【 絶たれた警鐘 】
◆NA574TSAGA




712 名前:絶たれた警鐘(1/3) ◆NA574TSAGA :2006/12/03(日) 04:03:04.18 ID:bFNfydgm0
 旅の男が夕方その町に着くと、鐘のような音が鳴り響いていた。
教会のようなものは見当たらない。
不思議に思って音のする方へと向かうと、そこには一本の細い道路と人々の姿があった。
――いったい何に集まっているのだろう?
男は疑問に思い道路の先を見ようとするが、人が多すぎてできなかった。
男が様子をうかがっていると、一人の老人が話しかけてきた。
「見慣れない顔じゃのう、若いの。旅人かい?」
聞けばこの町の町長だという。
「これはいったい何の集まりなんですか?」
旅の男は町長に尋ねた。
町長は静かな声でそれに答える。
「長らく続いていた通行止めが、解除されるのじゃよ」

 町長の話を聞くうちに、旅の男はそれが道路工事とかそういう類での通行止めではないと理解した。
その道の長さはほんの数十メートル。だがそう簡単に通り抜けることは出来ない。
その道のほぼ中央に、数十年前から「怪物」が居座り続けているからだ。
「怪物」が現れた当初はまだそれが危険だと知らない者も多く、うかつに近づいて命を落とすということも少なくなかったという。
そこで先人たちは考えだした。怪物を探知するシステムを。
「それが、この警鐘というわけですか」
「左様。危険が迫るたびにこの警鐘が鳴り、道路を封鎖する仕組みになっておる」
このシステムを導入したことで、怪物による人的被害は格段に減少した。
だがそれをあざ笑うかのように怪物の出現頻度は増えていった。
いつしか怪物はその数を増やし、ついにはその出現が一日の大半を占めるに至った。


713 名前:絶たれた警鐘(2/3) ◆NA574TSAGA :2006/12/03(日) 04:04:49.63 ID:bFNfydgm0
 「最後に通行止めが解除されたのは、三十年前のことじゃ。
ほんの数分の解除じゃった。
それでも今日のように、『開かずの道』を通ってみようとする人々でごった返した」
町長は複雑そうな表情で話を続ける。
「その解除のときにな、悲しい事故が起こった。
通行止めを解除する際には一つ一つの危険発生のタイミングを厳重にチェックし、その空白の時間を予測することが必要だ。
じゃがな、その日の解除ではたった一つの危険を見落としたばっかりに、多くの人命が奪われてしまった……。
それをきっかけに道路の無期封鎖が決まり、以来警鐘が鳴り続けている」
町長は言葉を切り、長く息を吐いたかと思うとそのまま黙り込んでしまった。
「……ひょっとして、その怪物というのは――」
男の言葉を、町長が遮った。
「……じゃがな、それももう終わりなんじゃ。この警鐘も今日でその役目を終える」
町長は時計を確認し、ゆっくりと歩みだした。
「時代が変わり、もはや人々の心に危機意識は内在しておる。
わざわざ警鐘を鳴らしてまで注意をうながす必要は無くなったんじゃよ」
町長は寂しそうにそうつぶやきながら人々の前に立ち、大声で呼びかける。

 「皆さん! 今日はお集まりいただきありがとうございます!
地下道の開通を前にして、今日は特別に通行が許可されました!
おそらくこれが最期の開門となります!
開門期間は午後五時一分四十二秒から午後五時三分ちょうどまでの約一分半! まもなくでございます!
慌てることなく、二列になってお進みください!」



714 名前:絶たれた警鐘(3/3) ◆NA574TSAGA :2006/12/03(日) 04:05:58.26 ID:bFNfydgm0
 カーンカーンカーンカーンカー……。
町長の一声の直後、それまで鳴り響いていた警鐘がピタリと止み、あたりに静寂がおとずれた。
ゆっくりと、道がひらける。
人々が列を成し、向こう側へと歩いていく。
「……まだこいつが残っている場所があるとは思いませんでした」
男は昔見た図鑑に載っていた写真を思い出しながら感慨に浸っていた。
「昔は当たり前の光景だったんじゃがな。高架や地下道が発達してからはめっきり減ってしまった」
町長はそういって時計を確認する。
「もう時間ですから」とまだ続く列を制し、直後、遠くから落雷のような音が聞こえてくる。

 黄色と黒のしま模様をした竿が音も無く降り、そして「怪物」が再び姿をあらわした。
それらは途切れることなくやってきて、向こう側に渡った人々の姿を覆い隠す。

 その鳴き声を今までかき消していた警鐘は、もうこの町には響かない。


〜終わり〜



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