【 廃墟の聖域 】
◆dT4VPNA4o6




228 名前:廃墟の聖域 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:36:35.81 ID:lCxRxPwg0
十年前に発生した戦争によって国としての機能を停止させられたこの国は、停戦から
五年の経った現在でも、占領状態が続いていた。
 あらゆる地域は占領軍によって管理され、この国の人間すら自由に行き来できない状態だった。
 その中で、停戦から現在まで封鎖された地帯がある。そこは、終戦末期の激戦地であった。
 封鎖された理由は『放射線或いは生物・化学兵器による汚染のおそれがあったため』と言う
公式なものとしては曖昧なものだった。実際、一般の兵士や市民は信じていないものが多い。
 この度、その封鎖地帯に偵察隊を派遣することになった。
 
 占領軍の兵士であるカズヤは、その偵察部隊に志願した。ただの偵察にしては破格の危険手当
と駐留軍任務解除の特権に疑問が無いわけでもなかったが、封鎖地帯の中には興味があった。
 危険があるなど考えもしなかった。もとは大都市であったが今は完全に破壊しつくされ、
テロリスト等が活動拠点にしている様子も無い。まったく完全な廃墟だった。
 
 カズヤが認識の甘さを思い知るのに、それほど時間はかからなかった。
 封鎖地帯に突入後、偵察部隊は噂されていた汚染に遭遇することは無かった。代わりに
彼らに襲い掛かったのは、無人の多脚戦車であった。最新装備をあてがわれていたとは言え、
歩兵がかなう筈も無く、急襲された部隊は散り散りになってしまった。
 
 多脚戦車は執拗に隊員を襲ってきた。先程も同僚がやられてしまった。もう、カズヤの周りに
仲間はいない様だった。逃げたか、殺されたか、とにかく助けは期待できない。
 唯一の救いは、誰かが放った対装甲榴弾が駆動形にダメージを与えていたことだ。だが、
逃げるにはまだ相手の動きは早かった。
 カズヤが覚悟を決めるのは早かった。駐留地で人手不足を理由に手伝わされた多脚戦車の構造を
必死にに思い出したカズヤは、慎重に死角から目標に近づくと手持ちの火気を全て叩き込んだ。
 レーザーライフルのバッテリーが切れる頃、辛うじて主要な駆動部分と火気を黙らすことが出来た。
気の抜けたカズヤはその場にへたりこんだ。
 その時、カズヤの後ろで物音がした。慌てて振り返り、つい癖で銃口を向けてしまったカズヤは
思わず動きを止めてしまった。
 カズヤの視線の先には廃墟には場違いな少女が突っ立っていた。 

229 名前:廃墟の聖域(2/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:37:21.65 ID:lCxRxPwg0
「何をやってるんだ。ここは立ち入り禁止なのは知っているだろう」
 状況が把握できていないカズヤだったが、とりあえず少女に尋ねてみた。銃口を向けられている上に
カズヤの後ろには、多脚戦車がしぶとく動こうとしているにも関わらず少女は落ち着き払っていた。
「貴方こそ何をやっているの?」
 抑揚の無い声で彼女は逆に尋ねた。馬鹿にされたような気がしてカズヤは
「俺の事はどうでもいい! ここは軍が封鎖してるはずだ、どこから入ってきた」
 と、声を荒げた。
 カズヤの言葉に少女は少し目を細めて言葉を続ける。
「貴方、軍人?」
「だったらどうした?」
 そう言った直後、後ろの戦車が再び動き出した。
「あ、くそ、もう動き出したか。とにかく逃げるぞ」
「戦車を破壊したのは、貴方かしら」
 慌てるカズヤに対して少女は落ち着き払っている。カズヤは初め彼女が何を言ってるか理解できなかったが、
言葉の意味を理解すると、腰の拳銃を引き抜き彼女に向けた。
「これはお前が操ってるのか?」
「そうよ。侵入者はほとんど排除したと思ったけど、貴方が最後ね」
 相変わらず抑揚なく話す少女に苛立ったカズヤは、威嚇しようと彼女の足元に向けて発砲しようとしたが
彼の指は微動だにしなかった。
「無駄なことしないほうがいいわ。どうやっても動かないから」
 焦るカズヤに少女が静かに告げる。
「はあ? 何言ってやが……」
 続いて声が出なくなった。ますます焦るカズヤに少女は近づき
「貴方、戦車の修理が出来るみたいね。あれを直して」
 その言葉と同時に声が出るようになった。
「断る、大体何を言って……ああっ!」
 怒鳴ろうとしたカズヤの頭を今度は猛烈な激痛が襲った。堪らず頭を抱えてうずくまる。
「拒否したら殺すけど、それでもいいの?」
 うずくまるカズヤを見下ろしながら少女は言葉を続ける。
「貴方、エスパーって聞いたことあるでしょう?」

230 名前:廃墟の聖域(3/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:37:54.24 ID:lCxRxPwg0
思いがけない言葉にカズヤは戸惑った。
 エスパー。終戦末期に追い詰められた敵国の軍部が、人体実験の末創りあげた念動力を武器に
する改造人間の集団を投入したというのは聞いたことがあった。
 無論、カズヤは信じてはいなかった。戦争中に流行るゴシップの一つと考えていたが、
目の前にいる少女はその考えを打ち消すように言葉を続ける。
「戦車を稼動可能な状態にするなら、その間は生かしといてあげるわ。拒否するなら今すぐ頭蓋を破壊する」
 冷淡に告げる少女をカズヤは睨み付けたが、選択の余地が無いのを彼は理解していた。
返事をしようとする、カズヤの機先を制して少女は、
「賢明な判断ね、じゃあ付いてきて」
 思考まで読まれていることを暗に示され、カズヤは抵抗の意思を失った。

 付いて来いといった少女にカズヤは続いた。暫く歩くと朽ち果てた地下鉄の入り口があった。
彼女は黙って降りてゆく、カズヤも何も言わずに続くことにした。
 さらに進むと、かなり分厚い扉を幾つかくぐった。その内にカズヤはここがシェルターの類であると
おぼろげに理解した。
 
「当分ここにいてもらうから」
 一際大きい扉を抜けて彼女は言った。何かの研究室のようだったが、質問しても答えないと思いカズヤは
別のことを口にした。
「当分って、その内帰してくれるのか?」
「戦車の修理が終われば貴方は必要ない」
 言いたい事は山ほどあったが、
「食料はあるんだろうな?」
 カズヤは今は別の問題を振っておいた。
「こっちに来て」
 彼女が案内した先の光景を見てカズヤは絶句した。
 そこは広大な農業地となっていた。あらゆる野菜や穀物類が全自動化された栽培機械により
育成されているのであった。この国の現在の食糧事情を考えれば、これはここに独占されるべき
物ではなかった。

232 名前:廃墟の聖域(4/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:38:35.29 ID:lCxRxPwg0
呆けるカズヤを一瞥しながら少女は続ける。
「戦車の資料が見たいなら、さっきの部屋の端末を使って」
 そう言って戻ろうとした彼女はふと足を止め、農業地の先を指差しこう告げた
「このシェルターの何処に言っても良いけど、あそこにだけは入らないで」
 指された方向を見やると、又しても大きな扉があった。遠目にもその巨大さと頑丈さが見て取れた。
「何かあるのか?」
「貴方が知る必要は無い」
 カズヤが愚問と気づく前に彼女は冷淡に返した。そのまま立ち去ろうとする少女にカズヤは
「おい、俺を拘束しなくて良いのか?」
 と、再び質問した。
「拘束して作業能率が上がるならそうするけど、今の貴方は私から逃げようとは思っていない。私が怖いから」
 それが返ってきた答えだった。

 結局、カズヤは戦車の修理をすることにした。本来整備をかじった程度の彼に出来るはずは無いのだが、
使えと言われた端末は詳細な修理方法まで彼に提供した。
 脱走は試みたが無駄だった。端末はこのシェルターのあらゆる部分を制御できるようになっていたが、
空けて置いたはずの隔壁は彼が到着すると閉まっていて代わりに強烈な頭痛に見舞われた。
 カズヤは修理の情報を引き出す傍らこのシェルターに付いて調べていた。軍の任務を思い出したわけではなく、
彼自身の好奇心によるものだったが。
 ほとんどの情報にアクセス規制は無かった。ここがエスパーの研究施設であることも、また非人道的な実験の
詳細も閲覧することが出来た。その事を少女に振ってみたが、
「面白かった?」
 と素っ気無かった。
 
 二週間が経過して戦車の修理も終わりつつあった。もっともカズヤの目下の興味は別のところにあった。
 暇を見つけては端末から情報を引き出していた彼だったが、少女の詳細な情報と彼女が行くなと言った
農業地奥の立ち入り禁止区域の情報だけがどうしても閲覧することが出来なかった。
 だが彼はその内の一つ、隔離された区域の情報のロックを解除することに成功した。そして
そこに列挙された情報は彼を愕然とさせた。
 隔壁の先は、膨大な量のBC兵器が収められているようだった。だが、絶句の理由は別にあった。

234 名前:廃墟の聖域(5/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:38:55.88 ID:lCxRxPwg0
「全ロック、解除済み……だと?」
 それが端末に記された時カズヤは思わず口を押さえてしまった。だが、これが真実なら彼はおろか
エスパーの少女もとっくに死んでいるはずだった。バグかと思い端末を操作するカズヤに後ろから声がかかった。
「それは事実よ」
 振り向くと少女が立っていた。
「君は事情を知っているのか?」
 無駄と思いつつもカズヤは尋ねたが、返ってきた答えは意外な物だった。
「……長くなっても良いなら話すわ」
 カズヤの沈黙を了解と受けとり、彼女はポツポツと話し出した。

 五年前ここが激戦地になったのは有名だったが、軍事拠点でもないこの場所で激戦になるのは
当時の兵達の間でも疑問視されていた。
「貴方たちの軍部も、私たちのことを少なからず知っていたようね。だからエスパー研究所をかねていた
ここを狙ったのよ。ここには軍人はいなかったけど無人戦車と私達がいた」
 降伏も考えられたがここにこもった研究者達はエスパー達に戦闘を指示、半ば洗脳状態にあった
エスパー達はシェルターに迫った部隊に戦車とともに襲い掛かった。
「はじめの内は優勢だった。でも基本的には人間だから疲労する、皆殺されていった」
 陥落も間近に迫ったある日事件が起こった。あまりの緊張に研究者の一人が発狂し奥底に封印してあった
BC兵器を開放した。一応の脱出用に数時間の猶予はあったが、敵兵に囲まれた状況で逃げることは不可能だった。
「その時ある研究者が私に命令したの、隔壁を私の力で抑えておけって。私はその時命令に
従う事しか知らなかったからそうしたわ。それにこうも命令した、研究を狙う物がいたら皆殺しにしろって」
 その命令を残し研究者達は降伏しに行って二度と帰らなかった。彼女は隔壁の封印を続行しつつ侵入者を
ことごとく撃退した。軍が引き上げたときには彼女の国は消滅していて、ここ一帯は占領軍によって封鎖された。

「昔話は、これで終わり」
 イスに腰掛けて話していた少女はそう言って小さく息をついた。
「じゃあ、君は今でもあの隔壁を、ずっと一人で?」
「そう、アレを閉鎖するのに力の大半を使ってる」
 そう言う彼女にカズヤはさらに尋ねる。
「なあ、何で俺に話そうと思ったんだ?」

235 名前:廃墟の聖域(6/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:39:25.35 ID:lCxRxPwg0
 それを聞いた彼女は暫く黙っていたがやがて、
「誰かに聞いて欲しかったから、かな?」
 彼女らしかぬあいまいな答えを残して少女は立ち上がった。
「修理、もう終わりそうね。本当はあまり期待してなかったけど、感謝するわ。」
 そして振り返り、
「ありがとう、カズヤ」
 そう言って立ち去った。
 
 数日後、修理の終わったカズヤは少女にその事を告げた。
「ご苦労様。……帰って、いいわ」
 彼女は背を向けたままそう告げた。カズヤは懊悩を抱えたまま封鎖地帯を後にした。

 さらに数日後、駐留地に戻った彼は同僚から封鎖地帯への本格的な進攻計画があることを知らされた。
「まあ、もうすぐ本国に帰還できるお前には関係ないか」
 同僚との話もそこそこに自室に帰った彼はベットに飛び込むと思いをめぐらせた。
 軍が進攻してきたら彼女はまた戦うのだろう。上層部もあのエスパーのことを
知っている筈だから以上半端な戦力ではのぞまない筈だ。
 エスパーも人間、いつかは疲労し殺される。物量作戦なら彼女に勝ち目は無い。
「ああっもう、アイツのことはどうでも良いだろう!」
 彼女の心配にばかり気が回るのに苛立った彼は、
「そうだ、あいつが死んだら毒ガスが漏れるんだそれは、マズイな」
 そうやって自分を納得させた。
 だが、上層部に報告するのは躊躇われた。そんなことをすれば彼女のことも話さざるを得ない。
最悪自分は拘留され彼女に対する人質に、
「なるわけねーだろうが!」
 馬鹿みたいにほえた自分を嫌悪しつつ、再び考えをめぐらせたが何も浮かばなかった。
 気晴らしに部屋の端末を触ってみた。あの場にあったのとは性能は上だが、彼が欲しい情報は皆無だった。
「端末、端末……。そう言えば、アレに確か……」
 カズヤは突然跳ね起きると、手元の端末から可能な限り情報を引き出して駐留地を後にした。

236 名前:廃墟の聖域(7/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:39:52.20 ID:lCxRxPwg0
「連中、また戦争したいのね」
 自身の力で駐留地の軍が戦闘準備をしていることを感じ取った少女は、一人つぶやいた。
 来たいなら来ればいい。今度は自分も死ぬかもしれない。それでもよかった。何百人かを巻き添いに
数時間早く死ぬだけだ。貯蔵されているBC兵器はその後、数百万の人間の命を奪うだろう。
「カズヤは、来るのかな?」
 返事は無い。彼が帰ってから少女は独り言が増えたのを自覚していた。彼女は理由が分からないこと自体に
苛立ちを感じていた。
 その時、少女の研ぎ澄まされた力が一人の侵入者を感知した。それは彼女が知っている人物だった。
「よう、久しぶりって程でもないか」
 カズヤの登場に驚いたもののそれは表に出さずに彼女は、
「何をしに来たの?」
 と尋ねた。
「俺達の軍が動きそうなのは知ってるか?」
 彼女がうなずくのを見て、カズヤは続ける。
「毒ガスがあることを上層部に知らせようとも思ったが、上は馬鹿だからBC兵器も何とかなると考えるだろう。
だから俺が代わりに何とかする」
「貴方に何ができるって言うの? 邪魔だわ。死にたくなければ帰りなさい」
 つき離す彼女にカズヤは話を続ける
「シェルターの完全閉鎖を阻害してる幾つかのウイルスを駆除するワクチンを持ってきた」
 その言葉に彼女は初めて、驚いた顔をカズヤに見せた。
「知っていたの?」
「知ったのは、ここの端末でだがな。うちの軍が戦争中に潜入したときにでも走らせたんだろう。
ワクチンはまあ、意外と簡単に手に入ったよ。ここのロックよりは楽だったな」
 そう言ってカズヤはディスクを取り出した。
「さっさとやっちまおうぜ」
「それを置いて貴方は帰りなさい。完全閉鎖を知ってるなら、その後どうなるかも知ってるでしょう」
「物理的に外部から破壊しない限り外には永久に出られない。そしてこのシェルターは核でも壊れん」
「そこまで知ってるなら何で残ろうとするの?」
 彼女の質問にカズヤは
「このワクチンの取り扱いは説明するのが面倒なんだよ」

238 名前:廃墟の聖域(8/8) ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/12/03(日) 23:40:27.97 ID:lCxRxPwg0
「理由になってないわ」
「スマンね、馬鹿だからここに残る理由が他に思いつかなかった」
 笑ってそう言うカズヤに彼女は、
「そうね、大馬鹿だわ」
 と答えた。
「残って良いんだな?」
「言っても聞きそうに無いから好きにすれば良いわ」
 そう言って背を向けてこう続けた。
「それに、永久に外に出れないなら話し相手がいるのも悪くないわね」
 と付け加えた。
 カズヤはふと、
「そういえば君、名前はなんと言うんだ?」
 と尋ねた
「どうして?」
「いや、なんとなく。それに代名詞だと会話し難くてな」
 彼女は少し考えこみこう言った
「ALICE、それがわたしのコードネーム」
「ALICE、アリスか。それだとまんまだから……エイルシー、エルシー、エルシーだな。よろしくエルシー」
 カズヤはエルシーにてを差し伸べた。
「よろしくカズヤ」
 彼女もまた、カズヤの手を取った。
 

 封鎖地帯は結局封鎖されたままだった。その封鎖は様々な憶測を呼んだ
 曰くBC兵器が眠ってる。
 曰く人体実験が行われている。


 曰く、ある男女がひっそりとくらしている。



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