【 光の向こう 】
◆AnyTD/7AYY




626 名前:光の向こう1/4 ◆AnyTD/7AYY 投稿日:2006/12/02(土) 23:48:10.39 ID:q8WzxrOM0
 私はそこにいた。
 色のない空、白くなだらかな大地が広がる。右も、左も……どこを向いても同じ。
 音もなく、動くものもない、すべてが止まった世界。
 私はそこに座っていた。
 私は両手でそっと大地をすくう。
 やわらかな感触が手を包みこみ、指のすき間を通り抜ける。
 くすぐったいような、むずがゆいような、どこかもどかしい感覚。
 淡い輝きを残し、少しずつこぼれていく。
 手の下から伸びる、細い一筋の光。やがてそれは大地につながり、小さな山を形作る。
 時間とともに少しずつ積もり、だんだんと成長していく。
 しばらくして、手の中は空になった。
 高いところから低いところへ、地面にできたふくらみは自然にくずれ、大地は元へ戻った。
 私はまた大地をすくう。
 私はくり返す。
 何度も、何度でも。ずっとそうしてきたように。
 それを彼らが望んでいる。だから私はくり返す。
 私は知っていた。
 目には見えない彼らのことを。
 彼らはいつも私のそばにいた。ずっと私を見守ってきた。
 彼らは私に話しかける。
 ……ここにいてね。……ずっとこのまま。……どこにもいかないでね。
 私はそれに従う。
 何も疑わない。何の不安もない。
 そう、このままでいい。それが私のためなのだ。
 今までもそうだった、きっとこれからも。
 私はまた大地をすくう。

627 名前:光の向こう2/4 ◆AnyTD/7AYY 投稿日:2006/12/02(土) 23:49:15.64 ID:q8WzxrOM0
 風のない空、単調な模様をした大地は遠く彼方まで続いている。
 今もまた、世界は過去と同じ未来へと進み続ける。
 ……
 ……私はいつもと違った。
 ぼんやりとした思考の中、その片隅に感じるかすかな違和感。
 ――ここにいてはいけない――
 持ち上げかけた手が止まる。
 手の間から静かに光がこぼれ落ちる。
 私は立ち上がる。
 ふわりと大地が舞い上がり、霧のように散った。
 ……どうしたの。……何かあったの。
 彼らが話しかけてくる。
 私は前を見た。
 はるか地平線で交わる空と大地。他と同じ見慣れた景色。
 きっとその先も同じ。ずっとそれは続いている。
 でも私は知っている。行くべき場所がこの先にある。
 私は歩き出す。
 大地は軽く沈み、足をそっと受け止める。
 一歩、また一歩。足をおいていく。私のいた場所には足あとだけが残される。
 ……どこへ行くの。……ねぇ。……待ってよ。
 彼らが後を追ってくる。
 私は歩く。ひたすら歩き続ける。
 どれだけ進もうとも、風景は変わらない。
 大地に刻まれた痕跡はしだいに消えていき、後には何も残らない。
 ……止まってよ。……歩く必要はないんだ。……座って。
 私は歩く。ただ歩き続ける。
 ……
 ……それはしだいにはっきりと表れはじめた。

628 名前:光の向こう3/4 ◆AnyTD/7AYY 投稿日:2006/12/02(土) 23:50:13.00 ID:q8WzxrOM0
 今まで白かった空と大地。それが灰色がかりはじめた。
 大地は徐々にかたく、冷たくなり、空は暗く不気味な色に変わっていく。
 ……だめだよ。……そっちにいっちゃいけない。……戻って。
 彼らが口々に叫ぶ。
 私は彼らを見ない。
 ぽつぽつと雨が降りはじめ、風が吹きはじめた。
 かたい大地に足が傷つく。
 ……いっちゃだめだ。……早く戻るんだ。
 彼らがしがみつく。
 私は彼らを振りほどく。
 雨は強さを増し、風があちこちを飛び交う。
 どよめく大地が低いうなり声を放ちだした。
 ……。……。
 彼らの声はもう聞こえない。。
 前は見えず、鋭い風が肌を切り裂く。
 大地が足を飲みこみ、雨が体を打ちつける。
 ……
 ……光が見えた。
 世界がゆがみ、大地が波打つ。
 ……ぼんやりと揺らめくほのかな光。よろめくように手を伸ばす。
 大気が震え、体がきしむ。
 ……光が手を伝わって流れ込む。光はしだいに体を覆い、
 やがてあたりが光に包まれた。
 私は身を任せる。邪魔をするものはもうない。
 ……
 ……長かった。
 ……ようやく……私はたどり着けた。

629 名前:光の向こう4/4 ◆AnyTD/7AYY 投稿日:2006/12/02(土) 23:51:01.88 ID:q8WzxrOM0
 ピーーーーーーー。
 乾いた音が、病室に響いた。
「……11時25分38秒。ご臨終です」
 泣き崩れる家族に囲まれたその少女には、全身に無数のチューブが取りつけれらていた。
 医者は無表情のまま、少女の顔から酸素マスクを外す。
 少女はずっと寝たきりだった。話すことも、笑うこともない。
他人の都合で無理やり生かされ続ける。そこに彼女の意思はなかった。
 容態が急変したと聞いたとき、医者はどこかほっとしていた。
これでようやく、彼女は解放されるのだと。
 しかし、彼女を待っていたのは治療とは名ばかりの延命措置。
 医者はやりきれない思いで少女を見つめた。その命が尽きる最期の瞬間まで、
苦しみを与え続けてきた自分を、彼女は果たして許してくれるのだろうか。
 閉じられた少女の瞳は、何も語ることはなかった。

<終>



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