【 向こう側の猫 】
◆JBE2V7aE2o




91 名前:向こう側の猫(1/3) ◆JBE2V7aE2o 投稿日:2006/12/03(日) 19:16:52.62 ID:XDjzZf0C0

「おはよう」

僕は家族に朝の挨拶をして居間に入る。
朝食作りの担当なので、待っている家族のために朝から腕を揮う。
今日の献立は、ご飯と味噌汁に焼き魚、それに胡瓜の漬物。
普段から作りなれているので手際良く準備する。
最後に自分の分をお盆に乗せ椅子に座った。
今日の焼き魚はイマイチな出来だな、と思いつつ口に運ぶ。
朝食を終えた僕は、学校へ行く準備をして家を出た。
少し歩くと商店街、そこを越えて見えてくる高層ビルが並ぶオフィス街を抜けた場所に通っている高校がある。

僕はオフィス街の途中にある細い路地に入った。
ここは僕のお気に入りだ。四方八方を壁に囲まれてるのだが
一箇所だけ不思議な場所があるのだ。
そこは正面・右・左が背の高い壁に囲まれているのに
正面の壁に鉄柵でできた門のようなものがあった。
門は取っ手の部分に何個もの南京錠がかけられている上に鎖で縛られていた。
さらには、開けてはいけないと言っているようなテープまで貼られている。

その鉄柵でできた門のようなものの向こう側に一匹の三毛猫がいた。
ここのところ毎朝、顔を会わせるようになった僕の話相手である。

92 名前:向こう側の猫(2/3) ◆JBE2V7aE2o 投稿日:2006/12/03(日) 19:17:31.48 ID:XDjzZf0C0

猫は僕の方をじっと見た後、一鳴きして立ち去っていった。
普段だと大人しく僕の話を聞いてくれるのだが、今日はご機嫌斜めのようだ。
いなくなったらこの場所に用はないので僕は学校へ向かう事にした。
放課後、僕は図書館に寄り、興味を引く本を漁る。
特に趣味があるわけではない僕は学校帰りに図書館に行くことを日課にしていた。
今日は『シュレンディルガーの猫〜存在理論〜』という本が目に付いた。
毎日、門の向こうにいる猫に合っているせいか最近は猫という言葉を
題名に含む物が多くなっている気がする。
でも、『我輩は猫だった』『キャットキラー』『妖猫』など内容は様々だ。
僕は、その本を持って席についた。
内容は、学術理論的なもので
『箱の中に眠らされた猫がいるとする。だが実際に箱の中にいるかどうかは箱を開けて見ないこと
 にはわからない。箱を外から見ているだけでは、いる可能性もあるがいない可能性もあるという
 結論にしかいたらない。これは観測者が認識できない存在は実在するかどうかも危うくなる事というである。』
全体的に難しい内容だったが、その部分だけが何故か脳裏に焼きついた。
その後、僕は数冊の本を流し読みした後に帰宅した。
就寝の時に今日読んだ猫の本についての内容が脳裏を巡っていた。


93 名前:向こう側の猫(3/3) ◆JBE2V7aE2o 投稿日:2006/12/03(日) 19:18:19.88 ID:XDjzZf0C0

寝る前に難しい事を考えたせいか頭が重かった。
だが日課をサボるのは気が引けるので変わらず朝食の準備をする。
そしていつも通りの時間に家を出た。
まだ頭が重く、風邪かなと考えながら歩いているといつの間にか路地の前についていた。
昨日は素っ気無く去られてしまったので今日は朝食で使ったチーズの欠片を持って来ている。
これであの猫も少しは相手をしてくれるだろう。
路地の奥へ行くといつもの門、そこにはいつものように一匹の三毛猫がいた。
だが、猫の姿が少し変わっていた。首輪が巻かれていたのだ。
「そうか、人に飼われる事になったのか。はい、これはお祝いだよ」
鞄から取り出したチーズの欠片を猫にあげようとした。
その時、猫がいる向こう側で声がした。
「ミケちゃん!勝手にどっか行っちゃって心配させないで」
猫にそう言いながら近づいてきた女性は猫を抱きかかえた。
「どうしたのミケちゃん。そっちをじっと見て、何かいるの?」
猫は僕の方を見ていた。猫の視線を追って女性もこちらを見た。
「もう!誰もいないところをじっと見ないでよ。怖いじゃない。ほら、ここに立ち入り禁止って
 書いてあるでしょ。ここは危ないから入っちゃいけませんって意味なんだよ。
 もう来ちゃ駄目だからね。さぁ、おうちに帰りましょうね〜」
そう言った女性は猫を抱いて僕の前から去っていった。

「また一人になっちゃった」

そう呟いて僕は誰もいない街へ戻った。

                     終



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