【 蛾の化け物っ 】
◆K0pP32gnP6




763 名前:品評『蛾の化け物っ』1/6  ◆K0pP32gnP6 :2006/12/03(日) 12:30:21.73 ID:4XxhVLTK0
 先輩が「行きたいところがある」なんて言うから、遠回しなデートの誘いかと思って来てしまった。
 しかし、なんだここは。少なくとも夜に来るところじゃない。
「ここですか?」
「そうよ。病院」
 たしかに病院だった。ただし廃墟とか心霊スポットの類。立入禁止の看板もある。
「体調が悪いとか、そういう理由では無いですよね?」
「当たり前じゃない。ていうか、中に入ったら具合悪くなるらしいわ」 
 完全に心霊スポットだ。
「い、嫌ですよ。俺は絶対入りませんから。幽霊見たくないし」
 幽霊に関わって良い事は無い。大概、面倒なだけだ。
「良いわよ、別に。一人で行くから」
「なら、どうして俺を連れてきたんですか」
「ついて来て欲しかったから」
 冷静に即答された。恥ずかしい。
「い、いいですよ。じゃあついて行きますよ」
 
 中に入って数分。猛烈に後悔した。一時のテンションで物事を決めるのは良くない。
 病院の中は予想以上に暗く湿っぽい。先輩が持って来ていた懐中電灯でなんとか周りが見える。
 壁や天井を照らせばカビが奇妙な模様を作っているし、床は変に柔らかい。
「先輩、なんでこんな所来ようと思ったんですか?」
「私、霊感ある気がするのよ。その確認がしたくて」
 いたって冷静な声。
「最近、黒い影みたいなのがスーっと移動するのが見えたり、ラップ音が聞こえたりするのよ」
 ラップ音は霊感無くても聞こえる気がする。そもそも幽霊は黒い影なんて見え方はしない。
「何時ぐらいに寝てます?」
「三時に寝て六時起き」
「もう少し寝れば幽霊も見えないんじゃないですか」
「寝不足じゃないわよ。ちゃんと授業中昼寝してるから」

 しばらく先輩の霊感が偽物である事を確認するため、色々聞きながら歩いた。

764 名前:品評『蛾の化け物っ』2/6  ◆K0pP32gnP6 :2006/12/03(日) 12:30:52.57 ID:4XxhVLTK0
「いつ頃からみえてるんですか?」
「うるさいわね。もう答えない。それより、この部屋入ってみるから」
 嫌な予感がする。俺が止める前に先輩はドアを開けた。
 懐中電灯で照らされた室内は異様な雰囲気。
「うわっ」
 部屋の真中に巨大な羽化後の蛾の繭のような物体があった。白い綿が散乱している
「せ、先輩。帰りましょう」
「まだ何も見つけてないじゃない」
 何も見つけてない?
「蛾、の化け物じゃダメなんすか?」
「なんの事? もしかしてあの布団?」
 布団だって? よく見ると確かに布団だった。
「あ、布団ですね。帰りましょうか」

 あっけなく俺の提案は無視され、病院探索は続いた。
 懐中電灯がもう一つあれば一人で引き返せるのに。
「次、この部屋」
 もう十部屋以上調べている。不気味な物が出てくるたび俺は驚いた。幽霊以外は怖い。
「いつまで調べるんですか。もう帰りませんか?」
「ここで最後にするわ。見て」
 先輩が指を差したドアを見る。なかなか達筆な字で何か書いてある紙が貼ってあった。
「お札?」
 やはり化け物でも封じてあるのだろうか。
「ただの張り紙よ。『霊安室 許可の無い者立入禁止』だって」
 霊安室、といえばゾンビの登場場所ランキング第一位じゃないか。
「許可の無い者入っちゃダメですよ。帰りましょう」
「ビビってるんじゃないわよ。どうせ廃病院なんだから。死体は無いって」
 少し楽しそうにそう言って、先輩はドアを開けた。
 懐中電灯で照らされた部屋にはベッド位しかないはずだった。
 しかし、見つけてしまった。暗闇にぼうっと浮かぶ老人の姿。 

765 名前:品評『蛾の化け物っ』3/6  ◆K0pP32gnP6 :2006/12/03(日) 12:31:38.26 ID:4XxhVLTK0
「先輩、ドア閉めて帰りましょう」
「なんで? 調べないと」
 先輩は幽霊を無視して霊安室に入っていった。
「そうじゃ、少年。か弱い老人を見捨てるのか」
 やっぱり幽霊か。面倒くせぇ。
「幽霊がか弱いとは思わないけどな」
 幽霊と言う言葉に反応したのか、先輩は振り向いた。
「何言ってんの? そんなもの……あ」
「ほう、お嬢ちゃんもわしが見えるのかい」
 ニヤニヤするな、じいさん。
「く、黒い影じゃない」
 うろたえている先輩をはじめて見たな。
 先輩は驚きで声も出ないようだし、俺は霊に関わりたくないから黙っていた。
 その数秒の沈黙を破ったのは幽霊だった。
「それで、わしに何か用事かのう?」
「特に用はありません。それじゃ、先輩。帰りましょう」
「え? ああ、帰りましょう。って何でよ!」
「幽霊見つけたでしょ? 目標達成じゃないですか」
 俺の言葉をまたも無視して先輩は幽霊に歩み寄った。
「おじいさん、何者ですか?」
「幽霊じゃ」
 なに楽しそうに話してるんだ。
「あ、分かった! この病院で亡くなったのね!」
「残念ながら違うのう。同居してた息子の嫁に殺されたんじゃ」
 それで死体を遺棄ってか。息子の嫁さんもこんな所に死体捨てに来るとは良い度胸だ。
「ずっとここに?」
 じいさんは目を見開いてしばらく先輩を眺めて、ボソッと言った。
「そうじゃ。成仏できん。骨が、どっかにいってしもうたんじゃ」

 じいさん曰く、死体遺棄されて数年後、その嫁さんが病院にやってきた。

766 名前:品評『蛾の化け物っ』4/6  ◆K0pP32gnP6 :2006/12/03(日) 12:32:00.43 ID:4XxhVLTK0
 その時この霊安室で白い骨になっていたじいさんを分けて隠したそうだ。証拠隠滅ってか。
「病院の外には持ち出されて無いようなのじゃが」
 先輩に懇願するような目を向けて言った。
「先輩、帰りましょう」
「待つんじゃ少年。呪うぞ」
 じいさんがそう言うと、激しい頭痛。マジかよ。
 というわけでじいさんの骨を探す事になってしまった。呪われたくはない。
「先輩、人間の骨って全部で何個あるか知ってますか?」
「二百位でしょ? 大きい骨以外はあそこにあるみたいだから、大丈夫よ」
 そもそも、この暗闇の中でどう探すつもりなのだろうか。カビもヒドい。
「骨にもカビが生えてそうですけど」
「その点は大丈夫。ゴム手袋」
 なんで持ってるんだ。
「片方ずつすればいいわ」
「暗いですよ」
 先輩は黙ってカバンから二つ目の懐中電灯を取り出した。
「ここに入ったとき貸してくださいよ」
「それじゃ、あんたと近づけないじゃない……」
 小声で先輩は言った。聞き間違いかと思うほど気恥ずかしい。
「ほ、骨探してさっさと帰りましょうか」

 かれこれ二時間、骨を探し続けている。収穫はゼロ。
「そう言えば、あんた、幽霊見えるの黙ってたわね」
 さっきの蛾の繭の部屋を探しながら先輩は言った。
「すいません。今まで誰に言っても信用されなかったもんで」
「確かに、私も自分の目で見なかったら信じなかったと思うわ」
 やっぱり。親ですら「面白い事言う子だなぁ」で済ませるくらいだからな。
「ビビりまくったり、帰りたがってたのは演技?」
「いや、ビビリ症は素です。帰りたかったのは幽霊に関わるの面倒くさかったからで」
「幽霊が面倒くさい、ってあんたどういう神経してんの?」

767 名前:品評『蛾の化け物っ』5/6  ◆K0pP32gnP6 :2006/12/03(日) 12:32:21.96 ID:4XxhVLTK0
「そのうち分かりますよ。霊と関わるのがどれだけ面倒か」
 先輩は蛾の繭のような布団を持ち上げた。
「ふーん。そんなもんなのかな。うわっ」
「どうしました?」
 布団の下に大腿骨が転がっていた。実際に見ると不気味だ。

 その後、探し続ける事数時間。外はまだ夜のようだ。
 十個目を霊安室に持っていった。残りは頭蓋骨とあごの骨らしい

 問題はその二つだった。いくら探しても見つからない。何時間経った?
 もう外は朝、というか昼近くなっていた。
「あんたが幽霊が面倒って言ってた意味が少し分かったわ」
「でしょ? 帰っちゃいましょうか」
 なんて話していると足音が聞こえてきた。
「誰か来たみたいですけど」
「隠れましょう」
 反射的に隠れようとしたがそんな場所も無く、足音の主がやってきた。
 
「何してるんだ? 君達」
 警察官。ヤバい。完全に不審者である。
「探し物をしてたんですけど」
 先輩は冷静に答えた。そうだ、こう言う時は嘘を付かない方が良い。
「探し物?」
「えーっと、人の骨です」
 おいおい、そこまで正直じゃなくても。
「ほ、骨?」
「私達、殺人事件とか行方不明の人とかについて調べるのが趣味で」
 警察官は目を細めた。
「色々あってここに辿り着いたんです」
「とりあえず、続きは外で聞こうか」

768 名前:品評『蛾の化け物っ』6/6  ◆K0pP32gnP6 :2006/12/03(日) 12:32:49.25 ID:4XxhVLTK0
 近隣住民から通報があったそうだ。
 その後、警察に事情聴取される。知ってる事はとりあえず全部話した。
 さすがに本人から聞いた、とは言えなかったから情報源については黙秘したけど。

 数日後。俺と先輩は学校の近くのハンバーガー屋に来ていた。
 アイスコーヒーとコーラのSしか注文しない迷惑な客だ。
「よくあんな言い訳とっさに思いつきましたね」
「ああ、前に殺人現場が好きな主人公の小説であってね」  
「どんな小説ですか」
 俺の言葉を無視し先輩は言った。
「そういえば、息子の嫁さん逮捕されたらしいわね」
「頭蓋骨も嫁が持ってたそうですしね。おかげで何時間無駄にしたんだか」
 先輩はアイスコーヒーを飲み干して言う。
「あのおじいさん、骨は外に持ち出されてないって言ってたのに」
「まだ、何か隠された秘密があるんですかね?」

 またあの病院に来ていた。昼間だけど。
 病院の周りには警察官が数人。黄色いテープも張ってあって完全に立入禁止という雰囲気。
「どうします? 入れなさそうですけど」
 しばらく様子を眺めていたが、入れそうな隙はない。
「いつまでそうしておるんじゃ?」
 後ろからじいさんの声がした。ビビるじゃねえか。
「うわ、おじいさん成仏してない」
「もう成仏出来る状態なんじゃが。霊が礼を言おうと思ってな。ありがとう」
 じいさんの姿がだんだん薄くなり始めた。
「待って、おじいさん。骨は外に持ち出されてない、って言わなかった?」
「なんの話じゃ?」
 そう言ってじいさんは消えた。秘密なんて隠されてなかったわけか。ボケジジイ。
『もう絶対、幽霊には関わりたくない』
 先輩と俺の声は見事にハモった。



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