【 広がる世界 】
◆qygXFPFdvk




632 名前:広がる世界 (1/2) ◆qygXFPFdvk 投稿日:2006/12/02(土) 23:54:13.50 ID:vZEibgX+0
 立入禁止。
 俺はこの言葉が大っ嫌いだ。

「あぶないから、はいってはいけません」
「これから先への、お客様の立入りはご遠慮ください」
「関係者以外の立入りを禁止します」
 などなど……。下手に出ているようではあるが、強い意志で立入りを拒絶してくる。
一体、お前らは何を根拠にその場所を占有しているのだと。誰の許可を得て、そこを独占
しているのだと。小さい頃からそう思っていた。
 元来、人間というものは禁止されるとその禁を破りたくなるものなのである。それを、
これ見よがしに『立入禁止』などと書かれるものだから、ついつい入ってみたくなってし
まうのだ。皆もそう思わないか?
 まぁ、それはいい。とにかく、俺には『立入禁止』の看板は「入れるものなら入ってみ
ろ」という挑発にしか感じられなかった。だから俺はそこら中の立入禁止区画に片っ端か
ら侵入していった。

 一番はじめに俺の前に現れた『立入禁止』は電気会社の鉄塔下だった。俺が遊び場とし
ていた丘の中央に、金網を張って作られた立入禁止。「高圧電源につき立入禁止」と書か
れた看板は挑発的に輝いていた。
 俺だって最初はその看板に従ってた。だが、野球のボールは中に入ってしまうし、真ん
中にあるせいでサッカーは出来ないしで、俺のフラストレーションは積もる一方だった。
何度か金網の向こう側に入ろうと試みた。だが、誰かどこかで見ているのではないか、見
つかったらと叱られるのではないかいう考えがよぎり、金網を越えることは出来なかった。
 そんなある日。俺は見てしまった。電気会社の作業員が金網の中に入っているのを。そ
して彼らはこともあろうか、鉄塔の上に登り始めたのだ。その姿を下から眺めていた俺は、
作業員たちに見下されているような気持ちになってしまった。そして、俺も入ってみたい、
あそこへ行ってみたい、そう思った。
 思い立った俺は止まらなかった。作業員が帰り、日も落ちかけた頃に金網に足をかけた。
それまでは頑なに俺の侵入を拒んでいた金網だったが、あっさりと陥落した。俺ははじめ
て立入禁止の内側に立ち入ったのだ。

633 名前:広がる世界 (2/2) ◆qygXFPFdvk 投稿日:2006/12/02(土) 23:54:32.21 ID:vZEibgX+0
 金網の中に立ち入った俺は、緊張していた。足は震え、心臓は早鐘を打ち、喉から内臓
が出そうだった。だが、「入ってはいけない場所に居る」という状況に興奮してもいた。
 はやる気持ちを抑え、鉄塔を上るはしごに手をかけた。次第に広がっていく視界。夕方
に向けて点灯しはじめる街頭や家の光。反対側からは星空が上ってくる。鉄塔の上の俺を
中心に、光が集まりだした。

 それからの俺は立入禁止の禁を片っ端から破り始めた。工事現場に学校の屋上、倉庫に
廃墟。『立入禁止』と書いてあればどこへでもお邪魔した。特に、中に入って何をする訳
でもない。『立入禁止』の看板によって隔離された空間に立入るだけで俺は満足だった。
他人には超えられない境界線を越える。そうやって、自分の世界が広げることが目的とな
っていた。俺の興味はいつの間にか、立入禁止の中に入ることから“侵入しづらいところ”
へ入ることに変わっていた。
 侵入するためなら何でもした。足音を消す方法を覚え、開錠技術も身につけた。侵入に
は綿密な計画を立て、もちろん脱出の際のことも忘れない。独学で身につけた技術だった
が、どこにだって侵入できる自信はあった。

 大人になった俺は、侵入することを仕事にしていた。空き巣や泥棒のような簡単な仕事
はすぐに飽きてしまい、より難易度の高い侵入を求めた。そして、ある企業で産業スパイ
として雇われはじめる。
 金を貰って侵入するのは趣味でやっているときとは違い、責任がのしかかってくる。
その緊張感は、はじめて『立入禁止』に入ったときと同じく、俺を興奮させた。俺はさら
に技術を磨き、次から次へと侵入していった。最早俺に入れない場所はないと確信した。

 俺に立ち入ることの出来ない場所はない――

 だが、それも長くは続かなかった。空飛ぶ鳥もいつかは落ちる。ちょっとしたミスから
捕まってしまい、今は、この部屋と外にある塀の内側が俺の世界の全部だ。『立入禁止』
の区域は、随分と広くなってしまった。あの塀から出ることを許されるのは十年も先の話。

 でも心配ない。俺はまたすぐに、あの境界線を超えてみせるさ。        <了>



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