に飛んできた足が千早のモノだったことだろうか。俺は尻に食らって痔の心配だけですんだが、
母さんの蹴りで軽く二メートル吹っ飛んだ親父はどうやら骨の心配をしなければならないようだった。

 近くの喫茶店に親父と腰を下ろす。雨は弱くなってきているが、俺の心は未だ雨模様だった。
「あー、もう少し話したかったなぁ……」
 それにしても千早め。あんな綺麗な先生ならそうと言ってくれよ。そうしたら出て行くことを断固として拒否した
ってのに。
「はっはっは、やはり親子だな。綺麗なモノに目がないところは親子の絆を実感せずにいられないぞ」
 無意味に爽やかな笑顔でコーヒーを口にしながら親父が言う。俺としては親父みたいな浮気癖と一緒にしてほしく
ないのだが。
「嫌な実感の仕方だな……ったく。あーもったいないことした」
「それよりも、大輔。あの先生、濡れていたな」
 今度は無意味に真剣な表情でサンドイッチを食べながら言う。どうでもいいが、さっきからどれだけ飲み食いして
るんだアンタ。

243 名前:フロジェクトX〜冒険者たち〜(/5) ◆tGCLvTU/yA 投稿日:2006/12/03(日) 23:43:14.85 ID:+5iySSts0
「濡れてたってなんかやらしい言い回しだな。まあ、確かにびしょ濡れだったよ。雨でな。それがどうした」
「風邪、引くよな」
「まあ、あのままならな。風呂でも入るかシャワーでも浴びないと……」
 まさか。
「おや、こんなところに玄関の鍵が」
 恐ろしいくらいにわざとらしい演技でポケットから自宅の鍵を出す親父。バカそうに見えて本当に抜け目がない。
「さて、行くぞ大輔。お前も男なら一度は大冒険をするものだ」
 虎穴に入らずんば虎子を得ずとはよく言ったものだと思う。虎で済んだらまだ安いものだけど。
「親父、止めとこう。いくらその先に待っているのが桃源郷だとしても、相手が悪い……」
 俺だって、行きたい。間違えたとかなんとか言って、風呂場に乗り込みたい。あの艶姿をこの目に焼き付けたい。
 だけど、その後が怖すぎる。死にたくないんだ。俺だって。
 俺の一言で場は静寂に包まれる。嫌な沈黙だった。するべきことはわかってるのに、それができない苦痛。もう
諦めるしかない。俺はため息をひとつ吐いて、コーヒーを一口飲もうと、
「大輔、股間のソレは飾りか?」
 飲もうとして、思いっきり噴出した。
「なっ……!」
「もう一度聞く。股間のソレは飾りなのか?」
「……」
 言い返すことができなかった。親父の瞳に宿る強い意志はとても変態的な光を放っているかのように見える。ああ
はなりたくない、と思うと同時に一生こうはなれないだろうなと思うと、正直少しだけ憧れる。
「いいか、大輔。男にはな、戦わなくちゃいけない時がある。どれほど絶望的な戦いだったとしても、自分がここで
死ぬとわかっていてもだ。それが今まさに来ようとしているんだ」
 なんという無駄なカリスマ性だろう。その時は絶対ここじゃないと断言するところなのに、親父が言うとそんな気
がしてくる。
「この先、一生胸を張って生きていけるかどうか。それがここで決まるんだ。大輔、お前は……この先臆病者をレッ
テルを貼られ続けていいのか?」
「よくない……よくないさ! 親父!」
 見事なまでに煽動されてしまったが、そんなことはもうどうでもいい。俺の中の野獣が今、目覚めた。
「行くぞ大輔! 負けられない戦いがそこにある!」
「おう!」

244 名前:フロジェクトX〜冒険者たち〜(4/5) ◆tGCLvTU/yA 投稿日:2006/12/03(日) 23:44:11.57 ID:+5iySSts0
 と、団結のあと喫茶店の勘定をどちらがするかで揉めに揉めて結局ワリカンになったあと家まで着いたはいいが、
「いくら鍵を持ってるとはいえ、バカ正直に真正面から突っ込むのか?」
 雨もすっかり止んで、もう傘をさす必要もない。そんな天を仰いで俺は親父に問う。
「言っとくが、あの二人が相手なら俺は一分も立ってられる自信がないぞ」
 親父はちっちっちと指を振りながら今までの爽やかさとは違うニヒルな笑いで俺の問いに答える。
「簡単だ。大輔お前は鍵を使って正面から風呂場に突入しろ。私は、なんとか二階までよじ登ってそこから突入する」
 俺は、今日ほど親父を父だと感じた日はない。
 自らそんな危険な役目を負える。こんな男に俺もなりたいと思った。
「よし、ここでお別れだ。大輔。お前はお前の道を進め」
 そう言って親父は家の裏手へと歩いていった。その背中を少しだけ大きいと思った。
「よし、俺も行くか!」
 いざ、決戦へ――。

 大輔、悪いな。私はお前を裏切った。あの二人が玄関に何もしていないとは思えない、一見簡単なように思えるが実
は玄関こそ茨の道なのだ。だが、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすという。これもまた、男になるための試練だと
思ってくれ。私は谷の上、いや先生と一緒に風呂場からお前が谷底から這い上がるのを待っているよ。
 さて、そうこうしているうちにどうやら二階へたどり着いたようだ。ん? 誰だ、肩をたたいているのは。ええい、
鬱陶しい。私は風呂場へ急いでいるのだ。ん、肩をたたいていたのは母さんか。はっはっは。え、全部聞こえた?
 待て、話せばわかる。物干し竿はまずい。ピンピンしているように見えるがさっきの足蹴実は体中ボロボロなんだ。
素振りはやめてくれ、しかもなんだその鋭いスイングは。だめだ。これ以上は本当にぶへらっ。

 鍵さえ使えば、意外にも簡単に侵入できた。他にはいっさい目もくれず俺はとにかく風呂場を目指す。
 扉を開ける。更衣室だ。下着なんか見ている暇もない。親父との約束を果たすため俺は服すら脱がず一気に風呂場へ
と突入する。
「先生! 失礼します!」
 迷っている暇はない。一気に飛び込む。目に焼き付けるのは湯船に飛び込んでからだ。
 さあ、見せてください先生。その艶やかな――
「あでやか……な?」
 先ほどとは違う小振りな胸。長かった黒髪は肩ほどまでのセミロングへ。そして顔立ちは美しいというよりはどちら
かというよりは可愛いに変わっている。俺は呆気に取られているその姿を凝視してようやく状況を理解した。

245 名前:フロジェクトX〜冒険者たち〜(5/5) ◆tGCLvTU/yA 投稿日:2006/12/03(日) 23:44:56.09 ID:+5iySSts0
「なんだ……千早か」
 そうため息をついた瞬間、瞳いっぱいに涙を貯めた千早に右ストレートを完璧にいただいた。親父も来ない。やられ
たのだろう。負けるとはわかっていた。だが、ここまで見事な完敗とは。きっと、この二人には一生叶わないんだろう
と思いながら俺の意識は湯船へと沈んでいった。

「なあ、機嫌直せよ」
 先生はとっくにお帰りになり、夜も更けてきた。もうかれこれ何時間機嫌直せよと言っただろうか。
「悪かったって」
 無視。
「なあ」
 無視。
「おいってば」
 無視。
 もうお手上げだ。こうなったら愚痴でも言ってみようか。
「大体、あんな綺麗な先生ならそう言ってくれればよかったんだよ。無理に追い出そうとするから」
「……そりゃ私だってあの先生じゃなかったら追い出さなかったと思うよ。私でも、あの先生はすごく素敵だと思うもん」
 確かに。料理まで上手だしな。お土産に持ってきたクッキーのおかげで俺は一日でここまで回復できたようなものだ。
ありゃ誰だって惚れる……なるほど、そういうことか。
「悪かったよ」
「……え?」
 多分、千早は怖かったのだろう。俺と先生が出会うのが。そして――
「俺、お前のこと何も考えてなかった」
「……ばか」
「俺、お前が――」
「ダメ……それ以上は」
「そんなにクッキーが好きだなんて思わなかった」
 そして、怖かったんだろう。俺にクッキーを食べつくされてしまうのが。バカな兄貴でごめんな千早。お前も好きだった
んだな。クッキー。っておい、ちょっと待て。なんだよそのバット。どこから出した。まずい、それは本格的にまずいぶへらっ。
 お前に甘いもの以上に好きなものがあるのか、と大きな疑問を残して俺の意識は再び暗転した。
 ―おわり―



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