【 関係があるとかないとか 】
◆u6zkvnkUNA




753 名前:関係があるとかないとか 1/5 ◆u6zkvnkUNA :2006/12/03(日) 11:32:36.15 ID:3y7MG1Xk0
 とある日曜日のことである。
細井は、友人の溝口の家へと向かって歩いていた。今日は、そこで過ごす予定である。
目的地は少しばかり遠い。歩いて20分弱というところである。
道のりも半分ほどに差し掛かると、ただ歩くのも退屈になってきたので、それを紛らわそうと、
いつもは注意をさして払わない左右に広がる街並みを、何とはなしに見回しながら歩いた。
その時である。ある左手に伸びる薄暗い道、むしろ塀と建物の隙間と言った方がふさわしい幅の狭い道の
向こうに、見覚えのある建物がかすかに見えた。
視界が狭いせいで全貌の半分ほどしか見えないものの、それはどうやら、目指す溝口の家がある
マンションのようだった。
だが、おかしい。彼は思った。
あいつのところに行くまでには、まだもう少し歩かなければならないはずだ。
もしや見た目が似ているだけの、別の家だろうか。いや、それにしては似すぎている気がする。
そんなことを考えながらふと視線を落とすと、路地の入り口に、何やら工事現場にある、黄色と黒の
仕切りのようなものが置かれていた。
――入ってはいけないんだろうか。
もしあれが本当に溝口の家なら、ここを通ればぐっと近道出きるかも知れないのに。彼はそんなことを
考えながら、仕切りを見た。黒字に白いチョークで、手書きで字が書いてある。

……以外立ち入り禁止

薄れていてよく読めない部分がある。だが、よく目をこらせば、何か見えそうでもある。
――まあ、どうせ「関係者」なんだろうけど。
しかし、どうやらそうではないようである。見て取れる文字の輪郭が、それとは何か違う。
その部分を解読しようと試みた。
――「関係者」とは違うのか。最初のこれは、ぶ か、そして次はええと、そ、いや、 ……え?
それを解読した後の一瞬の間、彼は驚きの余り思考を停止して、ただ口を開かざるを得なかった。それほどに、
書かれていた文面の意味することは、奇妙だったからである。

『部外者以外立ち入り禁止』

754 名前:関係があるとかないとか 2/5 ◆u6zkvnkUNA :2006/12/03(日) 11:34:09.48 ID:3y7MG1Xk0
――関係者はむしろ入るなってことか?わけわかんねえ。
しかし、と細井は考えた。部外者は入って構わないのなら、自分はこの道を通ってよいのだろう。
何しろ、今日初めてここをみつけたのだから。完全な部外者である。
もし近道でなくても戻ってくればいいし、と思いつつ、彼は仕切りの内側へと足を踏み入れた。

 光が余り差し込んでは来ないが、道はそれほど暗いわけではなかった。ただ、少し妙なのは、
一直線上の向こうにある出口までの距離感が、あまりつかめないことである。すぐ辿り着けるようでもあるし、
少し遠いようでもある。そうして少し歩くうち、印象としてはやや唐突に、細井は出口へと辿り着いた。
やっぱりそんなに長くはなかったか、近道としてこれから使おうか、などと考えつつ、光の広がる所へと
出た。そして、目の前に広がる光景を見て、彼は再び呆然とした。
――なんで?
目指した建物は、確かに目の前にあった。だが、それは目的地ではなかった。近くで見れば明らかに違うとわかる、
古びたオフィスビルだった。だが、彼が驚いたのは、そんなことではない。
すぐ目前には道路。その向こう、左にオフィスビル。その向かって右隣にはコンビニ。そしてその間には、
薄暗く狭い道。
そしてその前には――黄色と黒の、『部外者以外立ち入り禁止』の仕切り。
自分が数分前までいた場所の道、路を挟んで反対側に、彼は今いたのである。
――お、俺は頭がどうかしたのか。別の場所が、全く同じように見えてるのか。
細井は自分の正常さを疑った。無理もない。曲がることなくまっすぐ歩き、辿り着いた先が元の場所だった
などということは、通常ありえないことである。
自分が今来た道を振り返ってみた。そこも確かに一本の狭い道ではあったのだが、出口の先に見えるのは
どうやら幹線道路のようである。交通量が多い。明らかに、自分がさっき歩いていた場所とは似ていない。
数分前のことである。記憶は風化もしていなければ改竄してしまっている可能性もない。
自分はあそこから来たのではない。それは確信できる。
――じゃあ、おかしいのはこの道の方か。
異常な状況に混乱しつつも、どうにか彼はその異常たる所以を把握した。理屈に合わないのはこの道なのだ。

755 名前:関係があるとかないとか 3/5 ◆u6zkvnkUNA :2006/12/03(日) 11:37:00.70 ID:3y7MG1Xk0
しかし、そう確信してもなお、彼は再び仕切りの向こう、一度通った狭い道を再び歩いてみることにした。
普通ならありえないこと。しかし現在、実際に起こっていること。
もう一度だけ、自分が今異常な状況にあるのか、それとも単なる勘違いや錯覚なのかを確かめたい
衝動に駆られたのだ。
もしただの間違いなら、どれだけ安心することだろう。しかし本当に変なら――どう考えればいいんだ?
そんなことで頭は一杯になりながらも、足はどんどんと前方へと進んでいく。そして。
結果は全く同じだった。道を抜けて目に入ってきたのは、道路、ビル、黄と黒の仕切りが置かれた道、そしてコンビニ。
振り返る。先には幹線道路。
今来た道を全力で引き返してみた。道を抜けた。やはり見えていた通り、何車線もの太い道路が走っていた。
もはや彼の頭はすっかり混乱し、このまま全てを見なかったことにして友人の家へ急ぎたいと思っていた。
意味もなく全速力で道を駆け抜けた。そして目の前に広がるのは、もうすっかり見慣れた、いや目に焼きついてしまった光景。
大した距離を走ったわけでもないのに、心臓は激しく脈打っていた。手の平にはじっとり汗をかいている。

 その時、ポケットの携帯から着信音が鳴った。溝口からである。
「……もしもし」
細井はようやく呼吸を整え、それでも息も絶え絶えといった風な声で電話に出た。
『随分遅くないか? 何してんだよ』
溝口の声が聞こえる。現実世界からの呼び声のような気がして、何だか安心した。
「……そうかな」
そんなに長くここで過ごしたという感覚はなかったが、向こうが遅いと感じるほどには時間が経っていたらしい。
「いや、悪い、すぐ行く――いや、ちょっと待て」
そこで細井は、溝口にもこの道を通らせてみたいと、ふと考えた。
なぜかは自分自身にもわかっていない。体験があまりに常軌を逸していたため、それを誰かと共有することによって、
自分の精神の方はあくまで正常であることを確認したいという無意識の欲求のためである。
「実は道に迷ってさ。悪いんだけど、ちょっと今いるとこまで来てくれないか? 場所は――」
溝口は説明を聞くと、ああそこな、わかった行くよと言って、電話を切った。
――大体あと十分か。早く来てくれないか。
細井は目の前の光景を見るのも嫌になりながら、しかしそこを動こうとはせず、友人を待ち続けた。

756 名前:関係があるとかないとか 4/5 ◆u6zkvnkUNA :2006/12/03(日) 11:37:57.05 ID:3y7MG1Xk0
そして、思いのほかに早く、溝口は現れた。しかも。

あの道、あの薄暗く不気味な隙間の間から。平然と。仕切りを除けて。

「お、おおおまえ」
細井は何か言おうとした。だが言葉にならない。
「こんなとこで何で迷うんだ? ウチまでの道知ってんだろ」
溝口は呆れたように言った。
「そ、その道は」
「あ? ああこれは近道だ。そういえばおまえ、ここは通ったことないのか」
結構近道だって気付かないもんなんだよな、と言って、溝口は元来た道を平然と引き返そうとした。
「ホレ行くぞ」
「行くぞって、ど、どうやって」
「いやどうやっても何も。何言ってんだ? 行くぞってば」
「あ、いや、待て」
見たところ、溝口はここを通るのに何の抵抗もないようである。自分が遭った妙なことに、溝口は
遭っていないのか。だったら、こいつについて行けば、もしかしたら何もなく辿り着けるのか。
細井はそんなことを考えながら溝口の後に続いた。根拠などない。しかし、何となくそんな気がした。
そして、予感どおり、三度目に道を抜けた先には、すぐ目前に溝口の家のあるマンションが立っていた。
「な、近いだろ」
溝口はこともなげにそう言った。
「……なあ」
細井は三度呆然として、目を前方に向けたまま横にいる友人に声を掛けると、ゆっくりと首をそちらに向けて聞いた。
「この道って――いや、あの仕切りの字の意味って、何なんだ」
「は? 仕切り? 字の意味? 何だそれ」
「何だそれって、ほら、さっきおまえがどけた仕切りに、部外者以外立ち入り禁止って」
「あ? 道通るのに誰が禁止なんてあるかよ。しかも何だ部外者って。部外者も関係者もねーよ」
「いや確かにそれはそう――あっ」
細井はそこで閃いた。

757 名前:関係があるとかないとか 5/5 ◆u6zkvnkUNA :2006/12/03(日) 11:40:04.61 ID:3y7MG1Xk0
もしや、自分があの道にとって部外者であると思うことによって、「自分は道にとって部外者である」という
「関係」を作ってしまっていたのではないか。
その時点で自分は道と「部外者」という関係のある人間として、完全な部外者では
なくなっていたのではないか。

ややこしいが、そういうことなのかも知れない。だから、立ち入り禁止の言葉通り、向こうに行くことが
できなかったのだ。
溝口はどうやら、あの仕切りに書かれていたことを読んでいないようである。きっと、だからこそあの道を
難なく通れたのだ。
「何だよ」
溝口が尋ねた。
「……や、なんでもないよ」
細井は釈然としたのかしないのかよくわからない心境のまま、少し虚ろな返事を返した。

 帰り道、細井はもう一度あの道を通ってみることにした。正直なところ、またここに戻ってしまうのではないかと
不安だった。しかし、自分の閃きを実証してみたいという思いから、敢えて決行することにした。
その手段には何の工夫もない。ただ歩くだけである。ただし今度は、仕切りを視界に入れず、そこに書いてある
字のことを一切思い出さずに。
最初の一歩を踏み出す。そして次に一歩、また一歩。もうすっかり道は暗い。しかし構わず歩き続ける。
そうして黙々と歩を進めて一分ほど経っただろうか、やはりやや唐突に、目の前が開けた。辿り着いたのは――
何度も辿り着いた、あの場所。右手にビル、左手にコンビニ。道路を挟んで遥か向こうには幹線道路。
つまり、今回はしっかりと、スタートからゴールへと、戻ることなく一本道を向かうことができたのである。
その事実を噛み締めると、細井はなぜか、疲れたとか呆れたとか安心したとか、そんな感覚に襲われて脱力した。
そして崩れ落ちそうな膝を何とか立て直すと、仕切りの方へと向き直り、持っていたポケットティッシュを
取り出した。
――最初から関係者だの部外者だの、それこそ関係なくてもよかったんじゃないか。
それから一度だけ溜息を吐くと、チョークで書かれた字を、二度と読めないように力一杯こすって拭き取った。

おわり



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