【 招かれざる 】
◆9TeoJ/tyo.




525 名前:招かれざる ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:14:23.63 ID:opNE+4A30
 鬱蒼と茂る、森とも林ともつかない木々の合間を抜け、それは自身の存在を誇
示するよう、あるいはその身を隠すようにして存在した。
 周囲を新緑に囲まれた状況にしてあまりに歪、不釣合い。
 しかし、それはどことなくその風景にこれ以上無いというくらいに適合してい
た。
 感性などという個々の曖昧な境界によるものでは無く、絶対的な調和とも言え
る不思議な空間だ。
 無機質な人工物。鉄筋コンクリートで出来たそれは所々が崩れ落ち、星霜を思
わせた。
 故に、か。
 この世に在らざる者の住まう処としての評判は瞬く間に広まった。
 事実、その場は妖かし共の手に墜ち久しい場所だったのではあるが――。

「あ? 肝試し?」
 不意に、藤森隆のサークル仲間である佐々木由美はそんな単語を口にした。
「そう。この前ネットで探したらさ、あったんだよねーいい所! 夏休みに旅行
行くじゃない? それをさ、そこに近い所にしたいなー、なんて」
「おまえ、またかよ。今回くらい普通の所にしないか?」
 肩をすくめ、半ば呆れながらの返答。由美は心霊スポットに目が無く、隆はそ
れに振り回される形でそれらに度々足を運んでいた。これまでに心霊現象といっ
たものに出くわしたことは無いのだが。
「いいじゃない別に。ほら、智美と仲良くなれるチャンスなのよ」
 強引に推し進めようとする由美は、隆の惚れている香山智美を引き合いに出し
た。
「う、それは……ちょっとイイ、かも」
「ていうか慎也にはもう言ってオッケー貰っちゃってるしさあ」
「何だよそれ。事後承諾じゃねえか」
「あはは、細かいことは気にしない気にしない。じゃあ日程とか詳しいこと決ま
ったらメールするね」
「ああ、わかったよ」


527 名前:招かれざる2/7 ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:15:36.73 ID:opNE+4A30
 八月も半ばに差し掛かった頃、隆らは由美の彼氏である中川慎也の運転する車
で、例の心霊スポットに近い宿に向かった。目的地周辺はリゾート地としても優
秀で、この時期に予約を入れることは難しいらしい。だが幸いにも定数ギリギリ
の所で、大部屋だが部屋を取ることができた。
 今回の旅行のメンバーは藤森隆、佐々木由美、中川慎也、香山智美の四人。全
員同じ大学のサークル仲間だった。
 和気藹々とした車中。話題の中心はやはり今回の旅行のメインとなるであるだ
ろう、例の場所についてのものが多かった。
「ねえ由美。その心霊スポットって……どんな感じなの?」
 智美は後部座席から身を乗り出して、恐る恐る助手席に座る由美に訊ねた。今
回のメンバーの中では、智美だけが過去の由美の心霊スポット巡りに同行してお
らず、智美にとって今回が初めての肝試し、ということになる。
「うーんとね。確か観光を目的としたホテルにする予定だったんだけど、スポン
サーの会社が倒産して建設途中のまま放置されたって話だよ」
「なんだそりゃ。割と良くある話じゃねえか」
 この程度では怪談にもならない、と隆は煽るような口調で言い捨てた。
「ふふん、話はこれだけじゃないんだな。その会社の倒産の原因っていうのがち
ょっとおかしな話でね……」
「何でも、建設過程で死傷者が続出。建設会社の方は手を引きたいって再三言っ
てたんだがスポンサーの方はごねにごねたらしい。そんで双方の論争が終わらな
い内にスポンサーの方は原因不明の経営不振に陥り、最終的には社長が自殺まで
したらしいぜ」
「しーんーやー。私のセリフ取らないでよ!」
「まぁ、ホント良くある話だよな」

528 名前:招かれざる3/7 ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:16:19.91 ID:opNE+4A30
 その通りだった。この手の怪談話には少なくないエピソードだ。現に似たよう
な話を二年ほど前に行った廃ビルの時にも隆は聞かされたものだった。結果は言
わずもがな、何も起こらなかったのである。
「ふーん……」
 智美は後部座席の背もたれにどさりともたれかかった。顔色は、決して良いと
は言い難い。怯えを押し隠すような表情を、隆は横目でチラチラと見ていた。
「さーて、見えてきたぜ」

 昼のうちは青く澄み切った海辺での遊泳を楽しみ、日が落ちたら花火。そして
充分に宵も更けた頃、隆らは今回のメインイベントを行うべく、車でその場所へ
と向かった。数分走らせるとやがて目的地へと辿り着く。ただ野生の木々が生い
茂る、ありのままの自然と言った表現の似あう場所だった。
「ここからちょっと歩くから」車を降り、由美は先導を切って林の中へと歩き出
す。「足元暗いから気をつけてね」
 持ってきた懐中電灯は二つ。二人一組で由美は慎也、隆は智美と行動すること
になった。
「香山?」
「あ、うん」
 少し躊躇するような仕草。怯えているのだろうか。隆はそっと手を伸ばし、安
心させようとその手を握ると、白く透き通った絹のような繊細な肌の感触が伝わ
ってきた。
「ここ、だね」
 由美が指で指し示した先には、周囲を木々に囲まれ悠然と佇む廃墟があった。

529 名前:招かれざる4/7 ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:17:03.59 ID:opNE+4A30
「ほ、これは……」
 四人は固唾を呑んだ。これまでに感じたことの無い威圧感がそれから漂ってい
る。
「実際見ると、結構迫力だね」
 言って、由美は廃墟に近付いていく。三人はその言葉で呪縛から解き放たれた
ように活動を取り戻した。
「ほらほら、中入ってみようよ」
「ああ」
 由美と慎也は二人でさっさと中へ入っていった。隆もそれを追おうとしたが、
智美は入ろうか躊躇っているようだった。
「大丈夫だって。俺らも行こう」
 努めて優しい声色になるように、隆は智美を促す。逡巡の後、智美は隆の手を
更に強く握り締めながら廃墟の中へと足を踏み入れた。

 廃墟の中は、端的に言ってしまえば期待はずれだった。スプレーで落書きされ
た壁、食い散らかされた菓子類の残骸。どれもこれも今まで行ってきた所と代わ
り映えしなかった。
「なーんだ。結局こんなもんなのね」
「まぁ、そこまで期待してた訳じゃないが正直ガッカリだな」
「な、大丈夫だったろ?」
「うん。もっと何か起こったりするのかなって思ってたけど、これなら全然」
「あ、階段があるよー。上に上がってみる?」
「そうだな、もうこの階は大体歩いただろ」
 談笑しながら、四人は更に奥へと足を踏み入れる。
 しかし、
「あれ?」
「どうした?」
「いや、別に」
 奇妙な既視感が隆を襲う。他の三人は何も気付いていないようだ。気のせいだ
と自分に言い聞かせ、四人で二階の詮索に取り掛かった。

530 名前:招かれざる5/7 ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:17:33.82 ID:opNE+4A30
「ねえ」
 しばらく歩みを進めると、今度は智美が口を開いた。
「私達、……同じ場所歩いてない?」
「まっさかー、なに言ってんの智美。階段上がってるんだから同じ場所歩いてる
訳ないでしょ?」
「そうだな。似たような所はあるかもしれないけどさ」
「…………」
 前を行く二人は否定し、隆は沈黙で応じた。そう、隆の感じた既視感とは智美
と同じものだったのだから。
「おい、どうした隆。まさかお前まで同じこと言うんじゃないよな?」
「いや、そう……なんだけど」
「おーい、隆さん。雰囲気に流されて適当なこと言ってない?」
「流されてなんかねえよ! 何かおかしいんだってここ!」
「あーはいはい、わかったからさ。もう一回階段昇ればいいんじゃない? そう
すりゃわかるでしょ、勘違いでしたーってさ」
「そうだな。もしそれで勘違いって認めたら、俺はお前をチキン野郎と呼んでや
る」
 四人は再度階段へと向かった。由美と慎也は隆をからかう為に、隆と智美は自
分の認識がただの勘違いで済むように、と。
 だがその希望は裏切られた。階段を昇った先にあった光景は、一階と全く同じ
だったからだ。
「嘘……だろ」
「まだわかんないよ! 出口行ってみようよ、そうすればここが三階だってわか
るからさ!」
 四人は駆け出した。今この身に起こっている現象が、嘘であるようにと祈りな
がら。過ぎる景色はどれもこれも一度見たものと認めず、出口は無く窓辺に出る
だけなのだと信じて。
 そして辿り着いた。
 自分達がこの廃墟に入ってきた最初の場所へと。

531 名前:招かれざる6/7 ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:18:02.55 ID:opNE+4A30
「おい! どういうことなんだよこれは!」
「私だってわかんないよ。こんなの初めてだもん!」
 飛び出した所で由美と慎也が口論を始めた。隆、智美もこれに加わりたかった
が、先に現状を把握していたせいか、幾分二人よりは冷静だった。
「何か、嫌な感じがする……。ここから離れた方が良いんじゃないの?」
「ああ、俺もそう思う。早くここから逃げようぜ」
 四人は再び駆ける。いや、その様は逃げると言った方が正確だろう。息を切ら
しながら駐車した場所へと向かう様子は草食動物のそれだ。
 車に無事四人乗り込んだことを確認すると、それぞれは安堵のため息を漏らし
た。
「……何だったんだろうな、あれ」
「さあ、私に聞かないで」
 ぐったりと疲弊しきった四人は、それきり会話を交わすこと無く、静かに車は
走り出した。

532 名前:招かれざる7/7 ◆9TeoJ/tyo. 投稿日:2006/12/02(土) 18:18:57.78 ID:opNE+4A30


 此処ハ、黄泉ノ住人ノ住マウ処。
「おい、スピード出しすぎじゃないか?」

 迷イシ者ノ為、門戸ノミハ開ケヨウ。
「いや、なんかちょっと調子が……」

 ダガ、其ヨリ奥ハ未ダ世ニ在リシ者ノ立チ入ルヲ禁ズ。
「お、おい次のカーブ確かきついぞ。このままじゃやばいって!」

 立チ入リタクバ、
「だから、ブレーキが効かねえんだよ!」

 ソノ身、朽チテヨリ参ラレタシ。


 了



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