【 活火山と謹慎処分 】
◆KARRBU6hjo
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456 名前:活火山と謹慎処分 1/6 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/11/27(月) 01:49:10.45 ID:cfhB/R260
深夜、海沿いに立ち並ぶ巨大な倉庫の群れ。
切れかけた電灯が点滅する薄闇の中、海風に紛れて複数の足音が微かに響く。
「――こちら日野山。三番倉庫異常ありません」
冷たい倉庫の壁に耳を澄ませながら、日野山は無線に向かって呟いた。
『――よし、次だ。俺は八番に回る。お前はそのまま四番を調べろ』
無線からは擦れた男の声が返ってくる。日野山はその声に「了解」とだけ応え、再び足を忍ばせながら歩き出した。
――今日の深夜一時、五船町の港倉庫で、『置き土産』とチャイニーズマフィアの取引がある。
月倉署にそのような内容の密告が入ったとき、既に時刻は午後八時を回っていた。
『置き土産』――最近急速に勢力を拡大しつつある、ドラッグの密売組織。
その頭目が逮捕されてから刑事課でこう呼ばれるようになった犯罪組織は、壊滅状態から瞬く間に復活し、あらゆる分野にその触手を伸ばし始めていた。
その復活に辛酸を舐めていた刑事課は、密告に対して即座に動き、準備を整えて捜査を開始。
裏を取った刑事たちは、現行犯を押さえる為、深夜の倉庫に乗り込んでいた。
『いいか、日野山。絶対に先走るなよ。何が起こっても、絶対にだ』
先程から再三に渡って繰り返される忠告を、日野山は無言で聞き流す。
自分はそんなに信用が無いのかと彼は眉をひそめたが、彼の性格を知る者からしてみれば、その忠告は至極当然のものであった。
日野山は四番倉庫に回り、倉庫の壁に耳を当てる。
倉庫の窓は全て完全に塞がれており、光の一筋すらも漏らしてはくれない。物音を探る事だけが彼らの頼りだった。
幸い、倉庫の壁は薄い。物音だけならば簡単に拾う事が出来る。
全神経を聴覚に集中し、中の様子を探る。微かな恐怖を感じる程の静寂の中、
――ざわり、と。日野山の背筋が総毛だった。
「……当たりか」
倉庫の中で蠢く気配を、日野山は敏感に感じ取った。
連中は声を一切発していない。だが、人間が行動するには、どうしても物音が付き纏う。
日野山は、この場所を仲間に場所を伝えようと無線を手に取ってから、
助けて、と。微かな少女の声を聞き取った。
思考が灼熱する。何かを考えている暇も無い。
日野山は即座に拳銃を抜き放ち、倉庫の壁を蹴破った。
458 名前:活火山と謹慎処分 2/6 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/11/27(月) 01:49:49.70 ID:cfhB/R260
結果として。
壮絶な銃撃戦の末、拘束されていた少女は救出され、『置き土産』とマフィア双方の構成員六人が、現行犯で逮捕された。
「――俺が何を言いてぇか、もう分かってるよな、日野山」
「…………」
目の前の壮年の刑事の言葉に、日野山は黙り込む。
「絶対に先走るなと、俺は何度もテメエに言ったよな。それが何なんだこのザマはッ!?」
「……ッ、ですが、古川刑事! 自分があそこで踏み込まなければ、あの少女は暴行を受けていたところでした!」
日野山の主張は、間違いなく真実であった。繁華街か何処かで攫われて来た少女は、確かに暴行を受ける寸前だったのである。
「だから何だってんだ、ええッ!? 敵の本拠地に単独で突っ込む馬鹿が何処に居るッ!?」
銃声を聞き付け、他の刑事たちが四番倉庫に駆けつけた時は、既に日野山は銃撃戦の只中だった。
犯罪組織の幹部たちは既に逃亡しており、日野山は少女を抱えて反撃を繰り返す。
飛び交う銃弾の中で大した怪我人が出なかったのは、殆ど奇跡としか言い様がなかった。
「自分は、間違った事をしたつもりは一切ありませんッ!」
相手の目を見据え、日野山ははっきりと断言する。
「ンだと、餓鬼が吠えるんじゃねぇッ!」
古川は目を見開いて、日野山の胸倉を掴み上げた。
「ちょ、ちょっと古川さん! やり過ぎだよ!」
他の刑事たちが止めに入るが、古川は手を放さず、そして日野山も視線を逸らさない。
そのまま二人は膠着状態に陥っていたが、やがて、古川の方が溜息を付いて手を放した。
古川は無言で踵を返し、部屋を出て行く。幾人かの刑事がその後ろを追って行ったが、日野山はその場に立ち尽くしていた。
「……日野山君。課長が呼んでます」
日野山の後ろ姿に、一人の女性刑事が声を掛ける。日野山は振り返る事もしないまま、無言で歩き出した。
459 名前:活火山と謹慎処分 3/6 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/11/27(月) 01:50:57.53 ID:cfhB/R260
日野山耕二、刑事課内での異名は『火山』。
『ヒノヤマ』という名前を捩って付けられたこの異名は、文字通り、彼の性格そのものも表していた。
一度噴火すると手が付けられず、そして凄まじい破壊力を持つ活火山。
そう、日野山は強い。激しい銃撃戦の中で、一人の少女を守りながら無傷で生き残れる程に。
刑事課の中でも彼のその戦闘能力は突き抜けており、特に銃を扱わせれば右に出る者は居ない。
上層部からして見れば、多少の問題が在ろうとも、彼は手放すには惜しい人材であり。
彼が問題を起こしても、刑罰はあまり重くならないというのが、刑事課全体の認識であった。
戒告処分と、一週間の自宅謹慎。それが、日野山に下された処罰だった。
最も、彼は反省など一つもしていなかった。
あの行動があの場に対する最高の判断だったと思っていたし、犯罪組織の幹部たちを取り逃がした事も仕方の無い事だと考えていた。
優先されるのは、罪人の逮捕ではなく、人々を救う事。それが彼の信念だった。
日野山は自分の家を出て、夜の繁華街へと向かう。
自宅謹慎中の身でさえ、自主的に繰り返してきたパトロールを止める気は、彼には更々無かった。
夜の繁華街は、正しく無法地帯に等しい。
煌びやかなネオンの奥に一歩でも踏み込めば、其処は暴力とドラッグが蔓延する裏社会の入り口だ。
日野山は暇を見つけてはここに通い、裏路地に潜む犯罪の摘発に一役買っていた。
自販機で煙草を買い、近くの壁に背中を預ける。その目は鋭く周囲に向けられ、ある路地の入り口で止まり、細められた。
――あれは、恐喝か。
日野山は身を起こし、そちらに向かって歩き始める。
が、ふと頭に一つの疑問が浮かんだ。
そう言えば。謹慎中の身で犯罪者を逮捕する事は出来るのだろうか。
無論、それを恐れて立ち止まる日野山ではない。また上から刑罰が下る程度で、自らの信念を曲げる事など許されないのだ。
不意に、ぽん、と肩を叩かれる。
「駄目ですよ、日野山君」
何がだ、と怒りの表情で振り返る前に、その女性は日野山の前に出た。
「私が行きます」
同僚の、小森綾子だった。
460 名前:活火山と謹慎処分 4/6 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/11/27(月) 01:51:52.24 ID:cfhB/R260
「まったく。君は自宅謹慎のハズでしょう。何でこんなところにいるんですか」
緊張感の無い声でぷりぷりと怒る小森を尻目に、日野山は密かに関心していた。
小森の手際は素早かった。自分が三掛ける所を、たったの一で片付けてしまう。
刑事課には全くそぐわない人格の持ち主だと思っていたが、中々にちゃんと刑事をしているらしかった。
「ちょっと、聞いてるんですか日野山君!」
「あ、いや」
これでも、一応先輩の刑事である。失礼な事を考えていた自分を恥じて、日野山は小森に向き直った。
「パトロールは自分の日課です。謹慎中でも止める訳にはいきません」
「何か理論が飛躍してる気がしますが……自宅謹慎なんですから、ちゃんと自宅で謹慎してないといけませんよ」
小森は溜息を吐いて、まるで教師のような口調で日野山に注意する。
「ですが、自分には自宅で何もせずにいる事は耐えられません。それに、自分には反省すべき点が無いので、謹慎の意味もありません」
その言葉を聞いて、小森はぽかんとした表情をした。自分は何か奇妙な事を言ったか、と日野山は首を捻る。
「……ほんっとーに頑固なんですね、日野山君。古川さんと仲が悪いのもよく分かりますよ」
古川の名前を聞いて、日野山は顔を顰める。自分の行動に最も突っかかって来るのが、古川という刑事だった。
「あ、やーな顔してますね、日野山君。古川さんがそんなに嫌いですか?」
「……いえ、嫌いという訳ではありません。ただ、納得が行かないだけです」
日野山と古川が衝突する時は、決まって日野山が暴走した後だった。
勿論、日野山はただ単に暴走しただけではない。ちゃんと、それ相応の成果を上げて帰還した。
今回の件でもそうだった。少女を助け出した日野山の行動は、決して悪いモノではなかった。
だが、古川は激怒した。日野山が一人で突っ走った事に。
「古川刑事の言い方では、あの少女は助からなくてもいいと言っているようでした。自分にはそれが理解できません」
言葉の端に怒りを交えながら、日野山は古川を批判する。
「……それは違いますよ、日野山君。古川さんだって、女の子が助かった方がいいに決まってる」
「ですが、古川刑事は、それよりも犯罪者の逮捕を優先しろ、と、そのような内容の事を」
「違います!」
突然声を張り上げて、小森は日野山の言葉を否定した。目を丸くする日野山に、小森は続けざまに大声で言う。
「古川さんは、犯人を捕まえられなかったから怒ってるんじゃありません!」
「――では、どうして」
「あなたが、危ない事をしたから怒ってるんです!」
461 名前:活火山と謹慎処分 5/6 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/11/27(月) 01:52:31.04 ID:cfhB/R260
今度は、日野山がぽかんとする番だった。
「は、い? 自分が?」
「そうですよ! 一体何考えてるんですか!? 怪我したら、死んじゃったらどうするんですか!」
自分の保身など考えた事もなかった。刑事という仕事は、自ら危険に身を投じて、人々を救う仕事ではなかったか。
「女の子を助けたのは凄いと思います。偉いと思います。でも、守り通せなければそれまででしょう!?」
あの方法の他に、何か手は無かったのか。相手の注意を引き付けるとか、密かに忍び込んで助け出すとか。
敵のど真ん中に一人で突入するような暴挙を犯す前に、一言でも仲間に連絡を入れるとか。
「……自分は」
一人で突入した事は、結果的には成功だった。それは、今でも自信を持って言える事だ。
だが、それでも。
日野山は、初めて自分の行いを反省した。
462 名前:活火山と謹慎処分 6/6 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/11/27(月) 01:53:11.79 ID:cfhB/R260
「ごめんなさい、怒鳴ったりしちゃって」
小森がぺこりと頭を下げる。
「いえ。謝るのはこちらの方です」
日野山は、小森よりもずっと深く、きっちり五秒間頭を下げた。
「――そう言えば。小森刑事はどうしてこの繁華街に?」
それを聞いて、小森の目が細められる。
「実はですね、『置き土産』の件で新しく分かった事がありまして」
「……というと?」
「捕まえた人から聞きだした話なんですが。彼ら、人身売買にまで手を伸ばしている、という話なんです」
人身売買。日本では凡そ聞きなれない言葉に、日野山は眉を顰めた。
「それで、あの少女はあんな場所に」
「ええ。それで暫くの間、繁華街に張り込みが付けられる事になったんです。私の他にも何人か来てるハズですよ」
小森はそう言ってから、笑顔を作って一歩引いた。
「それじゃ、そろそろこの辺で。日野山君、ちゃんと家で謹慎してるんですよー」
「嫌です」
「へっ!?」
日野山の口から飛び出した予想外の言葉に、小森の表情が凍りついた。
「自分も捜査に参加します」
「え、で、でも謹慎は……」
「もう反省したので大丈夫です」
日野山はそれだけ言って、つかつかと繁華街を歩き出す。
日野山耕二、正義感溢れる活火山。仲間が走り回っているのに、黙ってなどいられない。
「い、いや、ちょっと待ってくださいよ日野山くーん!?」
夜の繁華街に、小森の悲鳴が木霊した。
終。