【 看板 】
◆667SqoiTR2




622 名前:看板1/3 ◆667SqoiTR2 投稿日:2006/12/02(土) 23:35:42.90 ID:UGzqRTz10
 僕は告白しなければならない。立入禁止の看板のことを。

 最初の犠牲者が火に包まれたその日、僕は初恋の人の家族が村を去ったことを教えられた。
 僕は泣いた。理由も知らずに、二度と会えなくなるって事だけを思い、ただ泣いた。
 何も知らなかった。それこそが守られた幸せだとも気付かずに、僕は日々を過ごした。
 そのときの僕は、莫迦で阿呆で屑でどうしようもなかった。今なら本心からそう思う。
 だから、僕はろくでもないことを考え付いた。
 少女が働いていた酒場の入り口に、立入禁止の看板を立てた。
 少しくらい嫌がらせをしてやるか、と軽い気持ちだった。
 直ぐに撤去されると思っていたし、笑い話で終わるだろうとも思っていた。

 次の日、僕は反応を確かめるため酒場へ行った。そこはすでに酒場じゃなくて地獄だった。
 僕は逃げた。走って逃げて、家で震えた。
 そして、僕は親から聞いた。女将が物取りに殺されたことと、女将の子供もみんな死んだとこを。
 それは酒場で見た惨たらしい死体だった。僕は泣いて怯えた。
 看板の事なんて、初恋の人のことなんてどうでもよくなっていた。
 生まれて始めて起きた事件が恐怖となって襲い掛かってくるようだった。
 明日死ぬかもしれないと思うと夜も眠れなかった。僕は初めての身近にある死に支配されていたんだと思う。
 だから、僕は村の入り口に看板を立てた。もう物取りが入ってこないように。立入禁止と。
 そうやって、最大の失敗を犯した。

 少しの安心からか知らないうちに寝てしまったその夜、僕は喧騒で起こされた。
 大人たちが外で騒いでいた。僕は聞いた。言い争いの中の言葉を。立入禁止、看板と言う単語を。
 僕は家に隠れて、息を潜めた。
 しばらくすると、物凄い音がして、人が入ってきた。物取りだと思った。
 だが、違った。隣のあんちゃんだった。鉈を持って、血を浴びて、目を血走らせたあんちゃんだった。
 僕は動けなかった。震えも来なかった。息も止まった。あんちゃんは家の中を徘徊した。
 死んだと思った。だが、幸いあんちゃんは僕に気付かず出て行った。
 僕は逃げた。吹き飛ばされた戸を乗り越え、墓場へ走った。
 生きた人間よりも死んだ人間のほうが何倍もよかった。

623 名前:看板2/3 ◆667SqoiTR2 投稿日:2006/12/02(土) 23:36:11.68 ID:UGzqRTz10
 墓場で一日過ごした。そして、腹が減って、村に戻った。
 そこには死んだ人間だけがいた。僕は安心した。家に戻って、ご飯を食べた。
 酒場まで歩いた。生きた人間などいなかった。恐怖が飛んでいった。
 立入禁止の看板まで歩いた。倒れた人間があった。倒れた看板があった。気持ちが落ち着いてきた。
 鼻歌を歌いながらの帰り道に、村長に出会った。死にかけだった。何も怖くなかった。
 村長は、子供たちには言わなかったが、と前置きをしてから喋りだした。

 隣の村は病気で全滅。立入禁止。
 みんなみんな病気に怯える。
 病気になった奴は燃やされる。
 病気かもしれない奴は飛ばされる。
 あの人は彼を病気と疑って、彼は奴を疑った。
 だから、あの人は彼を殺して埋めた。病気がうつらないように。
 だから、彼女はあの人を殺して埋めた。気持ちが治まらないために。
 何度も何度も繰り返す。みんなみんな死に絶える。
 だけど、何もなければそうならない。何かあったからそうなった。
 全ての発端は立入禁止の看板。
 あれで隔離されたと勘違い。みんなみんな病気と勘違い。
 
 そういう話だった。僕は吐いた。
 村長は震えながら口を動かした。その顔を忘れることなどできはしない。

 疑心暗鬼が悪かった。看板が悪かった。死病が悪かった。全てが悪かった。

 村長は何も喋らなくなった。僕は何も考えられなくなった。
 僕が立入禁止の看板を作った。看板がみんなの死体を作った。
 僕がみんなを死なせた。みんなは僕に殺された。

624 名前:看板3/3 ◆667SqoiTR2 投稿日:2006/12/02(土) 23:36:39.26 ID:UGzqRTz10
 死体を墓場に集めた。何日かけたかは覚えていないが、日のあるうちは働き続けた。
 色々な死体があった。全てが苦痛の中で止まっていた。全部が僕への罰だった。
 僕は死体を運びながら謝った。
 親に、隣のあんちゃんに、知っている顔に、知らない顔に謝り続けた。

 そして、全ての死体を集め終えた今。この手紙を書いている。
 これから僕は一人一人の墓穴を掘り、埋めて、墓を立ててから、死ぬ。

 僕はこの手紙を最期に事実を少しだけ捻じ曲げることにする。
 村長が悪かったと言ったのは恨みではなく、謝罪であったとしてやろう。
 村は殺し合いでなく、病気でなすすべなく死んだとしてやろう。
 みんな手を取り合って、慰めあいながら終わってしまったのだとしてやろう。
 それこそが、この村で起きたはずのことだ。

 僕は今から穴を掘る。みんなの墓穴と、自分の墓穴を。
 病気で滅びた立入禁止のこの村で。

 <了>



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