【 LAW NOTE 】
◆f1kz35xTsc




834 名前:品評会用『LAW NOTE』1/4 ◆f1kz35xTsc :2006/11/26(日) 04:16:28.86 ID:erfg/RJc0
「ん? ……何だ、これ」
 始まりは、いつだって突然だ。
「“LAW NOTE”……?」
 高校からの帰り道、少年は、一冊のノートを拾った──


「このノートに咎人の名前を書き込むと、相応の懲戒が下される。名前を書く際には、その人物の顔、及び犯した罪を
 把握していなければ効果がない。また、咎人でない者の名を書いた場合、名を書いた者に懲戒が下される……か」
 少年、矢上貴(ハイト)は、一人机に向かって呟いた。学校から帰る途中で何気なく拾ったノートに、そう書かれていたのだ。
他にも細かいルールはあったが、要約すると大体そのような内容らしかった。
「へえ、下らないけど、面白いな」
 もちろん、信じているわけではない。今時こんなオカルトめいた話、小学生だって信じないだろう。誰かの悪戯と考えるのが妥当だ。
しかしなぜだろうか、貴は何となく、このノートを試してみたいと思っていた。
「お兄ちゃーん、勉強教えてー」
 と、ぼんやりそんなことを考えていると、部屋の外から声が聞こえた。
「沙耶か。入っていいぞ」
 貴の返事を聞き、沙耶と呼ばれた女の子が部屋へと入ってくる。その手には、食べかけのシュークリームがつままれていた。
「って沙耶、お前そのシュークリームは僕のじゃないか!」
「ん、そうだよ?」
 沙耶は全く悪びれた様子もなく答え、手に持っていたそれを口に含む。沙耶の幸せそうな表情に、貴は怒る気を失くしてしまった。
「はぁ……。まあ一つくらい、いいか」
「え、全部食べちゃったけど?」
「さっさと出て行け!」
 急に怒鳴られてむくれたような表情で部屋を出て行った沙耶を見送り、貴は再び机に目を戻した。
「全くあいつは……あ」
 そして、目に留まったのは例のノート。別に、具体的に沙耶に懲戒を加えたいと思ったわけではなかった。ただ何となく。
どうせ効き目などないと思っていたから。ちょっとした憂さ晴らしのつもり。そんな軽い気持ちで、貴は、沙耶の名前をノートに書いた。

835 名前:品評会用『LAW NOTE』2/4 ◆f1kz35xTsc :2006/11/26(日) 04:17:08.66 ID:erfg/RJc0
 ドタン、と。扉の向こうで、何かが──誰かが──、落ちるような──倒れるような──、音がした。
「さ、……沙耶?」
 嫌な予感がして、貴は思わずその名前を呼んだ。だが返事が返ってくることはない。声が小さすぎて聞こえなかったのだろうか。
もう一度呼びかけながら、ドアへと近づく。近づくたびに遠くなるような錯覚が、貴の足を重くさせる。そして、ドアから顔を出すと、
「沙耶!」
 沙耶が、廊下に倒れていた。夢中で駆け寄って、その場にしゃがみ込む。
「おい、沙耶! しっかりしろ、大丈夫か! さ」
「いったぁぁぁーーーーい!」
「……や……あ?」
 貴の心配をよそに、沙耶は元気良く跳ね起きると真っ赤になったおでこをさすりだした。少し涙目になっている。
「うぅ、あんな盛大にすっ転んだの久しぶりだよぉ……いや、人生初かもしんない」
 元気そうな沙耶にホッとしたのか呆れたのか、貴は大きく一つため息をつくと、部屋へと戻っていった。

 夜。貴は、買い物をすると言って家を抜け出し、街中を一人歩いていた。ノートを試すために。
(さっき沙耶が転んだのは、単に偶然転んだだけなのかもしれない。だが、ノートには“相応の懲戒”と書いてある。
 転ばすのが懲戒に当たるかどうかは怪しいが、身内のシュークリーム勝手に食べた程度ならそのくらいの制裁で十分だろう。
 常識的に考えて。もしかしたら本当にノートの力なのかもしれない。だがこれ以上家族で試すのは心臓に悪い。そもそも、
 咎人に懲戒を加えるノートならもっと使用するのに相応しい人間がいるはずだ。そう、例えば──)
 貴の視線の先、いかにもチンピラといった風情の三人組の男たちに、一人の女性が絡まれていた。
「へいへいネーチャン、俺達と遊ぼうぜ! あ、俺? 俺は鬼怒川拓夫。略してキヌタク。今後ともヨロシク」
 人通りは決して少なくないが、彼等に関わろうとするものはいない。他人に無頓着で気づかないのか、気づいていて
気づかないフリをしているのか。恐らく大半が後者なのだろう。積極的に揉め事に関わりたいと思う人間なんていやしない。
(みんな本当は助けたいんだ。ああいう奴等は罰せられて当然。もしこのノートが本物なら……それが出来る)
 貴は持ってきていた鞄からノートを取り出すと、「キヌガワタクオ」で思いつく全てのパターンの名前をノートに書き込んだ。
「さあ、どうなる!」
 視線をノートから上げ、男たちの方を見ると同時。小気味良い金属音が夜の空気に響き渡った。少しして、人が倒れる音。
瞬間、辺りを静寂が支配する。誰も今、この状況を正確に把握できていない。貴にすら、一瞬何が起きたのか分からなかった。
崩れ落ち、うつ伏せに横たわる男と、その傍らに物言わず佇む金ダライ。それが、空間を支配する全てであった。
(懲戒が……下されたんだ)
 ようやく何が起きたかを把握した貴は、同時に確信した。このノートは本物だ、と。

836 名前:品評会用『LAW NOTE』3/4 ◆f1kz35xTsc :2006/11/26(日) 04:17:43.58 ID:erfg/RJc0
 静かな室内に、ペンが紙の上を走る音だけがしている。貴が手を止めると、部屋は完全に無音となった。ペンを置き、背筋を伸ばす。
「ん、ん〜……」
「こんばんは」
「うわああああ!」
 背後から唐突に聞こえた声に、貴は思わず背筋を伸ばした格好のまま椅子ごとひっくり返った。見上げた視線の先には、男が立っている。
「だっ、誰だ、お前は!」
「や、驚かせてしまって申し訳ない。俺は“律司”というもので……まあ、天使のようなものでしょうか。名を、デュークと」
 言って、男はにこやかに笑う。なるほど確かに男の背には、天使の証明とも言える二枚の白い翼があった。貴は呼吸を整え、言葉を返す。
「……いや、驚いてないよ、デューク。こんなノートがあるんだ。天使がいたっておかしくない。むしろそろそろ来る頃だと思ってた」
 言いながら、貴は椅子に座り直そうとするが、腰が抜けて立ち上がることが出来なかった。床に座ったまま、ノートを手に取る。
「ああ、やはり、ノートを拾ったのは貴方でしたか。……使いましたか?」
 貴は、その言葉を待っていたとばかりにニヤリと笑みを浮かべると、返事の代わりに手に持ったノートを勢いよく広げて見せた。
ノートにはびっしりと人の名前が書かれている。それはつまり、貴がそれだけの人間に懲戒を加えたということだ。そのあまりの数に
デュークは驚き、言葉を失う。それを見て、貴は嬉しそうに、半ば興奮気味に語りだした。
「このノートは凄いよ、デューク。世の中には、裁かれるべき、罰を受けるべきなのに何のお咎めもなくのうのうと生きている人間が
 たくさんいる。そういう奴等に、直接、相応しい懲戒を加えることが出来るんだ。このノートがあれば、今までみたいな真面目に生きる
 人間が馬鹿を見る世界は終わるんだ。僕はね、デューク。このノートを使って、僕は新世界の神となる!」
「……そうですか」
 貴が一通り話し終わるのを待って、デュークは口を開いた。
「ところで俺の人差し指を見てくれ。こいつをどう思う?」
 と、突然、ずいと左手の人差し指を立てて貴の眼前に突き出してきた。いきなりのことで、貴は少し困惑する。
「いや、どうと言われても……別に普通の指じゃないか」
「ふむ。眠くな〜る眠くな〜る眠くな〜る」
「ん? おい、何のつ──「セイッ!」──もるスァ!」
 何のつもりか、と訊く前に、デュークの鋭い手刀が貴の喉にめり込んでいた。一撃でオトされた貴はその場に崩れ、その意識は
そのまま深い深い闇へと誘われ、沈んでいった。
「法に依らず、己が裁量にのみ依って他者を懲戒することは人の領分を超える行いです。己の行為を恥じ、悔い改めなさい、人の子よ」
 そう言うと、デュークは翼を広げて窓から夜の空へと飛び立っていった。

837 名前:品評会用『LAW NOTE』4/4 ◆f1kz35xTsc :2006/11/26(日) 04:18:16.29 ID:erfg/RJc0
「何を勝手なことを。元はと言えばお主がノートを落としたのが原因じゃろうが」
 夜空を行くデュークの耳に、どこからともなく声が聞こえた。いや、耳にというよりは、心に響く声。
「なっ、律司長様! み、見ておられたのですか!」
「当たり前じゃ愚か者。お主らの行動は全て把握しておるわ」
 今度ははっきりと、耳に聞こえる声。そして、デュークの眼前に、声の主は姿を現した。
女の子。見た目は中学一年生くらいだろうか。だが、その背に負う虹色に輝く七対の翼が、彼女が人でないことを静かに物語っている。
「己を律することの出来ぬ者が、どうして他者を律することが出来ようか。恥を知るがよい!」
「っ! ……申し訳、ございません」
 深く項垂れ、言葉よりも確かに反省の意を示すその姿勢を見て、彼女は厳しかった表情を和らげた。
「うむ、宜しい。部下の不始末は上司である私の責任でもある。大天司長には私から報告しておこう」
 全てを包み込むかのような、慈愛に溢れた彼女の笑みに、デュークはますます自責の念を募らせる。二度と同じ過ちは繰り返すまいと。
そうして、二人の天使は夜空に軌跡を描きながら闇の向こうへと消えていった。


「お兄ちゃーん勉強教えうわああああ! お兄ちゃん大丈夫!? 喉が凹んでる……お兄ちゃん! お兄ちゃーん!」


 −完−



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