【 ある男の帰還 】
◆dT4VPNA4o6




370 名前:ある男の帰還1/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:00:01.03 ID:XdlsBi9U0
「ウィリス君、君は本気でそんなことを言っておるのかね? 」
 オリエント連邦捜査局の刑事局長スウェインは、苦虫を噛み潰したような顔で
目の前の捜査官に尋ねた。
「お言葉ですが、今まであらゆる手段を講じて、ことごとく失敗したことは
局長も良くご存知のはずです。最後の手段といっても過言ではありません 」
「だからと言ってアレを解き放つ理由にはならん。アレが二十年前何をやらかしたか
知らないわけではあるまい? 」
「もちろんです。だからこそ今回の作戦に打ってつけです 」
 ウィリスと呼ばれた若い捜査官は、上級幹部に対して気負った様子も見せず言葉を返した。
「だいたい、あの件はもう我々の手を離れつつあるぞ。警備局が主導権を主張してきておる 」
「私には局長がそれを望んでいるようにも見えますが? 」
「馬鹿なことを……だが我々の手に余るのも事実だ 」
 スウェインはそう言って背もたれに身を預けた。
「警備部にやらせれば、武装機動隊が突入して人質を救出、連中はまあ皆殺しでしょうね。 
でも、それじゃ意味がないんです。何のために今まで粘ってきたか局長もご存知でしょう」
捜査官は身を乗り出してスウェインに訴えた。スウェインは今度は机の上に組んだ手に
額を乗せて黙り込んだ。
「局長 」
「アレなら死者なしで制圧できると言うのか? 」 
「その通りです 」
「……二時間後に局長会議がある、そこで提案してみよう。期待はするなよ、警備局長の
ウォルターが反対するだろうしな 」
 渋々そう言うスウェインにエレナ・ウィリス捜査官は、
「は、ありがとうございます」
 とだけ返すに留まった。
 
 二時間三十分後、局長会議の結果ある捜査官の身柄の拘束が解除された。

371 名前:ある男の帰還2/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:00:34.81 ID:XdlsBi9U0
「もう既に目覚めています。意識もはっきりしていますが、まだ身体は拘束したままです」
 本部を後にしたエレナはその足で留置場にに向かっていた。本来未決囚を収監しておく
留置場は現在、超法規的理由で長期的な拘束の必要な人物の収監に使われていた。
「今は会話が出来れば十分よ、彼に現状は伝えているの? 」
「いえ、まだです。何せ二十年ですからね、浦島太郎に説明するようなものです」
「時間が無いわ、全部私から説明する。この部屋ね 」
 係官にそう答えエレナはあらかじめ指定されていた部屋に入った。
 彼女が入った部屋は取調室だ。と言っても唯の机がある部屋ではない。対面者とは
防弾防圧ガラスで仕切られ、相手側には催涙ガスを噴射できる仕掛けが施されていた。
 仕切りガラスの向こうには男がいる。ただし厳重な拘束を施され、首から上のみが
辛うじて動けるようになっていた。
「マサヤ・シンドウ警部補ね、あなたの懲戒処遇が決定したわ 」
 エレナがマイクで男――シンドウに話しかけた。
「あなたは現時点より私の指揮下に入ってもらうわ。そして現在進行中の事件の
解決に協力する。事件の解決を以って貴方は通常の任務に復帰できるわ、理解できる? 」
「その前にひとつ良いか? 」
 時間が惜しいエレナにシンドウは初めて話しかけた。
「何かしら?手短にお願い 」
「話も良いが、腹減ってるんだ。飯食わせてくれんかな 」
「……拘束を解除してあげて」

「ふん……二十年も眠ってたとはな。それを懲役扱いにすれば俺は十分勤めてるんじゃねえの? 」
 出された食事を食べ終わり、シンドウはエレナから食事中に解説された自分の状況をおぼろげに把握していた。
「貴方が二十年前にやったことを考えれば、かなり寛大な措置よ。それに、これは要請じゃなくて
命令。貴方の身分はまだ警察官よ 」
「あぁ、そう言えばそうか。しかし気が乗らんな 」
 顎をさすりながらぼやくシンドウにエレナは
「貴方の気分で左右されていい問題じゃないのこの件は。」
 と詰め寄った。
「分かったよ、じゃあシッカリ説明しな。その立てこもり犯どもの状況をよ」

372 名前:ある男の帰還3/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:01:01.96 ID:XdlsBi9U0
「初めは大したことは無かったわ、目をつけていた運び屋が偶々大口のドラッグ取引の運送を担当することになったの。
まあ、確かに大物ではあったけど警官隊で包囲すれば制圧できるはずだった。抵抗するメリットなんか皆無のはずよ。 」
 現場に向かう車中でエレナは解説を始めていた。
「でも、現場にいた構成員達は大人しくしてなかった。武装した連中は、応戦して十二名の警官と運び屋を殺傷して
ドラッグを持って逃走。ダマスカス市街を警邏隊に追われながら『ホテル・カダフィ』に逃げ込んだのが一週間前よ 」
 シンドウは黙って話を聞きながら時折、窓の外を見て物珍しそうにしている。
「以来、人質をとってホテル内に篭城。ライフラインはすべて停止したけど、キッチンにあった食料と
水で食いつないでるみたいね。連中の要求は海外逃亡の為の航空機と、脱出先までの安全の保証 」
「二十年経っても、立てこもった連中のやってることは一緒だな。 」
 話を聞き終わったシンドウが口を開いた。
「で? 一週間経っても特殊部隊を突入させないのは、理由があるんだろう」
 その言葉にエレナは頷き話を続ける。
「篭城の対応と平行して、抵抗した理由が何か捜査が続行されたわ。その結果ドラッグの出所が
通常とは違うことが判明したの 」
 シンドウが無言で先を促す。
「キプロスで精製されたものがベイルート経由で入ってくるのがいつもの経路。でもここ一ヶ月、
運び屋は国外には出ていない。ドラッグの入手も国内で行われたようなの。 」
「なるほど、国内で精製されたとなると供給が増えることになるな。突入させて皆殺しにすれば、
取り調べも裁判も出来ないというわけだ 」
「精製という言い方は語弊があるわね 」
 シンドウの言葉にエレナは少し顔を曇らせ言った。
「残されたドラッグを分析した結果、半年前に摘発されたテロ集団から押収されたものと同じだったわ
これが何を意味するか理解できる? 」
 エレナの言葉にシンドウは苦笑いを浮かべながら、
「警察の横流し、か。何も変わってないなその辺は。しかもテロ屋からの押収品なら上層が絡んでるか」
「そうよ。いくら腐敗が進行してるとはいえ、連邦最大の治安懸案の一つであるドラッグに警察が絡んでるなんて
大恥もいいところだわ。必ず犯人を逮捕してすべて白日の下にさらす必要があるわ」
 怒りを顔ににじませエレナは言った。
「アンタ、生真面目だ、とか言われないか? 」
「私は職務に忠実なだけよ 」 

373 名前:ある男の帰還4/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:01:38.29 ID:XdlsBi9U0
『ホテル・カダフィ』周辺は大勢の警官隊の他、報道陣、さらにその外周にそれを上回る野次馬が取り巻き
大変な混雑となっていた。その間を二人が乗った車が進んでいく。
 到着した二人は現場の責任者に予め用意された突入経路に案内された。
「しかしな、警視。解ってると思うが俺は確かに凶行犯係りだったけどな、武装した連中に手加減は出来んぜ」
「貴方より性能が低ければ、話にならないわ。武装機動隊の突入は論外。貴方のことを知らなければ
私も諦めてたでしょうね」
 防弾着を着込みながらエレナが答えるのを見て、シンドウは顔を顰めた。
「警視、アンタ着いて来る気か? 格好つけるくらいなら……」
「貴方一人を突っ込ましたら、武装機動隊を突入させるのと同じよ」
「信用されてないな……」
「当然よ、貴方は二十年前警察権力を相手に三日三晩、原因不明の暴走で暴れまわったのだから」
 その言葉に、シンドウは感心したような顔になった。
「あぁ、どんな風に誤魔化したのかと思ってたが意外と曖昧だな」
 逆に今度はエレナが眉を顰めた。
「誤魔化した?」
「何でもないさ……うん。処でジョシュ・ウォルターは今どのポジションなんだ?」
 エレナは質問の意図が理解できなかったが、
「ウォルター警視監の事かしら? 彼なら今は警備局長だけど」
 と答えた。
 その回答にシンドウはフンと鼻を鳴らして、
「あいつが局長か、出世したもんだな。いや、スマンね関係の無い話を振って」
 そう言ってシンドウはエレナに向き直った。
「確認しておこう。人質は八名、犯人は十五名。人質は全員最上階のロイヤルスゥイートに監禁。
人質はもちろん全員救出、犯人も殺さずに捕らえる。これでよかったか」
「okよ。じゃあ行きましょう」
 エレナは連射式のテーザー銃を持って続けた。
「期待しているわ、サイボーグ刑事」

374 名前:ある男の帰還5/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:01:59.09 ID:XdlsBi9U0
それを突入と言うには余りにものんびりとした物だった。
 ホテル内のすべてのセンサーは自家発電機で賄われていたが、当局が欺瞞工作を施していたため、
突入がばれることは無かった。
 唯でさえ余裕のある状況下において、戦闘サイボーグであるシンドウにとって訓練されていない
構成員などはものの数ではなかった。
「こいつで最後だ。楽勝だったな」
「もしかしたら貴方に出てもらうことも無かったかも。」
 エレナは拍子抜けしたように言った。
「後は、警視アンタの仕事だ。ところで俺はこれからどうなる? 」
「しばらくは留置場で拘留することになるわ。でも、前みたいに完全に機能を
停止させるようなことはしないはずよ。暫くすれば貴方は正式に職務に復帰できるわ」
「もし、辞めたいって言ったら? 」
「戦闘機能を取り外した後、晴れて自主退職と言うことになるわ。とにかく……」
 その時だった。突然二人がいる部屋のドアが開き、筒状のものが放り込まれた。
「ちっ早いな」
 シンドウがそれを素手でつかみ窓の外に放り出したと同時に、武装した特殊部隊が
部屋に突入してきた。
「目標確認! 」
 銃口がポイントされた先はシンドウだった。
「待ちなさい、その人は警察官よ!」
 エレナの制止も聞かず一斉に銃が火を吹いた。だが、シンドウに発射された弾が
あたることは無かった。凄まじい身体能力で弾丸をよけたシンドウは、着地の後すばやく身を返すと、
隊員の一人に襲い掛かった。
 あまりの速さについて行けなかった隊員の一人が鉄拳の餌食になる。続けてシンドウは
奪った銃で残りの隊員の両足を打ち抜き無力化した。
 エレナは倒れた隊員に近づくと隊章を見て顔色を変えた。
「この人たち、警備局長直属の部隊よ。私たちから連絡があるまで突入は控えるって事になっていたのに」
「思案中のところ悪いんだが、警視には先に緊急用の脱出装置で先に出てもらうぜ」
「シンドウ警部補、貴方何か心当たりがあるのね」
「後で話しますよ。まだ後二十五人、どうやら俺に用があるようなんでね」

375 名前:ある男の帰還6/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:02:23.17 ID:XdlsBi9U0
突入した警備部の部隊はほとんど状況を知らされていなかった。彼らに与えられた命令は、
戦闘サイボーグであるマサヤ・シンドウと犯人全員を抹殺すること。
 そこにどのような力学が働いているか彼らの知るところでは無かったし彼らもまた
興味は無かった。与えられたサイボーグ用装備を身に纏いひたすら標的を探索していた。
 そんな彼らの目の前に、
「二十年前、俺が眠ったときも最後はお前らだったな」
 シンドウは無造作に姿を現した。
 警告も無い。すぐさま銃弾の雨が彼を襲ったが、一飛びで斜線をかわしたシンドウは、
あっという間に二人を無力化し残りの隊員に遅いいかかる。
 その瞬間、別の方向から弾丸が飛んできてシンドウの頭を掠めた。連絡を受け別働隊が
集まりつつあった。
 シンドウはいったん襲撃を取りやめ身を翻してその場を後にした。すぐ後ろを隊員たちが追随する。
『目標は中庭に向かった、各員目標を追い詰めろ』
 隊員達が睨んだ通り、シンドウは中庭に入った。すかさず隊員たちは彼を中庭の隅に追い込んだ。
 だがシンドウに焦った様子はない。二十三名の特殊部隊を前にしても悠然と構えている。
「撃てっ!!」
 号令のもと引き金が引かれる。だが、その瞬間シンドウの体から激烈な光が発生し――
「全方位ショックスタンだ。知らなかったなら覚えておくんだな」
 中庭を立ち去るシンドウはそういい残したが、それに答えるものはいなかった。

 立てこもり犯達を引き渡したシンドウは、そのままエレナと一緒に本部に向かっていた。
「貴方はこのまま留置場に戻ってもらわないといけないのだけど?」
「この事件の黒幕を逮捕したくは無いのか?」
 エレナはその言葉にシンドウの方に向き直った。
「どういうこと?」
「そのまんまさ。さっきの部隊が警備部の差し金で、標的は俺ときた。だったら
あの部隊を動かせるやつが犯人だろ」
「根拠としては薄弱だわ。それにそんな権限を持ってる人物は……」
「まあ、ウォルターに聞いてみれば分かるだろうよ」

377 名前:ある男の帰還7/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:02:47.14 ID:XdlsBi9U0
ジョシュ・ウォルターは、自分の執務室で隊員からの報告を苛つきながら待っていた。
予定ではもう終わってるはずだった。刑事部のあの小娘とチンピラと一緒にシンドウは、
今度こそ完全に葬られるはずだった。だがその結果はまだ彼の元には届いていない。
 突然、ノックも無く部屋のドアが開けられた。何者かと怒鳴ろうと目をやった先には、
「ようウォルター、久しぶりだな」
死んでいなければならない筈のシンドウが立っていた。その傍らにはエレナもいる。
「な、き、貴様に入室を許可した覚えは無いぞ! ウィリス警視、これはどういうことだね?」
 いきり立つウォルターにエレナは
「警備局長、お尋ねしたいことがあります」
 気負うことなく詰め寄った。
「特殊部隊の突入を指示したには貴方ですね? 」
 いつもに増して冷徹なエレナの視線にウォルター一瞬ひるんだが、
「連絡が途切れたと報告があったのでね。大方無線が混乱していたのだろう」
 と言って冷静を装った。
「俺が生き残ってんだから、もう誤魔化すのは諦めなウォルター」
 エレナに変わってシンドウが喋り出した。
「まったく二十年前から何も変わってないな、お前は。あの時やりそこなったんで、
今度こそ俺を抹殺しようとしたんだろ」
 話しながらシンドウは彼に近づいていく。
「二十年前のあの時、お前が横流ししてた大麻のルートを俺が掴んだんであのときのお偉方に
色々便宜を図ってもらって、特殊部隊で俺を殺そうとした。サイボーグの俺なら暴走は確かにありうるからな。
お前の計算違いは俺が規格外のサイボーグだったことだ。おかげでダマスカスで三日間も市街戦をすることになった」
 ウォルターは何も答えない。ただ机の上に握った手がブルブル震えている。
「結局、警備部だけじゃなくて警察全体での合同作戦で俺はついに拘束されたが、暴走の跡形も見られない
俺を持て余した上層部は俺を封印した。きっと俺の脳髄が腐るまでそのままにするつもりだったんだろうが」
 シンドウは机の前まで到着した
「お前もそう願ってたんだろうが、そうは行かなかった。お前は自分のへまで俺が復活するきっかけを作ったんだからな。
だが、同時にチャンスと思ったんだろ。作戦行動中に死ぬかもしれない。死なないなら二十年前と同じように、
いや違うか今度は私兵で殺してやろうと……」

379 名前:ある男の帰還8/8 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2006/11/27(月) 00:04:00.45 ID:XdlsBi9U0
「その通りだああ!!」
 突然奇声を発したウォルターは懐から銃を取り出しシンドウに向けたが、
「自白ご苦労さん」
 あっさりシンドウに腕をつかまれ組み伏せられた。
 無様な格好のウォルターにエレナが近づいてこう言った
「薬物取締法違反で貴方を逮捕します」
 
 それから暫く、捜査本部はスキャンダルの嵐に見舞われた。多くの上級幹部が逮捕もしくは
懲戒処分を喰らい、その後釜の狙う暗闘はいまだに続いている。

「貴方の懲戒処分は取り消されたわ」
 参事官に昇格したエレナが自分にあてがわれた執務室でシンドウと話していた。
「そいつはどうも。で、俺はどうなるんだ? 」
「当分はもとの捜査課の凶行犯係りに戻ると思うけど」
 エレナはそこで言葉を切ってシンドウに歩み寄った。
「参事官付きの刑事が決まってないの、成ってくれない?」
「俺が?」
「屈強な人物が必要なのよ」
 それを聴いたシンドウは苦笑して
「じゃあ仕方ないな」
 といって、
「マサヤ・シンドウ警部補、拝命いたします」 
 サイボーグ刑事は敬礼した。             <終>



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