【 天才が思し召すこと 】
◆t56Lxousm2




723 名前:天才が思し召すこと1/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:02:56.49 ID:3mrsCjv40
「懲戒処分〜懲戒処分〜」
 十一月二十七日、午後四時半。
 長い黒髪を靡かせている自称天才の居崇藍(きょすう あい)先生は、変な歌を歌いながらスキップをしていた。
「僕が懲戒処分になることが、そんなにうれしいんですか?」
 僕は暴力沙汰を起こしてしまったが為に懲戒処分を受けるのだった。いや、謹慎処分のほうが近いか。
 ということで、今は頭を垂れて正座している。
「そんな不謹慎なこと考えてませんよ〜」
「ならその歌、不謹慎なんでやめてもらえますか?」
 先生は動きを止めて、「あれぇ、まだ頭に血が上っているのかな?」と続けて。
「いつも大人しくて成績優秀な男の子がキレるとはなー」
「僕はキレてなんかいません」
 それは嘘。あの時、怒りに任せて殴ってしまった。それも何発も。
「相手は四人。いくら君の彼女が強姦されかかっていたとはいえ、気絶するまで、いや、気絶しても尚殴り続けるのは異常だよね。
 キレてなかったといったら嘘になる、なんて」
 それは本当。助けてあげた彼女が逃げるほど、僕は四人を殴り続けたんだ。
 結果、相手四人は退学。まぁ僕は懲戒処分で留まったが。……本当に酷いもんだ。
「懲戒処分っていっても、家で頭を冷やして来いって感じだから。うん、二週間。その間はここに来るな」
 顔は微笑んでいる。けれど声はいつもと違って、冷淡的だった。
 僕は黙って頷いて、正座から立ち上がり、指導室を後にした。

 帰宅してから、メールが一通届いていることに気がついた。
 彼女――有理数子(ゆうり かずこ)からだった。
 内容はきっと、「ごめんなさい」なのだろう。
「先輩、あの時はありがとうも言えずに逃げてしまってごめんなさい。明日会いたいです」
 フロム数子。マジか。数子といっても細木数子じゃない。僕の彼女からだ。
 僕は焦って、携帯電話を両手に持つ。
 そしてものすごい速さでキーを打っていった。
 何時に会うかという内容。
 そしてその内容を送信する。

724 名前:天才が思し召すこと2/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:04:03.58 ID:3mrsCjv40
 すると、なんと一分もしない内に返信がきた。
「学校では会えないのですか?」
 そうだった。数子は僕が懲戒処分を受けたことを知らないのだ。
 たしか懲戒処分って、定期的に学校から電話が来るらしい。それで家にいなかったら説教される、と友達から聞いたことがある。
 つまり僕は家に謹慎中、ずっと滞在しなければならないのだ。
 だから数子には、会うためにはここへ来て、という内容をメールで伝えた。
「では、学校が終わり次第、龍都(りゅうと)先輩のところへ行きます」
 ハート。
「…………」
 ハートといってもハート様じゃない。心臓を模ったピンク色の可愛らしい絵文字だ。
 しかし、数子はこんなキャラだったろうか。
 まぁ、可愛いことには変わりないか。
 僕は誰に向かってでなく頷いた。

 さて翌日。
 暇なのでソファに横たわりながらテレビをつける。右上にはデジタル表記の時間、七時四十五分。
 アナウンサーの前に置かれている日付には十一月二十七日。
 勿論、すぐに気付いたわけじゃない。
 昨日と全く同じ内容のニュースが流れていたために気づいたのだ。
 だから言い直そう。
 さて昨日と同日。
 僕はテレビのアナウンサーに話しかける。
「狂ったんですか?」
 笑えない冗談。戯言。そんなわけ無いだろう。
 なら僕が狂ったんですか?
 それも無い。
 どの番組も同じ日付、十一月二十七日。
 そう、時間が狂ったんですか?
 その通り。青の方、何番をお選びになる。

726 名前:天才が思し召すこと3/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:04:52.21 ID:3mrsCjv40
 あれから一時間、つまり朝の九時前。
 僕は何かの間違いだと思い、先生からの電話を待っていた。
 藍先生または体育教師からの、懲戒処分による電話を。
 ……今は一時間目が始まる前、先生から電話が来るのは今しかない。
 その時、電話が電子音を上げて鳴った。
 きっと家の滞在確認だろう。
「はい、もしもし」
「担任の居崇藍です。龍都くんはいらっしゃいますか――あ、君の両親は別居中か」
 はい、と頷いて、僕は安堵する。
 昨日は二十六日で、僕の勘違いだったんだ。あはは、やったー。
 世界は矛盾なんてしていないのさ。
「で、何で学校に来ないのかなー? 病欠ぅ?」
 パードン?
 僕は聞き返す。
「あはは、冗談きついですよ。僕は懲戒処分中でしょう?」
 そう、僕は懲戒処分中――。
「何を言っているのかな。そんなのは欠席する理由にならないよぅ?」
 世界は矛盾していた。
 いや、違う。もしかしたら、昨日の懲戒処分は夢なんじゃないか。正夢とかクロニックデジャヴとか。
「行きます。今から行きます。どうせ走って五分程度です」
「ふつーにだめー。ルート三秒で来なさい」
「無理ですよ。無理数なだけに」
「…………プチ」電話の切れる音。
 自分のイタい発言に責任を感じて、僕は無言で準備をして、無言でドアノブをひねり、無言で外に出た。

 外は寒かった。
 だから走ってきても、そんなには汗を掻かずにすんだ。うん、いい運動。久しぶりに走った。
 別に走る必要も無いのだけれど、何となく走りたい気分だったのだ。
 僕は服装を整えて、後ろから教室に入る。
「お、ルートさん。遅刻じゃないか」

727 名前:天才が思し召すこと4/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:05:38.90 ID:3mrsCjv40
 ルートさんとは僕のことである。
 なぜなら龍都を何度も言っているとルートになるからだ。
 単純明快、簡単明瞭。
 そして困る。
「今は数学の時間だ。僕をその名前で呼ばないでくれ」
 黒板には英数字が連なり並べて書いてある。
 ちなみに僕の担任、藍先生は数学の教師だったりする。
「先生、遅れました」
「知っています」
 あぁ、今は授業モードか。赤縁メガネをして、そして目つきが悪い。
 私の授業を中断させるなと言わんばかりの目で睨み付けられた。
 流石は先生。僕のマゾ属性をお知りで――って嘘ですよ、嘘。空言。くーげん。
 僕は静かに着席をして、机に入れっぱなしの数学の教科書を取り出す。
 よくよく見てみると、黒板に書かれていることは昨日のものと同じだった。
 黒板の左上には日付。それも同じ。
 何もかも同じ。
 同様なのではない。同一世界(アイデンティカル)なのだ。
 そうなるともう正夢としか思えない。
 時間がループするなんてことは、ありえないのだから。
「じゃあ、龍都くん、答えて」
 昨日と同じ、僕を指名。
「答えは零です」
「はい正解」
 昨日と同じ解答。
 ……これは正夢。シンメトリーファンタズム。
 もうおかしくなりそう。
 あ、そうだ。
 これが正夢なら、数子に危険が迫るってことじゃないのか?
 もしそうなら、四時までには数子のところへ行こう。迎えに行こう。四時になれば、きっと四人組みの男たちが彼女を――。

728 名前:天才が思し召すこと5/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:06:18.43 ID:3mrsCjv40
 その応えはやはり同じだった。
 四人組は結局、僕がいながらも襲ってきた。実際に僕が襲われているのではなく、数子なのだが。
「先輩!」
 勿論、僕だってその声に応える。
 大事な彼女に指一本触れさせたくないのだから。
「……お前、昨日のこと覚えているか?」僕は続けて言った。「お前は僕に負けたんだよ」
 そんな僕の言っていることを無視して、さり気なく男一人が後ろに回り込んだ。
 そして僕の目の前には三人。威圧するように立っている。
「何が負けたって? そもそも昨日、お前とは勝負事をしたことねぇよ」
 正論だ。彼らにしてみれば。
 僕にとっては言わずもがな、矛盾した空言だね。
 後ろにいる男が僕を羽交い絞めにしようとする。
 そんなことはわかっていた。昨日だって羽交い絞めをしたのだ。
 最初の立ち位置が少し違うとして、攻撃の塩梅は同一。
 僕は横に少しずれて、男の片腕を取り、軽く捻る。
 それだけで後ろにいる男は前に空転しながら倒れた。そして打ち所が悪かったのか気絶。
 おぉ、自ら感嘆、自画自賛。
 けれど前にいる三人は僕を感傷に浸らせてくれない。速攻で僕に向かって走りこんできた。
「おう、ふぁっきんぼーい」
 後は簡単。笑う余裕すらある。男三人の位置を左、中、右とするならば。左はみぞおち、真ん中もみぞおち、だけど右は地獄突き。
 そして呻き声。
 三人は前のめりになって倒れた。
 僕の指もそれなりに痛い。まぁ彼らのほうがもっと痛いだろうけど。
 それよりもここから立ち去ろう。多分、逃げ切れるはずだ。先生にだって見つかっていないんだ。
「さぁ今のうちに、行こう」
 僕は数子の手を引いて走り出す。
 数子は手をぎゅっと握り返した。
 やはり指は痛かったが、別に気にしない。
 寧ろ、握ってくれることで指の痛みが引いていくような気がした。

729 名前:天才が思し召すこと6/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:07:11.88 ID:3mrsCjv40
夜。
 電話が来た。それは自称天才藍先生からだった。
「龍都くん? 今から学校に来れるぅ?」
 ら抜き言葉ですよ先生。
 そして嫌な予感がするよ僕。
「……はい。行けますよ」
「なら走ってきてー。ルート二秒で」
「朝よりか、いささか速くなってますね」
 正確には――面倒なので放棄。
「気にしなーい。さっさと来いよ。怒るから」
 あぁ怖い。でも少し反抗させていただく。
「怒るなら行きません。明日にしてください」
「なら怒らないよ。じゃあ、来てくれたら夜のお勉強といこーか」
 騙されない騙されない騙されない騙されない。
「行きます」
「お利口さ〜ん」猫なで声。「早く、来、て、ね」
 スタッカート調子に藍先生は言う。
 僕はもう騙されるしかなくなった。
 いやいやいやいや、僕には彼女がいるんだ。……まぁこのことは伏せておこう。僕にも彼女にも。

 結局、僕は説教された。
 懲戒処分、二週間だそうで。あの時、一人の生徒が目撃していたなんてね。気付かなかった。
 やはり暴力を振るった瞬間、そういう処分が下されるのだな。
「ということで、懲戒処分くらった」
 僕は歩きながら数子に電話で伝える。
 説教の帰り、家までの薄暗い道。
「また懲戒処分になったの?」
「そう、またなんだ」
 また。たまたま。また。
「え、また、だって? なんで知って――」

730 名前:天才が思し召すこと7/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:07:49.35 ID:3mrsCjv40
「…………プチ」電話の切れる音。
 数子は知っているのか?
 僕が、昨日と同じ日を過ごしていることを。
 いや、だから、そんなことは無いんだ。
 そう、そんなことは。時間がループするなんてことはない。この世界は物理法則で成り立っているべきなんだ。
 唯物論、形而下。ノット唯心論、形而上。
 だから、だから――。
「ドッキリだよ!」
 あぁ、そうそう、ドッキリだったらどんなにすばらぁ、え?
 声がしたほうに振り向く。するとそこには有理数子が立っていた。
「さぁ、全員集合!」
 その呼びかけと共に人が集まってくる。
 それはかなり多くて、結構な人数だ。その中にはあのアナウンサーもいれば、クラスメートもいる。四人組もいる。
 よくぞ、ここまで完成度の高いドッキリを仕上げたものだ。
 本当に、時間がループしているのではないかとまで思った。悪い夢なら覚めて欲しい、そうとまで願っていた。
 けれど、やはりループなんてしていなかった。助かった。僕は本当にそう思った。
 
 就寝。
 起床。
 テレビをつける。十一月二十七日。昨日と同日。一昨日とも同日。
 ドッキリではなかった。やはりループっぽい。
 九時前に電話が鳴り、それを無視。
 夜になって、今度は携帯電話がなった。
 数子からのメールで、内容は強姦されたのこと。
 明日になれば、意味は無くなる。
 そのまま気にせず就寝。

 起床。テレビをつける。四回目の十一月二十七日。就寝。

732 名前:天才が思し召すこと8/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:09:12.26 ID:3mrsCjv40
 起床。テレビをつける。五回目の十一月二十七日。
 僕は台所へ向かう。そして包丁を取り出した。
「もうわかっている」
 首を切った。痛い、もうこんなことするか。
 絶命。
 起床。今日は六回目の十一月二十七日。

 しかし、物語はこれで終わらない。
 今日は十六回目の十一月二十七日。僕は首なんか切らず、テレビをつける。
 けれどアナウンサーの着ている服が違う。ニュースの内容が違う。何もかもではないがほとんど違う。
 日付を見ると、なんと十一月二十八日と変わっていた。目をこする。十一月二十八日。
「日付が変わってるぅ〜!」
 欣喜雀躍、小躍りする様。僕はソファに前方空中回転をきめて、狂喜乱舞した。
 その時電話が鳴り、それはまた藍先生からだった。
 時刻は九時前などではない。七時四十五分。(いや九時前ではあるが)
「もっしも〜し。反省した?」
「へ?」
「二週間、懲戒処分にするって言ったじゃな〜い」
 十六回、いや正確には僕は十五回体験しているのか。ということは一日がオリジナルで、十四日間が――。
「アナタは、そういうことが、可能なのですか?」
 僕は途切れ途切れに言う。だって、現実には不可能なこと。
「私は天才だよぅ? できないことはなーい」
 日と日をつなげる、なんてことが可能なんですかね。この人ならありえそうだな。
「で、どうやったんです?」「お薬」
「お薬ですか。そうですか」
 そういう方法もあったな。
 そのお薬の所為で、同じ二週間を脳内で過ごしていたのか。
「私の本職は化学分野にありきなのよぅ。表向きは数学教師、なんてね。理数系全般は出来るから。
 あ、ちなみに、薬といってもお注射よぅ。君が後ろに向いた瞬間、首筋にぷすっとね」
 ……全く痛みを感じなかったぞ。なぜか僕は藍先生を尊敬してしまいそうだった。

733 名前:天才が思し召すこと9/9 ◆t56Lxousm2 投稿日:2006/11/26(日) 00:10:33.77 ID:3mrsCjv40
 こんなところで僕のマゾ属性が――いや、嘘ですよ、嘘。空言。くーげん。
「というか、その薬で特許申請に成功すれば億万長者じゃないですか」
「いや、まだ実験段階だから。いやー本当に、目覚めてよかったよぅ」
 このやろう。
「あれ、どうしたの、黙り込んじゃって。もしかして私のこと、ウ、ラ、ン、でる?」
 藍先生は笑いながらスタッカート調子に言う。
 今度はこっちから電話を切ってやった。
                   了



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